「競走」ではなくて「共走」、それを強く感じた3回目のサロマ。(前編)

以前からの知り合いの通称ミカティと、大会前日にエキスポ会場で会いましたが、脚の状態が悪いと話していました。でも完走しちゃうんだろうな。と思ったらなんと38分もPB更新しました。

(画像提供 ミカティ)

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以前、サロマ湖の目標タイム別にペース設定の記事を書きましたが、それを初出場の時から参考にし、今回も同様に区間タイムを計算し、イメージして走ったところ自己ベストが出た。とメッセージが届きました。

今回、記事で紹介するのは、自己ベストを出したからではなく、自分の状態を把握し、その中でどう走ったら最も合理的かを考え実践できていると思ったからです。

いくつか質問に答えてもらいました。

レース前の状態とスタート前の気持ち

水曜日の朝、起きたら謎の痛みが右足のふくらはぎを襲っていました。リカバリーのために先週から走っておらず、前日もカーボローディングのためにビュッフェでたくさん食べただけだったので、原因が全く分からず、(足を攣ったことがないが)攣ったのかな?肉離れかな?シンスプリントかな?こむら返りかな?と、訳の分からない不安な1日を過ごしました。

木曜日の夜、神保町のあしラボを訪ね、右足を中心にほぐしてもらい、膝裏のシコリなどとってもらい、大丈夫かと思ったが帰宅してからも違和感がとれない。

金曜日に現地に移動し、会場でブース設営をし、土曜日はブースで接客をしているうちに、徐々に痛みが違和感へと軽くなってきたので、夕方に「明日走ってみよう」と決意しました。

大会当日の朝起きてテーピングを張り、ゲーターをつけると戦闘モードに入りました。

会場では Jaybird Familyと円陣を組み士気を高めてから、陸連登録のところに並び、レース中に自分を助けてくれるJaybird Tarah Pro(タラプロ 14時間バッテリー稼働するイヤフォン)、音源、garminなどギアの最終確認をしました。

スタートラインにたてたのだから、完走したい!仲間が待っているゴールへ帰りたい、という強い思いでスタートラインに立ちました。

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ペース設定について

計画は、以前教えていただいた数値をそのまま目標タイムの11時間59分に合わせてレースペースを定めイメージしました。とにかく前半は6分30秒を超えないペースでいけば良いとだけ記憶し、後半50kmは「次の10km」はこの1kmごとのペースを超えないように走ろう!と決めました。

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レース展開

前半は、やはりテンションがあがってしまい、ペースが速くなりました。出場3回目にして、やっと最初の5kmはぐるっと回ってまたスタート会場に戻っているんだ、ということに気が付きました。前回も、わー多くの人が応援してくれているんだなあとは思っていましたが・・・

仲間がトップ集団で折り返してくるので、だいぶ手前から名前を大声で叫んでいたら、前の人が数人振り返っていましたが、ここからがこのレースの一番楽しいところのはじまりです。多くの仲間を見つけ、名前を叫びあい、お互いを鼓舞しあう、この前半のスライドが本当に嬉しいのです。興奮して、やはりペースは上がってしまいました。

折り返してからも仲間とのハイタッチが続き、また皆でワッカで会いたい、と強く思いました。

そこからフルマラソンまでは、淡々と走りました。特に困ったこともなく、時計もあまりみていなかったような気がします。

42.195km通過タイムが4時間30分を切っていて、あれ?速いのかも?調子良いのかな、と思ったのもつかの間で、50kmを超えるとやっぱり脚が重くなってきました。

55km手前のレストステーションでは、手早く、おにぎりやフルーツを食べ、ジェル等をポケットに詰め替えて4分以内には出発したと思います。

エイドを出たところにある大きな坂は歩くことを決めていたので、もたもたしていられないという気持ちがありました。私は歩幅が広いのか、歩くスピードが割と速く、これも武器だと思い、坂はひたすら腕を振ってぐいぐい進み、坂の頂上が見えてきたら走り出す、を繰り返していました。

私にとって一番辛いところは60-80km地点。毎回ここで、歩く時間が長くなってしまいます。魔女の森は、今回は久しぶりに暑いサロマになったことから、涼しい中で「稼ごう」と皆走っていたように感じます。多くの私設エイドに助けられ、凍ったゼリーをいただいたり、ブルーベリーをがっさり取って手がすごい色になったり、お汁粉とそうめんで癒されたり、きついところでの応援のありがたみをしみじみと感じました。

昨年はこのあたりで睡魔に襲われ、眠りながら歩いてしまったことを考えると、ここで歩きつつも走れたことが良かったのだと思います。この20kmは昨年より15分速く走れました。

ワッカは、昨年よりも早く入れたからか、多くの仲間に会うことができました。そうすると、彼らから応援のパワーをもらうことができて、やっぱり「走らなきゃ」となりペースはそれまでより上がりました。途中で計算しだして、あれ、去年より30分ぐらい早くゴールできるのでは?と狙いながら、一歩一歩、脚を進めました。

折り返しの坂は、やっぱり巨大。昨年はウィンドブレーカーがムササビのようになるくらいの強風でしたが、今年は晴天。ただ無理はしたくなかったので、歩きで上り下りを繰り返しました。苦手な下りや急な坂などは無理せず、走れるところを走る。というのをただひたすら繰り返しました。

往復だから距離は同じはずなのに、帰りのワッカのほうがやっぱり長く感じました。

ワッカを出てから残り2kmの98k地点には応援団が待っていてくれて、もうそこがゴールかと思うほどで涙がでてしまいましたが、あと15分、と思って走り出しました。しかし、ここから向かい風が強くて、へこたれて歩いてしまいました。

ゴール直前で、今回現地に来てDNSを決めた友達が待っていてくれたので、彼女と手をつないでゴール。笑ってゴールしたかったのに、いろいろな思いがこみ上げてきて、やっぱり号泣してしまいました。

 

「競走」ではなくて「共走」、それを強く感じた3回目のサロマ。(後編) に続く

「競走」ではなくて「共走」、それを強く感じた3回目のサロマ。



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