3年3ヶ月ぶりのサブ3達成!その2〜前回サブ3から今回までの自分 前編〜

3年3ヶ月ぶりのサブ3達成!その1〜この瞬間を頑張らねば後はない。だから苦しさを先送りしない。〜

3年3ヶ月ぶりのサブ3達成!その1〜この瞬間を頑張らねば後はない。だから苦しさを先送りしない。〜 から続く

<スポンサーリンク>


前話で3年3ヶ月ぶりにサブ3したフィニッシュ直前のことを書きましたが、前回から3年以上経過していることに時間が過ぎるのは早いと感じています。今回はその3年3ヶ月前のことなど少し書きます。

前回サブ3したのは48歳の時です。

2014年12月に開催された防府読売マラソンです。この前月に開催された大田原マラソンでは前話に書いた通り3時間00分03秒という非常に悔しい結果に終わったので、絶対に防府でサブ3復帰しようと考えていました。そう防府読売マラソンも3年ぶりのサブ3だったのです。

この2014年がどのような時期だったかというと、25年勤務した会社を3月末に早期退職した年です。早期退職する前は週1回走れるかどうかという状況でした。ランニングを本格的に始めた2007年から2012年辺りまでは比較的ワークライフバランスを保ち、平日も水曜日早帰りなどを利用して練習できる環境にあったので週末どちらかの練習と合わせて週2回の練習で走力を高め、そして保っていました。読んでいただいてる方の中にも経験ある方はいると思いますが、同じ会社でも部署が変わると労働環境は大きく変わります。

さすがに練習が週1回になると走力を保つのは難しく大会の度に落ちていくのを感じました。ただ仕事が落ち着いて練習できるようになれば以前のように戻せるから今は耐えようと、ランニングにかける情熱は失わないようにしていました。

その時の経験があるからこそ、仕事が多忙で練習時間を確保できない方々の気持ちはよく分かりますから、色々勉強になった時期だと思っています。

<スポンサーリンク>


そして2014年の防府読売マラソンでサブ3復帰した頃は、今なら多少コンディションが悪くてもサブ3出来ると感じるくらい走力が伸びていました。あいにく年明けから体調を崩し別大マラソン(3時間02分台)→ソウル国際マラソン(3時間01分台)とサブ3できませんでしたが、体調が戻った春先からはチャレンジ富士五湖(サブ9)、野辺山ウルトラ(サブ10)、サロマ湖ウルトラ(サブ8.5)と3大会とも自分自身が納得できる走りをすることが出来ました。

このままマラソンシーズンに入れば良いシーズンになったと思いますが、9月のスパルタスロンにチャレンジするために夏場に無理をして体調を崩すなど準備不足のままアテネ入りし、全く自分の走りをすることなく初めてリタイアしました。

この後、慢性疲労の状態になり、11月以降のフルマラソンも思うような走りは出来ず、その状況に追い討ちをかけるように肩を痛めました。

ウルトラプロジェクトをスタートしたのはちょうどこの頃です。

肩の痛みはすぐに治ると楽観していましたが、思っている以上に長引きました。ウルトラマラソンのスピードならほとんど痛みが出ないことから2016年の24時間走では自己ベストを出しましたが、フルマラソンのスピードだと20km過ぎると必ず肩が痛くなる。そのような状態がなんと2017年春まで1年以上続きました。

ちょうどその頃、日本体育協会の公認スポーツプログラマー資格をとるための研修でいろいろ学び、自分なりに解決策を模索しトレーニングをおこなったことから徐々に痛みは消えていきました。痛みがとれた後は良い状態で練習できるようになったので、走力は戻ってきたように感じていました。

<スポンサーリンク>


2017年11月のマラソンシーズンに神宮外苑24時間チャレンジを走ることになったので、実質今年の勝田全国マラソンが復帰戦になりました。

その勝田全国マラソンでは3時間は切れなかったけど2014年秋冬の走力に近付いたと実感しました。

自分にできる走りをするだけ〜勝田全国マラソンで復調の兆しは掴んだ〜前編

この時のタイムは3時間01分12秒でした。詳しくは上記の記事に書いてますが、低温が原因か序盤から脚が売り切れた状態になる我慢の展開になり、ハーフ通過は1時間30分16秒でそこから上げて行きました。しかし上がり切らずラスト2.195kmを8分27秒で走らねばサブ3に届かない状態になり、そこからはもう上げることは出来ませんでした。

その時、

『改善点は、レース早々に脚が売り切れたことです。これは寒さも原因だと感じてますが、レース前に危惧していたそもそもの走り込み不足なのは明白です。序盤、脚がもう少し楽に動けばキロ5秒くらいは同じ心拍数で走れたと思います。』

 

と書いていますが、このレースを40km走として考えれば脚は出来上がった。うまく疲労を抜いて行けば、古河はなももマラソンではサブ3できる。と思っていました。そこから無理して30km走しようなんて考えはありませんでした。

その後、ウルプロ練習会でサポートとして走る以外に週1回自分の練習をする時間を作り調子を上げていきました。徐々に身体の動きもよくなり、4’00/kmペースが比較的余裕あるスピードになりました。

この頃青梅マラソンの10kmで自己ベストを出しました。

青梅マラソン10kmでPB!!〜心肺機能向上してきたかも〜

そして、4’05-10/kmのレンジなら余裕を持ってレースを運ぶことが出来ると感じていました。

それが、1週間前の練習会で尻周りと右肩甲骨辺りの張りが急に強くなりバランスを崩し脚の動きが悪くなったのを感じました。原因はだいたい掴んでいますが、あと1週間で抜けるのだろうか?と、それまでのワクワク感が、一気に不安に変わりました。

3年3ヶ月ぶりのサブ3達成!その2〜前回サブ3から今回までの自分 後編〜 に続く

3年3ヶ月ぶりのサブ3達成!その2〜前回サブ3から今回までの自分 後編〜



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA