灼熱のみちのく津軽ジャーニーラン その6〜準備が足りなかったこと〜

灼熱のみちのく津軽ジャーニーラン その5〜残り距離・時間に潰されないように〜

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灼熱のみちのく津軽ジャーニーラン その5〜残り距離・時間に潰されないように〜 はこのように終わりました。

だから残り60kmとは思わず、まずは7Aまでの10kmを目標に歩き続けることにしました。

その間、私に追いついてくるランナーと挨拶したり、しばらく一緒に話しながら進みレースを楽しみました。

初対面の方との話は面白く、話に夢中になり気づくと距離は進んでいる。と行ったことを繰り返しながら徐々にゴールに近づいて行きました。

空も徐々に明るくなってきました。

とても美しい色あいで、しばし目を奪われました。そしてまた暑さと日差しとの戦いが始まるのです。

 

同じタイミングで、太陽が昇る方向を見ると

なんだか凄いパワーを感じました。

この時まだ午前4時09分です。

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CP7の金木町観光物産館は137km地点で太宰治の生まれ育った豪邸の前にあります。

スタート前の説明会で館山大会長は太宰治のことをいろいろと話していました。

私自身、太宰治の本を多少読んだことはあるけど、どのような人生を送った作家なのかはよく知らなかった。そこで説明会後に行われた津軽三味線演奏の心地よい音に包まれながらスマホで太宰治について書かれたことを読んでみました。

そのような非常に浅い知識ですが、太宰治の生まれ育った家を目にするといろいろなことが浮かんできました。

この時、私はこの大会に出るにあたって準備不足だったと感じました。

それは練習や装備といったものより、ジャーニーランなのだから、自分が走る地についてもっと勉強しておくべきだったと思ったのです。

そのような感動や心の震えは単調なコースにあってはすごく大事なことです。

もちろん自分に興味のないことを調べる必要はないけど、地元の参加ランナーと地元の大会について話したりしたけど、今回のコース付近で開催される大会のコースとか調べたり、青森県の年間の気象データの推移だとか、昔は釣りが好きだったのだから、この川、湖、海にはどんな魚がいるとか調べておいたら、また違った188kmになったと思います。

 

CP7でカレー味のカップヌードルをいただいてから、CP8を目指しました。

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CP8までは約20kmで、そこまで行けば残り32kmとなります。

スタート前には2日目の暑くなる前にゴールする計画でしたが、思いっきり暑い中を通過することになりました。

時間的には休憩しながらでも歩き続ければゴールできますが、熱中症になったらアウトです。

このコースは一部を除いて、日差しを遮るものはなく直射日光を浴び続けざるをえません。

ジリジリと気温が上がり、日差しが強くなってくるのが分かります。

「暑い時は水分補給・塩分補給をしっかり!」といいますが、もちろんそれらは大事ですが、それと同じくらい体温を下げる努力が必要だと私は思っています。

初日走ったコース上にはコンビニがほとんどありませんでしたが、ここの辺りからコンビニが点在しはじめたので、氷を買って頭や首筋など冷やしながら進みました。

氷はコンビニ袋に半分移してそれを手に持ち、残りはジップを閉めてザッグのハイドレーションをいれる箇所に挟んで背中を冷やしました。

コンビニ袋は気密性が高くないので、氷の冷たさがダイレクトに伝わりやすく、また融けた冷水が垂れてきて身体を冷やしてくれます。

コンビニ袋の氷がなくなったら、ザッグに入れた残りの氷をコンビニ袋につめて、袋に残った冷水は飲みました。

多くのランナーが同じように体温上昇と戦っていました。

ずっと岩木山が見守ってくれました。

このような田んぼの中に今にも崩れそうな家が残っているのを幾度となく目にしました。ここに住んでいた家族はどこに行ってしまったのだろう?

後半はこのように股擦れした箇所に包帯を巻いたので、股擦れは悪化しないで先に進むことが出来ました。

この辺りは延々と真っ直ぐな道を進みます。周りは林檎の木か田んぼの単調な道が大半ですが、私はあまり気になりませんでした。コースアウトを気にする必要はないし、車道とセパレートされた箇所が多く安心して進めました。

CP8の「道の駅つるた」では、地元のランニングクラブの方が声をかけていただき、記事を読んでくださっているなどお話しいただきました。

あと32km。

その7につづく

灼熱のみちのく津軽ジャーニーラン その7〜そして188km完走〜



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