カテゴリー別アーカイブ: その他情報

11歳の時マラソン大会で意識を失った。

土日に帰省して母や兄弟と飲みながら話しましたが、話の流れで、私が小学校5年時のマラソン大会でゴール後に倒れたと、学校から家に電話があり母親は驚いた。という話が出てきました。

記憶が飛んでる部分があるが、ちょっと書いておこうと思う。


<スポンサーリンク>


まず、当時の時代背景を少し書いておくと、少子高齢化の今とは違い子どもが多く、私が通っていた沼田小学校は丙午(ひのえうま)で子どもが少ない私の学年でも4クラスで160人以上いた。他の学年は5クラスだったので学校全体では1,200人の児童がいた。また隣の小学校はさらに多くの児童がいたが、当時は日本中がそんな感じだったのだろう。そして坂道の多い地域だったので放課後や休みの日には時間のある限り外を駆け巡って生まれ育った。そのような環境から足腰の強い子どもが周りにたくさんいた。

<スポンサーリンク>


かすかな消毒液の匂いを感じながら目覚めると、白い天井と白いカーテンが見えた。一瞬どこにいるのか分からなかったが、ほどなくそこが保健室だということが分かった。そして校庭の方からざわめきが聞こえてきた。

なぜ、自分が保健室のベッドに寝ているのかは分からなかったが、ポカポカした心地よい空気に包まれながら、ざわめきは声援だと分かり、少しづつ今日はマラソン大会だったことを思い出した。

記憶を辿る。

いつも通りスタートから100m走るのと同じように全力で飛び出し、校庭から外の道路に出る頃には後続を引き離していた。これが当時の勝ちパターンだった。4年生まで1回2位になった以外は全て1位だったから、今回も1位以外はあり得ないし負ける気もしなかった。

先導の先生が運転するバイクについて走ると、先生はペースを上げる。後続との差を考えれば無理に上げる必要はない。仮にラスト勝負になっても負けない自信はあった。ただ先生がバイクのスピードをあげたのが期待のあらわれのように感じたのでペースを上げた。

当時の私は期待に応えようという気持ちが強かった。

小学校に入った時から鬼ごっこをすると友達を簡単に捕まえることができるし、いくらでも逃げ切れた。徐々に自分は脚が速いことに気づき、それが自分のプライドになっていった。4年生の時に市内の小学校児童が競う大会の60mに出て1位になった。その時の100m1位は後に日本記録を作った不破弘樹さんだった。その大会後直後だったか、5年生になった後か記憶が曖昧だが、校内で不破さんと100mを一緒に走り負けたことが非常に悔しかった。ただ彼は長い距離は速くなかったので、校内のマラソン大会では誰にも負けることは出来なかった。それが自分自身の拠り所だった。40年以上前のことだけど、当時11歳の私はそんなことを考えていた。

しばらく先生のバイクについて走るも、徐々に付いて行けなくなった。今考えると明らかなオーバーペースだったのだろう。

そして、4kmコースのおそらく3kmくらいで私は止まってしまい、そこからのことはほとんど覚えてない。

しばらくして何人かに抜かれたのは朧げながら覚えている。そして私の前を走っていくランナーの後ろ姿は今でもぼんやり浮かぶ。

かすかな記憶もそこまでで、校庭のゴールまでどう走ったのか、歩いたのかは全く覚えていない。

そして保健室のベッドで目を覚ましたのだ。

覚えていないがゴールはしたらしい。誰に聞いたか記憶はないが14位だった。今思えば、先生らがゴールするまで止めないということは、意識は飛びながらも足取りはしっかりしていたのかもしれない。もしくは倒れるまで諦めるなという時代だったのかもしれない。

意識を失ったことより、結果がショックだった。大事にしていたプライドが打ち砕かれた瞬間だった。

<スポンサーリンク>


その後のことも、また書こうと思うが、子どもが倒れて意識を失った、なんて知らせに両親は驚いただろう。当時の私は負けず嫌いで、先生に言われてするのではなく、負けたくないから練習をした。そして走った後によく吐いた。

当時のことを考えると苦しくなってくる。吐くくらいまで心拍数をあげた練習が苦しかったのではなく、これほど負けず嫌いで、周りの目を気にする性格がいろいろと自分を苦しめた。

最近になっても母親は私に無理するな。そんな頑張らなくても良いという。それは30代の若さで病死した叔父と私が同じような経歴を辿っていたのが理由だと思っていたが、こうして昔を思い出すと、それは小学生高学年くらいからずっと言われていた気がする。またそれまでは大きな期待をかけられていて頑張れと言われていたようにも思う。

私には子どもはいないが、当時の私のような子どもがいたらやはり心配になる。いろいろ心配かけたのだろう。

過去のことは変えられないし、変えたいとも思わない。そのような幼少期を経て今の自分がいるからだ。また今の自分は嫌いじゃない。今回、過去の記憶を辿ったのは自分自身を見つめなおして未来に繋げるため。

持って生まれた性格は変わらないが、生きていくために工夫していく。そして環境に適応していく。



3年前の投稿〜メモを取りたくなるように伝える〜

3年前の今頃は、日本スポーツ協会 公認スポーツプログラマー資格講習で大阪体育大学で講義を受けていました。

画像のカレーはその学食で食べたものです。

<スポンサーリンク>


当時こんなことを書いていました。文脈を変えないでアップします。

大阪体育大学の学食に来てます。

唐揚げ定食か、唐揚げカレーで迷ったけど、講師が唐揚げカレーが一番人気だと話していたので食べてます。

大盛りはご飯二倍。。

体育大の学生はこんなんじゃ足りないのでしょう。

カレーは懐かしい学食の味で美味しいです。

唐揚げも脂身が少なくカラッと揚がっていて人気の理由が分かります。

しかし、昨日の講義はワークショップ的に進めてくれたので、結構頭に入ったけど、今日の午前(4時間)は一方的に聞くだけの講義でキツかったです。。

受ける側に立つと、言われたことを書くだけ、聞くだけでは理解度は低い。やはり聞いたことを自分なりに考えて落とし込むことで記憶に残る。さらに周りと意見交換したり、発表者の意見を聞き、自分の考えとの差異を考えたり、その差異がおこる背景を分析したりすると、理解度は進みます。

あと、大事だと感じたことがあります。

それは、メモを自発的にとりたくなるようなことを伝えるってことです。

どんなに良い話でも話が長く、どこに結論があるか分からないとメモは取りにくい。

また、文字数が多いとメモを取りにくい。

シンプルで短い文章なのに、大事なことが詰まっていて、そのメモを読めば、その時に講師が話した内容が記憶の底から浮かんでくるようなこと。

まさしく、キャッチコピーと一緒のような気がします。

私が開催するセミナーでも気をつけます。

<スポンサーリンク>


当時のことは記憶の底に埋もれていましたが、メモを取りたくなるように伝える。って書いた自分の言葉にハッとしました。

私自身セミナーを開催していますが、逆に受ける立場としても数多くのセミナーに参加しています。安くないお金を払って参加したセミナーの中には睡魔に襲われ実際に寝てしまったセミナーもあります。

理解できない。のは”理解力がないから”、”集中力がないから”と考えてる人もいるでしょうが、私は伝える側の問題が大きいと思ってます。

本気で伝えたい。と思えば、どう伝えたら理解しやすいか?興味が湧くか?一生懸命考えます。それでも理解できない。伝わってない。と感じたなら伝え方を変えます。

そう考えた時に、メモを取りたくなるように伝える。ってシンプルだけど大事なことだと再認識したのです。

もちろん、講義・セミナーを受ける側が1人なのか、2人なのか、10人なのか、100人なのかで伝え方は変わってきますが、3年前に受けた講義でも、興味を持ち、よく理解できた講義もあれば、ウトウトしてしまった講義もあります。その差は講師の伝えようとする熱量の違いだと思います。

今後もセミナーを開催していきますが、常に参加者がメモを取りたいって思うような内容にしていきますし、そのくらい熱のこもった伝えたい内容でないと開催する意味がありません。

<スポンサーリンク>


昨日、伊香保温泉から榛名神社に行ってきました。高校まで過ごした沼田市から近いのに伊香保温泉に泊まったのは初めてで、また榛名神社に行ったのも初めてだと思います。もしかしたら幼少期に行ったかもしれませんが記憶はありません。

いろいろ感じることはありました。

この階段を登った先にある門にこのような彫り細工がありました。

飛び出してくるかのような「生」を感じ、思わず画像におさめました。



5年前のブログ〜上州武尊と四万十川〜

5年前の2014年7月31日にこのようなブログを書いていて読み返すと当時の気持ちがいろいろ浮かんできました。

まず、文脈は変えずに転載します。

<スポンサーリンク>


奥武蔵ウルトラマラソンが終わって4日目ですが、毎回書いてるけど、凄く昔のことのようです。

既にあの暑さも、あの肌に汗がへばりつく感じも、激坂も雷雨も現実に起こったことではないかのように感じています。

身体の状態は問題なく練習もできますが、まだ張りはあるので無理はしないで、週末から本格的に練習を再開する予定です。

ここまで余談で、ここから本題です。

過去のブログに、今年の秋は二年連続走っている信越五岳トレイルランニング参加を今回は見送り、生まれ育った地域で開催される上州武尊スカイビューウルトラトレイルに出ることは書きました。

そのため来月開催の一泊2日の試走会や登り対策のために御岳スカイレースにエントリーしました。

距離120キロは問題ないが、累積標高が信越五岳の約二倍のレースはとても厳しい。またかなり危険な場所があるので非常に怖い。

ただウルトラトレイルを走れるのは凄く楽しみであり、どうやって完走するかシュミレーションするのも楽しみにしていましたが、迷いが生じました。

これも以前書きましたが、ウルトラマラソン始めた頃から参加したいと思っていた四万十川ウルトラマラソンに応募し、どうせ当たらないと忘れてましたが、当選したのです。

当初は上州武尊を走ったら10月は回復につとめて11月からのフルマラソンで結果を出したいと計画していましたが、抽選倍率の高い四万十川を走れるチャンスはもう来ないかもしれないと思うと走らない選択肢はありません。

上州武尊(120キロ)と四万十川(100キロ)の間隔は四週間ありません。それでも四万十川を完走するだけなら何とかなりますが、サロマで結果が出せなかった100キロマラソンで結果をだしたい。。

かなり悩んで決断しました。

【上州武尊120キロはやめる。】

過去に前例がないような主催者からの提案ですが、この大会はキャンセル出来るのです。

以下大会ホームページより転載

関係機関より、より慎重な安全対策を講じる様にとの意見があり、細心のレスキュー配置を構築すべく、考えてまいりました。トレイルランニング大会は通常登山より遥かに厳しい環境を歩く事になります。それは雨が降っても登山するという事です。その状況の中で、事故が発生した場合の救助体制では、複数の怪我人が存在した場合、同時に安全を確保できる人数には限りがあります。救助体制は最悪の事態を考えるのが基本です。参加者は、風速10m近い雨の中、夕暮れ近いその環境の中、相当に疲労して居る状態(特に120kmの場合は頂上到着まで12時間走り続けている訳です)で、鎖場や急斜面で渋滞する状態になっても、耐え切れるかどうかは、選手の資質による要素が大きい事から、再度それぞれご自身が大丈夫かどうか、再考の機会があっても良いと判断し、参加を辞退された場合、返金をする事といたしました。試走や研究も必要な事から、主催者側としても、できるだけ多くの情報を開示して、正確な判断をして頂ける様に努力します。基本的には120kmを対象としますが、その他の種目の選手も、お問い合わせ下さい。期日は7月31日までと致します。

転載終了

転載元

上州武尊スカイビューウルトラトレイル

キャンセル出来ることは前から知ってましたが、地元で開催される大会なので走りたい気持ちが強くキャンセルする決断は出来ませんでした。

またキャンセルしてしまったら今年は長めのトレイルを一回も走らずに終わってしまいます。

そのように迷っている時に、キャンセルフォームの文章をよく読むと種目変更が出来ると書いてありました。以前はなかったから追加されたのでしょう。

そこでキャンセルではなく距離66キロ 累積標高4020mのほぼハセツネ並の難易度のコースに変更し、四万十川ウルトラマラソンのエントリーを完了させました。

この距離と累積標高なら4週間後の四万十川ウルトラマラソンに間に合わせることは出来るので8時間30分切りを目指します。

しかし相変わらずレースが続くことになりました。

4月から

チャレンジ富士五湖100キロ
サロマ湖ウルトラ100キロ
奥武蔵ウルトラ78キロ
OSJおんたけスカイレース
トレニックワールドin越生(40キロ)
上州武尊スカイビュー60(66キロ)
四万十川ウルトラマラソン(100キロ)
手賀沼エコマラソン(ハーフ)
湘南国際マラソン(ハーフ)
大田原マラソン(フル)
防府マラソン(フル)

おんたけスカイから上州武尊までのトレイルはケガをしないのが必須条件なので安全に無理しないで楽しんで走ります。

転載終了

<スポンサーリンク>


5年前に書いたブログを読んでいくつか思うことがありました。

①最期の真夏のオクム

当時の奥武蔵は7月最終週開催でしたが、この年が真夏のオクム最期の年となりました。このまま開催したら重大事故が起こると2015年から6月第1週の開催に変わりました。

これは無理して走ると確実に熱中症になると感じましたし、後半は雷が近くにガンガン落ちるのに避難場所がないなんてはじめての経験でした。

②試走会は重大事故で中止になった

この時はまだ発生してませんが、上州武尊の試走会は私が申し込んだ前の試走会で重大事故が起こり中止になりました。この中止発表を知る前からこの大会出場に嫌な予感がしていました。それは悪天候で沢が増水した場合は沢登りの熟練者でも低くない確率で流されるとかいうネガティブ情報が耳に入ってきました。そのような観点からエントリー後でも全額返金のキャンセルが出来るなんて前代未聞の措置が取られました。そのくらい主催者サイドも経験の乏しいランナーがエントリーしているのを感じマズイと思ったのでしょう。

③難コースの120kmに怖気付い

四万十川に当選したから、120kmから66kmに変更したと書いていますが、思い起こすと、嫌な予感しか湧かず走ってはいけないという危険回避の気持ちが強くなっていたように記憶してます。実際66kmでも大変なコースでした。第2回大会はだいぶマイルドなコースに変わりましたが、第1回は気象条件が良かったから無事ゴールできましたが、悪天候なら大変なレースになったと思います。

④サロマ以外で初のsub9達成

この年のサロマは非常に暑く9時間20分台に終わりました。2012年から毎年sub9をしていたので、四万十川でsub8.5は無理でもsub9はしたいと考えていて、8時間59分でサロマ以外で初のsub9しました。その後年間に一度もsub9が出来なかったのは2016年のサロマでお腹を下した時だけです。

⑤御嶽山噴火直前のレース

OSJおんたけスカイを走った数週間後に御嶽山が噴火。見覚えのある場所がテレビ中継され自然の怖さを目の当たりにしました。自然界の時間軸では数週間なんて一瞬です。

⑥当時よりレース距離が伸びた

今は当時よりレース数は減ったと思ってましたが、本数は変わらず距離が伸びてることが判明。以下は3月までのフルマラソンが終わってからフルマラソンシーズンまでのレース一覧です。赤字にしているのが2014年と2019年で違うレースです。

2014年

チャレンジ富士五湖100キロ
サロマ湖ウルトラ100キロ
奥武蔵ウルトラ78キロ
OSJおんたけスカイレース
トレニックワールドin越生(40キロ)
上州武尊スカイビュー60(66キロ)
四万十川ウルトラマラソン(100キロ)

2019年

茨城100Kウルトラ
チャレンジ富士五湖100km
阿蘇ラウンドトレイル122km
奥武蔵ウルトラ78km
サロマ湖ウルトラ100km
みちのく津軽ジャーニーラン177km
信越五岳トレイルランニング110km

⑦大田原まさかの3時間00分03秒

大田原は30km過ぎの登りで集団から離れるも粘って競技場に入ったが、何故かサブ3届いたと安心しスパートが遅れてまさかのタイムに終わりました。次の防府も同じような展開でしたが、競技場に入る前からロングスパートしてサブ3。
<スポンサーリンク>


⑧当時48歳

このブログを書いた時は48歳で、3月末に25年間の会社員人生に区切りをつけた年です。まだウルプロ®︎を立ち上げる1年以上前で、何をしようかいろいろ模索していた時期でもありました。

こんな風に5年前に書いたことを読み返すと、当時自分が考えていたことや記憶の底に埋もれていたことが鮮明な記憶になってきます。

昔を懐かしむのではなく、経験として積み重ねていくには、このような振り返りは大事なことだと思っています。

長崎に行った時にこんな文章を書きました。

記憶はリンクのようなモノ。

その中に、こんな文章があります。


二泊三日の旅程でしたが、長崎と全く関係ないことも、いろいろ思い出しました。懐かしいことだけではなく、悲しいこと、残念なこと、など。さまざまな記憶はそれぞれ紐付いているので、すっかり忘れていることでも、ある記憶を呼び起こすことで、次から次へと思い出す。 あたかもリンクのようです。

 

あれから5年だけど、これから5年の方が楽しみです。

また、この記事を書いた1ヶ月後にスタートしたのがサブ3.5チャレンジ です。



記憶はリンクのようなモノ。

みちのく津軽ジャーニーランに参加するため新幹線にて移動中です。

2週間前に北海道にいき、先週は長崎にいき、今週は青森。

少し前にウルプロメンバーが移動距離が大きいと普段気づかないことに気づいたりする。と投稿してましたが、私もそう思います。

長崎でも色々気づきがありました。

長崎に初めて行ったのは1991年です。入社3年目に本店営業部に異動し担当していた会社の新規事業に関する出張でした。

今でも苦笑いしちゃうような出張になりましたが、その時、一人で歩いた長崎の街は坂道がいっぱいあり汗をかいていたのを記憶してます。

<スポンサーリンク>


それからもう1回出張で行った記憶があるのだけど、よく覚えていません。

とにかく久々の長崎でした。

ただ当時の記憶はセピア色で、また他の記憶と混ざってしまい、夢か現実か分からないことばかりで、長崎の街並みを見ても何も思い出しません。

長崎と言えば、橘湾岸スーパーマラニックなどありますが、現在フルマラソンは開催されていませんが、長崎市で2020年開催が検討・準備されているようです。

幾多の坂越え、長崎でフルマラソン五輪と同年開催へ

 

記事にもありますが、かなり坂が多く、タイムが出るようなコースを作るのは難いですが、自分の脚で市内の観光名所を回るようなマラソンにしたら楽しそうです。

さて、今回は2泊3日で長崎市、佐世保市、軍艦島の観光をしてきました。

長崎孔子廟・中国歴代博物館

入場券を買って入場してしばらくして、入って失敗した。なんて気になりましたが、資料館で孔子の言葉などを読むと、子どもの頃に習ったことなどを思い出すとともに、昔はなんとも思わなかった言葉が今は胸に染みることがいくつもありました。

改めて書籍を買って読もうと思いますが、孔子は2500年前の人で、大和朝廷ができる800年前です。

人間関係について書いた名言を読むと、人間って2500年前からホント変わってないんだな。って思いました。

グラバー園

グラバー邸は改修工事のため入ることは出来ませんでしたが、園内でのんびり過ごしました。日差しが強く蒸し暑く、肌にまとわりつくような汗で、走っていないのに股擦れのリスクを感じました。

昔の建物内に掲示された品々や、歴史を紹介する文章を読むと、いろいろと感じることがありました。

この門にフリーメーソンのマークが刻印されています。

九十九島水族館海きらら

イルカの動きを見ていて凄いなーと思ったのは、ずっとボールを遊びをしてるのですが、水面に浮くボールを器用に口で押して水中に持って行くのです。球体の軸から少しズレた場所を押したら口元から離れてしまいますが、水の流れなども計算した熟練技でした。繰り返し繰り返しやることで難しいこともできるようになるんだ。と思いながら見ていました。

また、口にくわえる場面もありましたが、子どものイルカも親イルカの真似をしますが、口がまだ小さいので入りません。ただ何度も何度も繰り返します。

成長していずれ口にくわえることが出来る日が来るのですが、その時、どんな感情を持つのだろうか?なんて思っていました。

出来なかったことが出来るようになるって本当に嬉しいことです。

子どもの頃は毎日がその連続ですが、大人になると中々自分の成長を実感することが出来ず、逆に今まで出来ていたことが出来なくなる寂しさを感じる場面が増えたと感じる方は少なくないと思いますが、成長しようとすれば、年齢に関係なく成長は実感できます。

年齢が一歳上がるごとに老いるのではなく、チャレンジしなくなるから老いるのだと私は思ってます。チャレンジする対象はなんでも良いと思います。

高台に登ると沢山の島が見える素晴らしい景色でしたが、画像だと、イマイチ伝わりません。

長崎市から佐世保市にはレンタカーで移動しましたが、途中はずっと山の中でした。凄いトレランコースたくさんあるのだろうな。と考えながら運転していました。

平和公園

長崎市に戻り、平和公園に行きました。

そもそも広島の次になんで長崎に原爆が落とされたのだろう?なんて疑問に対して、検索してみるといろいろ出てきました。その文章を読んで生まれた疑問をまた調べるなど繰り返しました。どれも真実かどうかは分からないけど、この地に来なければ調べることもなかったことです。

<スポンサーリンク>


軍艦島

軍艦島上陸ツアーは、悪天候だと上陸できずに周りから眺めるだけです。前日は上陸出来なかったようですが、運良く上陸しました。

この島についても観光ガイドの話だけではなく、検索して調べてみると、表面上のことだけですが、今まで考えたこともなかったことを知りました。

二泊三日の旅程でしたが、長崎と全く関係ないことも、いろいろ思い出しました。懐かしいことだけではなく、悲しいこと、残念なこと、など。さまざまな記憶はそれぞれ紐付いているので、すっかり忘れていることでも、ある記憶を呼び起こすことで、次から次へと思い出す。

あたかもリンクのようです。

さて、今回の旅は何を気づかせてくれるのか楽しみです。



男性のsub3は3.1%だが、50代は1.2%

先日発売した月間ランナーズ別冊付録の全日本マラソンランキングは各年齢の100位までの名前やタイムが掲載されていますが、101位以降であってもwebで自分の順位を確認できます。

□全日本マラソンランキング

発表日からしばらくは、私のFacebook画面は友人の投稿で溢れかえりましたが、そのくらいランナーにとって興味ある話題なのです。

<スポンサーリンク>


私は昨年51歳で初めて100位にランクインしましたが、今年はタイムが少し伸びたこともあり82位にアップしました。

52歳の1位、2位は2時間35分以内の福岡国際ランナーなので圧倒的な差がありますが、毎年少しづつでもタイムを伸ばしていきたいと思います。

さて、この別冊付録には全体像が見える資料が掲載されており、その数値をもとに再集計してみました。

こちらは男子の年代別sub3率です。

男子のsub3は3%前後と言われ、今回の結果は3.1%ですから、ヴェイパーフライ4%などカーボンプレート入りのシューズに話題が集まった1年でしたが、この結果を見る限り、メリットを享受した人はいるにしても、全体にはさほど大きな影響は与えていないと言えるでしょう。

今回この集計をして感じたのは、やはり年をとるごとにsub3は厳しくなるということです。

20代ではフルマラソン完走者の5.2%もsub3ランナーがいるのに、50代は1.2%と20代の達成率より▲77%も減少しているのです。さらに60代以上では0.1%と1,000人に1人しかいないのです。

<スポンサーリンク>


次に、1歳きざみでsub3率を折れ線グラフにしてみました。

多少デコボコはありますが、60歳にかけて右下がりで落ち続けています。

1歳刻みで見ていくと、sub3率は40代後半から3%を下回るようになり、50歳を過ぎると2%程度になり、50代中盤で1%になります。このように年齢とともにsub3のハードルは高くなることは数値が示しています。

ただ、50歳になってからsub3ランナーを目指すのは無理かと言えばそんなことはありません。ウルプロにもランニング歴10年ほどのメンバーが50歳になって初めてsub3したケースはありますし、知り合いのランナーにも50歳を超えてから自己ベストを出す方は少なくありません。

ただ、ランニング歴が短いランナーを除けば、毎年同じことをしていれば、加齢とともにほとんどのランナーはタイムはジリジリと落としていくでしょう。

加齢に負けずにタイムを伸ばしていくためには、毎年同じことをしていてはダメだということです。

さまざなアプローチがあるので、一つ一つ試して行ったら良いと思います。

<スポンサーリンク>


私自身、現在53歳ですが、この1年間で5km、10km、ハーフマラソン、フルマラソンで自己ベストを出しました。1年少し前ですが1500mの自己ベストも出しましたし、過去最長距離のウルトラマラソンも完走しました。

それは、自分の強みや弱みなどを考えて、何をしたらよくなるかを考え実行しているからです。

今でも様々な点で改善の余地はあるし、現時点試してないこともたくさんあります。まだまだ伸びる余地はたっぷり残っているのです。

ただ、そのいわゆる、「伸びしろ」の中で、当面というか、ずっと使いたくないと思うのが、走行距離や練習時間を増やすことです。

短期的には大きな効果があると思いますが、故障リスクの増大だけではなく、それで出した自己ベストを更新するには、さらに練習時間を増やさねばならないという状況になると感じてます。

今年フルマラソンで自己ベストを出した直前3ヶ月の月間走行距離は200km程度ですが、この練習量のままで、いかに走力を上げていくかを当面は追求していきます。

今の私は練習時間を作りやすい環境にありますが、同世代のビジネスマンが捻出可能な時間に効率よく練習することを意識しています。

こちらは3月にフルマラソンで自己ベストを出した時に書いた記事です。

今回の自己ベストは神宮外苑24時間走のラスト30分から始まった。前編〜50代・7年4ヶ月ぶりの自己ベスト①〜



ウルプロ午後練と、Think clearly読んで感じたこと

今日は真冬並みの低温下の雨ですが、パーソナルレッスンして、午後練をしました。

ウルプロ練習会は基本雨でもやりますが、安全が確保できない、暴風や大雨などの警報が出るような時や、積雪時は中止にします。

イメージしやすいように書くと、マラソン大会が中止になるような天気かどうかを基準にしてます。

また、1月、2月の風邪やインフルエンザが流行ってる時期は免疫が低下して体調不良にならないように極寒の雨は中止にしてます。

<スポンサーリンク>


その観点では今日は中止にしても良い予報ではありましたが、走りたいメンバーがいたので開催しました。

特に午後練に参加するために会社を休んでいるメンバーもいるし、夜の練習会にしても水曜日以外は練習出来ない方もいるからです。

私自身も、会社勤めしていた時は、練習会に出るためにスケジュール調整などしていましたが、今日は雨だから仕事して、その分、翌日に走るなど調整が難しい時もあったので、多少の雨なら風邪ひかないように対策して走っていました。

今は時間調整は出来るので自分の練習なら悪天候時はスライドしますが、主催している練習会は可能な限り開催したいと思ってます。

その上でメンバーが参加するかしないかは、メンバーが体調やレース日程など様々な観点から考えて決めたら良いのです。

もちろん参加するならしっかり雨対策をするよう伝えていますし、雨に濡れる時間を短くするなど工夫はします。

また、雨の中を走らないと気付くことができないことはあります。どのくらい寒いのか?身体のどの部位から冷え始めるか?地面が濡れてると走りにどう影響するか?など経験になるし、どのような対策が必要かも分かってきます。

<スポンサーリンク>


今日の午後練はトラック走行は最後に走りを確認するために1000m走るだけにして、そこまでの1時間以上は雨に濡れない場所で動き作り、フォーム作りをしました。

3人のメンバーが普段意識しているが、よく分からないこと。繋がらないこと。考えてもいなかったことなど一緒に考えました。

今日からメンバーになった男性は、雨だから参加者も少なくいろいろ教えてもらえると参加した。と話していましたが、そのようにポジティブに考えることって大事だと思います。

今日動き作りをして、走ったことで、いろいろなことが繋がり、今まで気づかなかったことを気付けた。と話すメンバーもいましたが、そのようなメンバーの言葉を聞くと開催してよかったと思います。

<スポンサーリンク>


さて、昨日恵比寿のケッズトレーナーで治療したあと、2冊の本を買いました。

買おうと思って買いに行ったのではなく、行ったら自分の視界に飛び込んできた感じです。

平積みにしてもたくさん並んでいる中で、手にとった理由は、本屋さんが売りたい本を目立つスペースに置く戦略に乗せられたのかもしれませんが、同じくらい目立つスペースに置かれた全ての本を手に取るわけではありません。

なぜ手にとったのか?と言えば今の自分に必要な情報だと私のセンサーに引っかかったのでしょう。そしてペラペラとめくって読みたい本かどうか判断して2冊買ったのです。

その1冊がこの本です。

52の考え方について、統計学や心理学、リスクマネジメントの観点などを紐付けながら書かれたうち、まだ9章しか読んでませんが、この9章読んでこれは凄い気付きだ!と感じたことより、自分の生き方、考え方がなんだか肯定されて嬉しい。と感じたことがいくつかありました。

もちろん読んでも響かない文章もありましたが、自分自身の考え方を振り返り・整理する良いキッカケになりそうで、あと43章読むのが楽しみです。

私は本を読んで詰まらなくなると、最後までたどり着きませんが、この本は最後まで読めそうです。

私の記事を読まれている方は、この本面白い。と感じるような気がします。本屋で目に入ったら数ページ読んでみてください。

全部読み切ったら簡単なレビューを書きたいと思います。

さて、これから夜の練習会です。

当初は皇居前広場の予定でしたが、練習後、速やかに着替えが出来るように織田フィールドにしました。普段は水曜日の織田は混雑してるので使いませんが、今日は大丈夫でしょう。



もう自分の力を信じるだけ。今から足そうとしない

YAHOO!天気によると、古河市は雨は降らず、名古屋市は雨になりそうです。

こちらはそのキャプチャーです。

<スポンサーリンク>


予報なのでどう変わるかは分かりませんが、古河はなももを走る方も雨が降られても良いように準備だけはしていきましょう。

名古屋を走る方も、東京マラソンほど気温は下がらない予報ですから、あの過酷な状況にはならないと思いますが、このような準備はした方が良いです。

・手袋+ビニール手袋

特に指先が悴むとドリンクも掴めなくなるので、ランニング用のグローブの上に、100均で売ってるビニール手袋をはめて濡れないようにしてください。

・ホッカイロでお腹と腰を温める

ホッカイロをお腹と腰に貼っておくと冷え防止になります。もちろん直貼りは低温火傷するので、注意してください。私はnakedランニングバンドに入れてます。

・ドライメッシュインナー

ファイントラックなどアウトドアメーカーから発売しているドライメッシュインナーなど着ると濡れたウエアが直接肌に付かないので寒さが和らぎます。

・ホットクリーム

短パンで走る方は、肌の露出部には水を弾くワセリンなど入ったホットクリームを塗りましょう。手に入らないならワセリンでも構いません。

・帽子を被りましょう

普段帽子を被らない私も雨の日は被ります。帽子を被れば一定濡れることを防げるし、目に雨が入ることも予防できます。

・薄く軽いレインウエア

ゼッケンが透けるような薄く軽いレインウエアを着れば寒さはかなり抑えられます。ビニール袋なども良いと思いますが、スタート前に足元などに捨てるのは絶対にやめましょう。後続ランナーが転倒します。

これは東京マラソンのスタート時にAブロックに飛び交ったレインウエアですが、このレインウエアに足が絡まって転倒した人は少なからずいます。

<スポンサーリンク>


・スタート前に肩甲骨周りのマッサージ

整列時に身体が冷えると、上体が硬くなり、肩甲骨周りの動きが悪くなるので、仲間と交代で特に肩甲骨周りのマッサージなどして、解しておくと気持ちよく走れると思います。

・隠れオーバーペースにならない

あと大事なことは、身体が冷えた状態はスピードが出ません。その状態で事前に決めたペース設定を守ろうとすると実質オーバーペースになります。

例えば5’00/kmペースを予定していた方が、身体の動きが悪くいつもと同じように走ると5’15/kmになるのを無理に5’00/kmに上げるのは、実質4’45/kmの負荷に相当します。

さすがに5’15/kmでは後々のツケがたまってしまうので、ちょい頑張って5’05-10/kmくらいまで上げたら良いかもしれません。

身体の動きが悪い時は、最初の5kmくらいまでの間にリズムを整えていきましょう。

・エネルギー補給は多めに

寒いとエネルギー摂取が増えるので、いつもより多めに補給をしましょう。普段エナジージェルを3つ使うなら、4つ使って5kmほど前倒ししてください。燃やすものがないと身体はますます冷えますので、序盤から積極的な補給がオススメです。

・NIKEのフライニットは要注意

ヴェイパーフライ4%やズームフライのフライニットを履く方は、濡れると重くなるので、水を弾くように防水スプレーなどした方が良いと思います。また、これらのソールは白線や鉄板の上を走ると非常に滑りやすいので、滑りやすいという意識を持ってください。

<スポンサーリンク>


レース前日に+αを考えない

さて、雨対策のような準備以外で注意して欲しいことがあります。

それは、レース前日に目標達成出来るか不安になり、あれこれ足したくなることです。

私だってあります。。

いつも葛藤してます 笑

例えば、エキスポで試したことがないけど、効果ありそうなサプリメントを見つけたら使いたくなります。ただ、サプリメントに限らずいきなり本番で使うのはやめた方がよいです。

予想した味と違うのはストレスだし、それ以上に身体に合わないことでお腹の調子が悪くなることもありますし、味見して大丈夫と思っても、過酷な状況で飲むとまた変わってきます。

それと、練習でほとんど履いてないシューズをいきなり試すのもよくありません。

何かを足したいと言う気持ちで履いたシューズでいつもと違うリズムになってしまうことになったら後悔します。

もちろん、現時点で目標達成の可能性は極めて低く、何かを変えたいと、一か八かの勝負に出るケースや、次のレースに向けて実践投入してみるテスト的な位置付ならよいと思います。

ただ、何かを足したいという気持ちになっている方を想像すると、しっかり練習など準備が出来てるから緊張感が高まっているのだと思います。現時点でも目標達成できる力はある。ただその可能性を高めたい。と思う気持ちが何かを足したいと思わせるのでしょう。

足そうとして、効果がないなら良いと思いますが、足そうとして、デメリットが出る可能性があるもの(こと)はやめましょう。

それは次のレースに向けての練習で試しましょう。

ありのままの自分が現時点でどれだけ走れるか試してきてください。それで目標に届かなかったなら何が足りなかったのかしっかり振り返り次に向けて頑張りましょう。

仮に直前にシューズを変えたところ、リズムが合わず思うような走りが出来ず目標に届かなかったとして、シューズを変えたの失敗だった!と悔やむのは構いません。ただ、いつも履いてるシューズだったら目標に届いたのでしょうか?

シューズを変えたこと以外に目標に届かなかった理由があったのに、それが分からなくなることは次への課題も分からなくしてしまいます。

そんな意味も含めて、直前にアレコレ、プラスαを求めないで、マイナス要因を消す準備をしてください。

私も少しづつ疲労は抜けていると信じて古河はなももを走ってきます。明日は日本全国で様々なレースが開催されますが皆さん頑張りましょう。