自己記録更新 2017年神宮外苑24時間チャレンジ振り返りその6 〜靴擦れは起きなかった 後編〜

自己記録更新 2017年神宮外苑24時間チャレンジ振り返りその5 〜靴擦れは起きなかった 前編〜 から続く

なぜこれを選んだというと、多分2010年の初チャレンジで履いていたし、私の足型にあっているシューズです。適度に履き込んではいますが、長い距離で履いていないからソールも24時間で使えるレベル。

ただ一番の理由は、履くことを決めているアールエルのメリノウールソックスとのマッチングです。

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ソックス

今回履いたソックスはアールエルのメリノウールソックスです。もともと履いているソックスですが、214km走って洗濯した後に生地の確認をしたらまだ履けます。

これは足底部と踵部ですが生地も薄くなっていません。昔に比べて耐久性は徐々に向上しているように感じます。

レース前に足指の間だけではなく、全体的にスレ防止クリームをしっかり塗ってからソックスを履きましたが、ソックスが足にフィットするよう皺が寄らないよう気をつけています。

これは非常に大事です。初めてメリノウールソックスを履いたのは2012年のサロマ湖ですが50km手前でシューズに小石が入ったかのような違和感を感じましたが、これは生地にわずかな弛みがありかすかに皺が寄った状態になり、その皺により足底の肌を傷つけたのです。この時は痛みを我慢して走りきり初めてサブ9を達成しましたが、ゴール後にソックスを脱ぐのが怖かったのをよく覚えています。

さらにシューズの履き方も大事です。特に踵の位置が合わないで適当に履くとトラブルになります。

トラブルの芽を摘み取る

また序盤に左親指と人差し指あたりにスレを感じたので、ソックスを脱ぎスレ防止クリームを両足全体に塗り込みました。このスレはバンドエイドを貼っていたことが原因です。バンドエイドを貼ることで通気性も悪くなりますし、良くないのは分かっていますが、途中で剥がれかけの爪が暴れると嫌だと思ったので想定内です。

ただ、このような対処をすることで、今回は昨年のように急に血豆が潰れて激痛が走ることもなく、先ほどの足の画像のような状態で24時間を終えました。

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レース後のソールです。

少し拡大します。

母指球あたりの溝はほぼなくなっています。しっかり接地できていたことが分かります。以前は24時間走では踵の外側のみ削れていましたがだいぶ変わってきました。

もちろん踵側も削れています。

いつもは右側の方が削れますが、今回は左側が削れているには理由があります。それは歩道が水はけを良くするために左を右より高くしているのです。両足をべったりつけて左右均等に立った時に分かるか分からないかの傾斜ですが、161周もするのですから差は出てきます。

また350m付近の歩道左側には補修跡が盛り上がっていて、多くの方がガリっとやったり、もしかしたら転倒した方もいるかもしれませんが、私はその膨らみを知っているのですが、何回かガリっとしました。結構内側なので、そこでガリっと擦るのは左側です。あそこは夜間は特に見えないので、パイロンを置くか、もしくは夜行塗料を塗るか反射テープをレース中だけでも貼るかなどしないと危ないと毎年思っています。

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走られた方はソールを確認してみると、色々気づきがあるかもしれません。

また、ランニングフォームによっても靴擦れは起こりますので、その辺りも気をつけましたが、そこは別に書きます。

自己記録更新 2017年神宮外苑24時間チャレンジ振り返りその7 〜上体の真下で接地する〜 に続く



神宮外苑24時間チャレンジの歴代大会記録など

神宮外苑24時間チャレンジを走った翌日に、こんな資料を作ってみました。

項目は、完走者数、優勝記録、優勝者年代、200km以上のランナー数と割合です。

出典はDUVウルトラマラソン統計の数値を使用しています。

手作業なので多少誤りがあるかもしれませんが大きくは間違ってはいないと思います。

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大会がスタートした2006年は12月開催ですが、この時私は30代で10kmレースを走ったばかりの頃です。

ちょっと完走者数が少ないのと記録が全員160km以上なので、もしかすると160km以上のランナーのみ掲載しているのかもしれません。

ここでいう完走者数とは、42.195km以上走った選手です。

初めて走ったのは2010年ですが、この年は9月上旬なので非常に暑くて熱中症になりかけたのを思い出します。この時の優勝者は古北さん。

優勝者を見ると、男子に関しては最近はM23(23〜34才)が多いですね。

こちらの考察については追記します。

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自己記録更新 2017年神宮外苑24時間チャレンジ振り返りその5 〜靴擦れは起きなかった 前編〜

自己記録更新 2017年神宮外苑24時間チャレンジ振り返りその4 〜レース展開とトラブル対応②〜 から続く

(画像はウルプロメンバーや、ランニング仲間が撮影していただきました。ありがとうございます。)

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その4までで、レース結果や展開を書きました。ここからはウルトラランナーでなくても知りたいと思う内容を書いていきます。

靴擦れは起きなかった

ハーフマラソンやフルマラソンでも靴擦れが発生すると厳しい状況になりますが、距離や時間が圧倒的に長いウルトラマラソンではさらに厳しくなることは容易に想像できると思います。

なぜ靴擦れが起こるのかが分からねば対処のしようもありませんが、多くのウルトラランナーは経験的に準備すべきことと、してはいけないことは分かっています。それでも靴擦れは起こります。

レース後の足

これはレース後の私の足です。

左親指のバンドエイドは、ONTAKE100と信越五岳100マイルで新陳代謝が行われた爪が完全に剥がれないのでバンドエイドで巻きました。巻いた箇所とあたる人差し指との間がレース中少し気になりました。

また他の爪に関しては右小指は今回のダメージですが、他は前の2レースが原因です。

着目して欲しいのは、足の指の間や裏に血豆や靴擦れはできませんでした。今回、最後まで気力を失わなかったのは、靴擦れなど発生しなかったことが大きいと思ってます。

なぜなら

痛いとその箇所を庇う→走り方・フォームが崩れる→違う部位も痛くなる→走れなくなる

一歩足をつくだけで激痛が走るような状況でもを走ってしますような、強い精神力を持ったウルトラランナーはいますが、私はそんな強いランナーではないので、準備をして可能な限り早い段階で対処しています。

シューズ

今回は前日までどのシューズを履くか迷いました。その理由として早期に決められなかったこともありますが、2週間前からの体調不調でほとんど走ることもできなかったからです。

その中で選択肢に入っていたのはこれらのシューズです。

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SALOMON  S/LAB  SENSE ULTRA

トレランシューズだけど、ONTAKEや信越五岳100マイルで抜群のフィット感があったSALOMON  S/LAB  SENSE ULTRAも考えましたが、舗装路を長く走った経験がないことからやめました。

アディゼロボストンブースト

昨年前半12時間走ったアディゼロボストンブーストは、小指外に大きな血豆を作ったからダメ。

HOKA チャレンジャーATR3

HOKA チャレンジャーATR3は練習で使いましたが、クリフトンよりは接地感が良いけど、私には少し重い。

アディゼロジャパンブースト3

一昨年と昨年後半12時間で使い、100kmでは何回も履いてるアディゼロジャパンブーストが最有力でしたが、シューズを見たら結構ソールが減っていました。

キャタピランとの相性がよいのも気に入っていますが、会場に持っていき、いつでも使えるようにしていました。昨年のようなトラブルがおきた時にハサミでカットして穴をあけて使う場合でも、これだけ履いていればもったいなくありません。

HOKA トレーサー2


今回ダークフォース的に候補に上がったのが、HOKA トレーサー2です。私には踵が浅いなど何回もダメ出ししていますが、踵の深さを出そうとインソールを外して履いたら凄く良い感じでした。そもそもクッション性の高いシューズだからインソール要らないかも?なんて思いました。ただSALOMONの薄いインソールを入れたらフィット感が上がりました。

これはよいかもと思いましたが、それに気づいたのが前日夜で  笑   さすがにそんな博打はしません。ただ会場まで履いていきました。

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アディゼロジャパン1(復刻版)

結局、選んだのはアディゼロジャパンの復刻版です。

これはレース後の画像です。

なぜこれを選んだというと、多分2010年の初チャレンジで履いていたし、私の足型にあっているシューズです。適度に履き込んではいますが、長い距離で履いていないからソールも24時間で使えるレベル。

ただ一番の理由は、履くことを決めているアールエルのメリノウールソックスとのマッチングです。

自己記録更新 2017年神宮外苑24時間チャレンジ振り返りその6 〜靴擦れは起きなかった 後編〜 に続く



自己記録更新 2017年神宮外苑24時間チャレンジ振り返りその4 〜レース展開とトラブル対応②〜

自己記録更新 2017年神宮外苑24時間チャレンジ振り返りその3 〜レース展開とトラブル対応①〜 から続く

寒くなる前にあと2つトラブルがあったことを、仲間からいただいた画像で思いだしました。

(画像はウルプロメンバーや、ランニング仲間が撮影していただきました。ありがとうございます。)

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これはお腹を抑えていますが、内臓なのか腹筋なのか少し痛みが出てきたのでセルフマッサージで乗り切りました。この画像は内科医のドクターランナーが撮影したのもなんだか不思議です。

また風が強くサングラスの隙間からも埃がコンタクトを付けた目に入り結構厳しかったです。目薬などさしてゴマしていましたが、夜間メガネに変えようと思ったら道が普段より暗く感じてそのままコンタクトで走っていたら、コンタクトが目から出た汚れで曇ってきたので、一度トイレで外して流さないよう慎重に外し洗うも、そもそも眼球に膜が出来てしまっていて曇りが取れませんでした。

特に片目はほとんど見えない状態で、距離感が掴みにくくなりつつも、いつも練習で走っているコースだから凹凸も把握してるし周りのランナーや歩行者に注意して走りました。

明るくなり始めると、スントの時計の文字も霞んで見えないので、メガネにするも見えないままでした。目の膜については2年前にも経験しているので自宅で眠れば治ると思っていましたが、ボンヤリしか見えないから無駄な神経を使いました。

これは結局対処出来ませんでしたが、仕方がないと気にしないで走りました。

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どのくらい見えなかったというと、スントスパルタンウルトラのこの文字がほとんど認識出来なかったのです。

このラップタイムが辛うじて見える程度で、

こちらのサイズになると全く見えませんでした。

またトラブルではありませんが、かなり神経を使ったのが、コース内の広場で2000人参加の大規模なイベントが開催されることになり、0mの噴水広場からコースを横切ることは、大会数日前にアナウンスがありました。

主催者は万全の誘導などして、24時間ランナーの進路を遮らないようにするとのことでしたが、中には誘導無視して突っ切る参加者もいて、何回か私にぶつかってきたし、急ブレーキかけざるを得ないこともありました。24時間走は極力神経を使わずに淡々と走りたいのですが、そこを抜ける時は毎回最大限の注意を払い疲れました。私よりスピード出ている上位選手はさらに疲れたでしょう。

その頃から疲れが出てきて、少しづつペースは落ち始め、気持ちもネガティブになっていくのを感じます。

最初1時間に8周だったのが、7周に落ちるまでは想定内でしたが、10時間行かないうちに6周に落ちてしまいました。

これはマズイ。このままではいけないと思いました。

そして、自分がいまどのようなフォームで走っているかを俯瞰して、どう動けば効率よく推進力を得られるかを考え、普段ウルプロ練習会でメンバーに伝えていることを実践していきました。

そして、この状況下でグィッと推進力をうむ走り方を見つけることが出来ました。これは別に書きます。

昨年はスタートして数時間で股擦れがおき、12時間でいきなり足小指横に出来ていた血豆が潰れ、夜は睡魔に悩まされました。

今回は睡魔も回避出来たし、足への肉刺などもなく、大きなトラブルになることを回避できたことが結果に結びついた理由です。

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ただ、ラスト3時間くらいは、気温の寒暖差などから流石に胃がおかしくなり、吐くものは出ないけど、気持ち悪くて嗚咽が止まらない時間帯もありました。

走ると嗚咽が出て道端に蹲りたくなる。歩けば大丈夫だけど、それでは自己ベストに届かない。ここは踏ん張りどころだし、ここまで頑張って自己ベスト目前で諦めたら自分自身が後悔するのは目に見えてるので、ここからはより強い気持ちを持ち周回を重ねました。

ネガティブになったり、200km超えたら良いとか考えたら絶対に弱い自分に負けるのは分かっているから絶対に210kmを超える。

そのために、その時、自分に出来ることを冷静に考えおこないました。

(これはメガネでないからコンタクトを外す前です。)

この時点で3時間に16周すれば210kmは超えるし、それまでも1時間に6周していたから、なんとか1周10分で周回するように、気持ち悪くなったら歩きをいれ、走れるときは走りました。歩く時は早歩きにすれば1325mの半分近く歩いても何とか10分で回れました。

そして21-22時間の1時間も6周したので、あと2時間で10周。歩きの時間が長くなってもギリギリ届きそうになりましたが、何が起こるか分からないので、22-23時間の1時間も6周目指しました。ラストはスパートして間に合わせるとか先々の自分に借金を背負わせるのではなく、ラスト1時間をストレスなく歩いても届くよう粘って6周しました。ラスト1時間は計算間違ってたら絶対後悔すると思い行けるだけ行くとほぼ7周しました。

終盤は、自分の身体と残った体力、そして残り時間と、目標周回までの必要周回を考えて、絶対に達成するために自分に出来ることとして歩きも組み入れました。歩いてるのをみて応援の方、選手から、最後だから頑張って!と声をかけてくれても、自分の目標を確実に達成するために身体と対話しながら歩くべきところは歩きました。

ラスト10分、20分スパートする方が多いのですが、今回はかなりの弱視状態に陥っていたので、スピード出すのは危ないからやめようと思っていましたが、転倒リスクがない程度まで上げてタイムアップしました。

今回、エイドより内側にいた時間は脚のマッサージなどした合わせて10分くらい。そしてトイレで10分ロスしましたが、その他の23時間40分はコース及びエイド・ハンドラーゾーンにいました。

ゴール後は珍しくグッタリして帰宅するのも大変な状態でしたが、そのくらい出し切った感あるレースになりました。

これはいわゆるピッチ数です。これは1分間に片足を付いた回数なので、一般的なピッチ数はこの2倍です。

上の数値は90-93くらいなので、前半も後半も変わらずピッチは180-186くらいで走ってます。また下に伸びてる線はエイドでストップしたり、歩いた回数です。序盤からかなり歩いているのが分かると思います。これはエイドで給水、給食をしたら100mから200mは歩くようにしだためです。理由は胃に負担をかけたくないからです。またエイドでゆっくり立ち止まりたくないからです。

私は

歩いたら負け。

ではなく

進むことを諦めたら負け。

と思ってます。

また、根性がないことは分かっているでの、根性をあてにせずに目標達成するために何をすべきかを考え走っています。今回終盤に少しは根性でましたが、それが210kmからの上乗せになりました。