自己記録更新 2017年神宮外苑24時間チャレンジ振り返りその4 〜レース展開とトラブル対応②〜

自己記録更新 2017年神宮外苑24時間チャレンジ振り返りその3 〜レース展開とトラブル対応①〜 から続く

寒くなる前にあと2つトラブルがあったことを、仲間からいただいた画像で思いだしました。

(画像はウルプロメンバーや、ランニング仲間が撮影していただきました。ありがとうございます。)

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これはお腹を抑えていますが、内臓なのか腹筋なのか少し痛みが出てきたのでセルフマッサージで乗り切りました。この画像は内科医のドクターランナーが撮影したのもなんだか不思議です。

また風が強くサングラスの隙間からも埃がコンタクトを付けた目に入り結構厳しかったです。目薬などさしてゴマしていましたが、夜間メガネに変えようと思ったら道が普段より暗く感じてそのままコンタクトで走っていたら、コンタクトが目から出た汚れで曇ってきたので、一度トイレで外して流さないよう慎重に外し洗うも、そもそも眼球に膜が出来てしまっていて曇りが取れませんでした。

特に片目はほとんど見えない状態で、距離感が掴みにくくなりつつも、いつも練習で走っているコースだから凹凸も把握してるし周りのランナーや歩行者に注意して走りました。

明るくなり始めると、スントの時計の文字も霞んで見えないので、メガネにするも見えないままでした。目の膜については2年前にも経験しているので自宅で眠れば治ると思っていましたが、ボンヤリしか見えないから無駄な神経を使いました。

これは結局対処出来ませんでしたが、仕方がないと気にしないで走りました。

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どのくらい見えなかったというと、スントスパルタンウルトラのこの文字がほとんど認識出来なかったのです。

このラップタイムが辛うじて見える程度で、

こちらのサイズになると全く見えませんでした。

またトラブルではありませんが、かなり神経を使ったのが、コース内の広場で2000人参加の大規模なイベントが開催されることになり、0mの噴水広場からコースを横切ることは、大会数日前にアナウンスがありました。

主催者は万全の誘導などして、24時間ランナーの進路を遮らないようにするとのことでしたが、中には誘導無視して突っ切る参加者もいて、何回か私にぶつかってきたし、急ブレーキかけざるを得ないこともありました。24時間走は極力神経を使わずに淡々と走りたいのですが、そこを抜ける時は毎回最大限の注意を払い疲れました。私よりスピード出ている上位選手はさらに疲れたでしょう。

その頃から疲れが出てきて、少しづつペースは落ち始め、気持ちもネガティブになっていくのを感じます。

最初1時間に8周だったのが、7周に落ちるまでは想定内でしたが、10時間行かないうちに6周に落ちてしまいました。

これはマズイ。このままではいけないと思いました。

そして、自分がいまどのようなフォームで走っているかを俯瞰して、どう動けば効率よく推進力を得られるかを考え、普段ウルプロ練習会でメンバーに伝えていることを実践していきました。

そして、この状況下でグィッと推進力をうむ走り方を見つけることが出来ました。これは別に書きます。

昨年はスタートして数時間で股擦れがおき、12時間でいきなり足小指横に出来ていた血豆が潰れ、夜は睡魔に悩まされました。

今回は睡魔も回避出来たし、足への肉刺などもなく、大きなトラブルになることを回避できたことが結果に結びついた理由です。

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ただ、ラスト3時間くらいは、気温の寒暖差などから流石に胃がおかしくなり、吐くものは出ないけど、気持ち悪くて嗚咽が止まらない時間帯もありました。

走ると嗚咽が出て道端に蹲りたくなる。歩けば大丈夫だけど、それでは自己ベストに届かない。ここは踏ん張りどころだし、ここまで頑張って自己ベスト目前で諦めたら自分自身が後悔するのは目に見えてるので、ここからはより強い気持ちを持ち周回を重ねました。

ネガティブになったり、200km超えたら良いとか考えたら絶対に弱い自分に負けるのは分かっているから絶対に210kmを超える。

そのために、その時、自分に出来ることを冷静に考えおこないました。

(これはメガネでないからコンタクトを外す前です。)

この時点で3時間に16周すれば210kmは超えるし、それまでも1時間に6周していたから、なんとか1周10分で周回するように、気持ち悪くなったら歩きをいれ、走れるときは走りました。歩く時は早歩きにすれば1325mの半分近く歩いても何とか10分で回れました。

そして21-22時間の1時間も6周したので、あと2時間で10周。歩きの時間が長くなってもギリギリ届きそうになりましたが、何が起こるか分からないので、22-23時間の1時間も6周目指しました。ラストはスパートして間に合わせるとか先々の自分に借金を背負わせるのではなく、ラスト1時間をストレスなく歩いても届くよう粘って6周しました。ラスト1時間は計算間違ってたら絶対後悔すると思い行けるだけ行くとほぼ7周しました。

終盤は、自分の身体と残った体力、そして残り時間と、目標周回までの必要周回を考えて、絶対に達成するために自分に出来ることとして歩きも組み入れました。歩いてるのをみて応援の方、選手から、最後だから頑張って!と声をかけてくれても、自分の目標を確実に達成するために身体と対話しながら歩くべきところは歩きました。

ラスト10分、20分スパートする方が多いのですが、今回はかなりの弱視状態に陥っていたので、スピード出すのは危ないからやめようと思っていましたが、転倒リスクがない程度まで上げてタイムアップしました。

今回、エイドより内側にいた時間は脚のマッサージなどした合わせて10分くらい。そしてトイレで10分ロスしましたが、その他の23時間40分はコース及びエイド・ハンドラーゾーンにいました。

ゴール後は珍しくグッタリして帰宅するのも大変な状態でしたが、そのくらい出し切った感あるレースになりました。

これはいわゆるピッチ数です。これは1分間に片足を付いた回数なので、一般的なピッチ数はこの2倍です。

上の数値は90-93くらいなので、前半も後半も変わらずピッチは180-186くらいで走ってます。また下に伸びてる線はエイドでストップしたり、歩いた回数です。序盤からかなり歩いているのが分かると思います。これはエイドで給水、給食をしたら100mから200mは歩くようにしだためです。理由は胃に負担をかけたくないからです。またエイドでゆっくり立ち止まりたくないからです。

私は

歩いたら負け。

ではなく

進むことを諦めたら負け。

と思ってます。

また、根性がないことは分かっているでの、根性をあてにせずに目標達成するために何をすべきかを考え走っています。今回終盤に少しは根性でましたが、それが210kmからの上乗せになりました。



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