カテゴリー別アーカイブ: ウルトラマラソン

Changan Ford Ultra-Challenge 2018(中国)走ってきます。

10月27日に中国湖南省で開催されるIAU世界ウルトラマラソン協会公認大会のChangan Ford Ultra-Challenge 2018(100km)を走ってきます。

2016年ゴビ砂漠を舞台に開催された時のスタート会場(主催者提供)

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以前も記事に書いたように、中国では最近ウルトラマラソンやトレイルレースの人気やレベルアップが凄い勢いで進んでいると聞きました。

抗州ウルトラマラソンで井上真悟選手が3位入賞〜中国選手の躍進と今後のウルトラマラソンで思うこと〜

ただそれは人づてに聞いた話であり、自分自身の目で見て、身体で感じたいという気持ちが湧き出てきた頃に、知人から、このレースに私を招待選手として推薦したので、ぜひ参加して中国の勢いを感じてきてほしいと連絡がありました。

もともと中国のレースに興味を持っていたので、またとないチャンスです。

ただ即決はできませんでした。

理由は大会日程で、その大会開催日は、神宮外苑24時間チャレンジの2週間前なのです。

神宮外苑24時間チャレンジは2016年、2017年と50代になってから連続して自己ベストを出している大会ですごく楽しみにしているレースなのです。

私は回復が遅いので、100km走ると2週間ではコンディションを戻すのは困難であり結構迷いました。

ただ、子どもの頃も大人になっても、たまに思い出すのは、やらなかった後悔です。特に中学時代に陸上部の幼馴染から市内駅伝大会のメンバーとして走ってほしいと言われたのに、Cチームで走るのなんて嫌だと変な見栄から断ったことは今でも思い出します。ほんとはその駅伝走りたかったのです。

冷静に今後の自分について考えると、世界トップレベルの選手と一緒に行動し、ウルトラマラソンに限らず様々な分野でエネルギッシュに急成長している中国の大会を肌で感じることは様々な面で大きい。

そもそも自分自身、この100kmレースを走りたいのかどうか自問自答すると、『走りたい!!』のです。

で、あれば出ない選択はありません。

神宮外苑のことは、このレースが終わるまでいったん忘れようと招待をお受けすることを決めました。

楽観的に考えるなら24時間走→100kmよりは、100km→24時間走の方がまだコンディショニングしやすいように感じます。

4月のチャレンジ富士五湖100kmから10日後スタートの川の道フットレース254kmは、途中抜けきっていない疲労から膝裏に痛みが出ましたが完走しました。

逆にどのくらい回復できるのか楽しみです。

2016年ゴビ砂漠を舞台に開催された時のフィニッシュ地点(主催者提供)

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さて、この大会について主催者サイドの方からいろいろ教えていただきました。

大会の目指す方向性

2016年ゴビ砂漠を舞台に開催された時の石川選手のフィニッシュ(主催者提供)

中国内における、ウルトラマラソン大会の先駆者となるべく、IAU(世界ウルトラランナーズ協会)を筆頭に海外の各協会と連絡を取り、正規な形で世界に発信できる大会を目指しています。

理由として、中国内にも多くのウルトラマラソンの大会はありますが、IAU,CAA中国田経協会(陸連に当たります。)の大会承認を得ている大会はありません。

その中で、本大会は、唯一IAU、CAA、両協会より承認されている大会です。またCAAがまだ諸事情により、IAUに加盟していない中、両協会の橋渡しにもなっている大会です。

大会そのものは、世界各国より、世界トップランナーを送って頂き、中国のランナーにウルトラマラソンを理解してもらえる様、また、一般ランナーも体験できる大会です。

また、本大会は2015年より2018年までの3年間この様な大会を行なっております。2015年からIAUと連絡を密に取り、中国におけるウルトラマラソンの世界選手権開催を目指しています。

大会の魅力

2016年ゴビ砂漠を舞台に開催された時のコース画像(主催者提供)

2015年(50Km)、2016年(50Km,100Km)は、ゴビ砂漠を走るウルトラマラソンを開催しました。2017年(50Km,100Km)は、プレ世界選手権として、雲南省撫仙湖にてロードレースを開催しました。この様に、中国各地にて、中国の魅力を活かせた大会作りを行っています。

コース

画像は主催者からの案内に掲載のキャプチャーです。

コースはスタート・ゴールは違いますが、中盤から周回コースになります。高低図を見るとさほど大きなアップダウンはなく走りやすそうなコースです。

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しかし、今年は本数は絞っていますが、4月からウルトラマラソンを平均月1本走っています。

  • 4/22 チャレンジ富士五湖ウルトラマラソン100km 9年連続完走
  • 5/3-5 川の道フットレース(254km)
  • 6/2 ゆめのしま6時間走(61.3km)3位
  • 6/24 サロマ湖100kmウルトラマラソン 7年連続完走(うち5回sub9)
  • 7/15-16 みちのく津軽ジャーニーラン(188km)
  • 9/15-16 うつくしま、ふくしま。ジャーニーラン(122km) 4位
  • 10/26 Changan Ford Ultra-Challenge 2018(100km)
  • 11/10-11 神宮外苑24時間チャレンジ

38歳の時に初めて走った10kmレースは当時の私にとって途方もない長距離でした。その私が100kmを超えるレースを走っているなんて当時の私は想像もしていませんでした。

また5年前に安定・安全に目的地に向かう謂わば大型客船から強風が吹いたら転覆してしまうような小型ボートに乗り換え、自分の好きな方向に漕ぎだすような人生を選んだわけですが、そんなことも38歳の私は想像できなかったでしょう。

同じようにこれから10年後どころか3年後にどう変わっているかも分かりません。でも今までがそうであったように、自分が進みたいと思う方向に進んでいくつもりです。自分が進みたいと思えば、色々繋がっていきます。困難なことがあればどう乗り越えるか考え行動すれば良い。今回の中国遠征もきっと何かに繋がっていくことでしょう。

今回日本から16人のランナーが行くと聞きましたが、志の高い方々との出会いは非常に楽しみです。



石川佳彦選手 スパルタスロン優勝〜本当の強さとは何か?と自問自答し続ける〜

2016年、2017年の24時間走世界ランキング1位の石川佳彦選手がスパルタスロン優勝したことは先日お知らせしました。

投稿はこちらです。

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この記事を読んでいる方の中にはウルトラマラソンを走った方は少なからずいると思いますが、ウルトラマラソンと言っても様々なカテゴリーがあります。

一番メジャーで参加者が多いのは100kmマラソンです。

その100kmマラソンの世界選手権では今年男女とも日本が団体金メダルをとり、男子は山内選手が優勝しました。

IAU100km世界選手権で山内選手2連覇 団体は男女とも金メダル!!

また、今年のサロマ湖では風見選手が世界記録を更新しました。

ついに時代は動き始めた〜サロマ湖100kmウルトラマラソンで風見選手が世界記録〜 その1

石川選手は100kmも6時間台で走るスピードを持ちますが、200kmを超えるウルトラマラソンでの強さは抜きんでています。

200km以上のウルトラマラソンは世界にはたくさんありますが、今回優勝したスパルタスロン以外に、IAU24時間世界選手権、神宮外苑24時間チャレンジ、東呉国際24時間走など強豪が集まるハイレベルな大会で優勝しているのです。

風見選手が、世界最速のウルトラランナーなら、石川選手は世界最強のウルトラランナーでしょう。

石川選手から閉会セレモニー後にいただいたメッセージをもとに今回のレースだけではなく、石川選手の思いなども紹介したいと思います。

メッセージの冒頭は

閉会セレモニーで表彰していただき、優勝したんだと実感が湧きました。明日帰国します。

とありますが、ゴールしてしばらくは興奮冷めやらない状態だったのでしょう。

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□スパルタスロン優勝は自分にとってどんな位置付けになったのか?

昨年4位に終わり悔しい気持ちを抱えたまま1年を過ごしました。優勝したいという気持ちはもちろんありましたが、スパルタスロンで満足いく走りをして自分自身を納得させたい気持ちが強かったように思います。結果的に優勝し、周りの反応を見て大きな事を成し遂げたんだと感じています。

□スタート前の気持ち

何位で走りたい、何時間で走りたいという事よりもメディケーン(地中海特有のハリケーン)で天候が大幅に崩れる事を気にしていました。どのタイミングで半袖から長袖に変えるか、ジャケットを着るか。246kmトラブルなく走り切る事を一番に考えていました。

□優勝を確信した時の気持ち

残り10kmスパルタの街に入った辺りで優勝できると思いました。100km手前でトップに立ち、そこから約150km逃げ続け、追い付かれる事ばかり考えていました。最終的に42分開きましたが、昨年2位だったチェコ人の選手が猛烈に追い上げていると聞いていたので独走していても優勝は確信できませんでした。

□ゴールしたときの気持ち

ゴールが近つぐほど去年4位だった時に味わった気持ちを思い出していました。この1年の事を振り返りながらレオニダス像まで走りましたが、レオニダス像の足にタッチしてレースが終わると優勝できた喜びよりも無事ゴールできた安堵感が勝っていたように思います。日本なら中止になってもおかしくない天候の中、246km走り切れて本当に良かったです。

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□アスリチューンを使い始めて約2年ですが、何が変わりましたか?

24歳でウルトラマラソンの世界に入り、4年間ほとんど一人で活動してきました。2年前からアスリチューンにサポートいただくようになった事を皮切りに、アグレッシブデザインやアールエル、Onなど様々なメーカーからサポートいただけるようになり、色々な人と交流を持てるようになりました。

普段の練習は一人で行っていますが、連絡をいただいたり、応援いただいたり、一人ではないと感じながら走れる事は自分にとって大きな支えになっています。

□アイテム選びの基準で共通すること

数字やデータに捉われる事なく、使ってみて気持ち良く使える物を選んでいます。レース中の味わう不快感にどう対応できるかがポイントだと思っています。

2016年ゴビ砂漠レースの記事を読んで思うこと。

たった2年前のことですが、レース中にあれこれ色々考えていたんだなと思います。その部分がプラスに働く事もあればマイナスに働いていた事もあったように思います。今は練習、準備の段階で考えられる事は考え尽くしてレース本番で頭を出来るだけ軽くできるように意識しています。

□これからの目標

勝ち続ける大変さは自分自身よく分かっています。本当の強さとは何か?をいつも自問自答していますが、未だ答えは出ていません。あと何年続けられるか分かりませんが、強くなりたいというシンプルか気持ちを持ち続け長く走りたいです。

 

石川選手が答えた、「本当の強さとは何か?」の問いに対する答えは一生出ないのかもしれません。また答えを出す必要もないのかもしれません。

その自問自答を続け、強くなりたい。と一生懸命努力することに意味があるのかもしれません。

いまや名実ともに世界チャンピオンになった石川選手は、まだまだ高みを目指していくのでしょう。

その真摯な姿に、多くの方が惹きつけられるとともに応援したいと思うのでしょう。

次のレースは日本代表として、12月のアジア・オセアニア選手権(24時間走)を走ります。



言葉にして夢を引き寄せる〜楠瀬祐子100km世界選手権で6位入賞〜

IAU100km世界選手権で山内選手2連覇 団体は男女とも金メダル!!

先月の話になりますがクロアチアで開催されれた100km世界選手権では男女とも団体金メダルをとり、全員が入賞しました。

その中でアスリチューンとアグレッシブデザインのサポートランナーである楠瀬祐子選手が自己ベストで6位入賞をはたしました。

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結果

1 ŠUSTIĆ NIKOLINA            07:20:34
2 ALDER-BAERENS NELE         07:22:41
3 藤澤 舞(札幌エクセルAC)      07:39:07
4 太田 美紀子(京都炭山修行走)  07:39:45
5 兼松 藍子(TEAM R×L)      07:44:58
6 楠瀬 祐子(東京陸協)          07:49:33

楠瀬選手は数年前から、日本代表になりたい。と話していましたが、当時はそんなの無理と思っている方がたくさんいたと思います。でもその言葉を発することで自らに課題を課して、何をすべきかを明確にし、そして鍛え上げてここまできたのです。

また、言葉にすることで、そのチャレンジを応援したいという人も現れます。

私もその一人です。

2015年のチャレンジ富士五湖で一緒にグループトライアルに出て入賞しましたが、その時、楠瀬選手は9時間台で優勝しました。その頃はじめて日本代表になりたいという言葉を聞きました。当時サロマで4位に入るには、このコースだと少なくとも8時間半で走らないと厳しい。と話した記憶があります。

また、私に出来ることは限られていますが、楠瀬さんが、アスリチューンやアグレッシブデザインのサポートランナーになれるようメーカーに推薦しました。

一生懸命頑張ってる楠瀬選手を見てると応援したいと思い、メーカー2社も快くサポートを受けていただきました。やはり応援したくなったのでしょう。

そして夢であった日本代表として世界選手権を走り、その舞台でも自分を鼓舞して世界で6番になったのですから素晴らしいことです。

今回は、サポートを受けているアスリチューンとアグレッシブデザインを使いはじめたことで、何が変わったのか?そして言葉にする大事さを教えてもらいました。

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●ジェルについて

甘さと香りが苦手で、以前はどのジェルも受け付けませんでした。

ジェル無しで走り切ろうと試行錯誤した時期もありましたが、初めてサブスリーを狙ったレースでは補給を飴だけに頼ってエネルギー切れ。

サブスリーまであとわずかの3時間00分08秒で、悔し涙の結果となりました。(2014年11月つくばマラソン)

このレースの直後に出会ったのがアスリチューン・ポケットエナジーです。

グレープ味が口に合い、レース中に飲めるジェルを手に入れられたことで、補給に関してはストレスなく走れるようになりました。

オレンジ味が出てからは、すっきりおいしくて、さらに飲むのが楽しみに。

飲んだら気持ち悪くなるかも…と思いながら、無理やり補給するのは苦痛です。

ウルトラマラソンは思いがけないアクシデントがつきものなので、ストレスをいかに減らすかが重要なカギとなります。

含まれている成分はさることながら、私は「味」を重視して、アスリチューンを好んで利用しています。

ジェルが苦手な人にはぜひおすすめしたいです。

特にオレンジ味!クセや薬臭さ、甘ったるさもなくて、本当においしいです。

●日焼け止め

ランナーである以上、日焼けは仕方がないものだと思ってきました。

アグレッシブデザインと出会うまでは、脚に不調な箇所があったり、アップダウンの多いコースで膝への負担が気になったりした時も、テーピング焼けが嫌で、テーピングはよっぽどでなければしないようにしていました。

(以前F社の丸いテープを貼って、水玉焼けして恥ずかしい思いをしたことも)

汗をいっぱいかいたり水をかぶったりしても、アグレッシブデザインを使うと日焼けをほぼしないため、今では気にせずテーピングをしています。

不安要素をカバーできるようになったことは、レースへの集中・故障の予防にもつながり、結果に大きくつながっています。

また、日差しの強い日に、直接日光の当たらない背中に塗るだけで紫外線カットにもなり、パフォーマンスダウンを防げます。

みんなが暑がるレースでも、それほど暑さを感じないようになりました。

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●目標を言葉にする大事さ

私はこれまで、目標を言葉に出すようにして来ました。

国際レース出場、野辺山ウルトラで優勝、サブスリー、グランドスラム、日本代表として世界で良い走りをしたい!

私が掲げてきた目標は、無謀だと言われるようなものばかりでした。

国際レース出場を目指してスピード練を始めた頃は、練習に全く付いていけませんでした。

2年後にグランドスラムを!と公言し始めた頃は、100㎞は13時間台(初ウルトラ)、サブスリーペースでハーフも走れませんでした。

日本代表を公言し始めた頃は、まだ100㎞のベストは9時間台でした。

公言することで、自分の言葉に責任を持ち、目標への意識が高まります。

批判的な意見があったり、思うようにいかないこともありましたが、公言し努力し続けていると、それを見て協力してくれる人や同じ目標の仲間が増えていきました。

また、目標を実現していくと、応援してくれる人もドンドン増えました。

そして応援を力に、更なる目標を超えていきたいと励むようになりました。

口に出すことで自らにプレッシャーをかけてしまい、本来のパフォーマンスを発揮できなくなる人もいると思います。

そのため、目標を周りに言うかどうかは人それぞれだと思いますが、私自身は、批判的な意見に悔しい思いをしたこともあったけれど、言葉に出して来たからこそ得られたことの方が大きく感じています。

 

今回記事を書くにあたり、楠瀬選手自身、目標を言葉にする大事さのパートは、言葉にすることでプレッシャーに負けてしまう人もいると思うので、目標を声に出して言うことはいいことだ!と言い切るのは難しいと思い、書く上で悩んだそうです。

ランナーといっても置かれた環境は様々です。すべての人が同じようにできるわけもありません。またすべての人が同じように強いわけでもありません。

そのような気遣いができることも楠瀬選手の魅力だと思います。

アスリチューンの開発者で代表の三上氏と以前から、アスリチューンと一緒に成長するような選手をサポートしたいと話しています。

今回紹介した楠瀬選手、2017年100km世界ランキング1位の板垣選手、2016、2017年24時間走世界ランキング1位で、2017年世界選手権1位、2018年スパルタスロン優勝の石川選手、2018年STY優勝、富士登山競走2位の牛田選手、世界の階段王を目指している渡辺選手、ウルトラ、トレイルで頑張る望月選手、自らも世界で戦い指導者としても力を発揮している星野選手、びわ湖ランナーの諏訪選手は選手生命が終わるような不慮の事故にあいながらも現在必死にリハビリをしています。他にもみんな強くなろうと必死に頑張っています。

以前、望月選手が言葉にした

アスリチューンと一緒に強くなります。

をアスリチューンサポートランナーは胸に自らの限界と戦っています。

(写真提供:楠瀬祐子さん)



機械になったように正確にピッチを刻めていた。〜61歳のウルプロメンバーが100km初完走〜

ウルトラマラソンを完走したい、再びsub4したいと、今年の6月にパーソナルレッスンを受け、その後ウルプロに入会した61才の高橋さんが、目標にしていた100kmマラソンを完走しました。

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高橋さんは52歳の時ランニングを始めました。初マラソンの湘南国際マラソン(2009年11月)目指して練習し完走し、その3年後の湘南国際マラソン(2012年11月)では念願のsub4を達成しました。(タイムは3時間58分17秒)

しかし、その後、足底腱膜炎を発症し2年半ほど走れなくなりました。2015年から徐々にランニングを再開し、2016年9月に秋田100キロチャレンジにするも86kmでタイムアウト収容車に乗りました。60歳でsub4復帰を狙い挑んだ2017年11月大田原マラソンは第三関門不通過とチャレンジ成功へのハードルは高くそびえ立っていました。

その高橋さんが前回は悔しい思いをした秋田100キロチャレンジマラソンを12時間50分23秒で完走しました。

この大会は累積標高800m前後とチャレンジ富士五湖100kmと同程度のアップダウンですが、制限時間は13時間と厳しいレースです。(コースマップはこちらです。)

今回はそのチャレンジについて紹介します。

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なぜ、100kmマラソンにチャレンジしようと思ったのか?

51歳からフルマラソン完走を目標にランニングを始めてからフルマラソン完走、サブ4とステップを重ねてきましたが足底腱膜炎で2年半位まともな練習が出来ず、その間長野での単身赴任を経て、家族の大切さや自分と向き合うことの必要性を感じました。故障が快方に向かい改めてランニングと向き合おうと思い、100km完走、サブ4をもう一度を記録することを目標にしようと思いました。

チャレンジを考えた時、完走するために何が足りなくて、何をしないといけないと思ったか?

前回の故障を踏まえ、フォームを改善し、効率の良い走りを手に入れることが必要と考えました。自分なりに追求していたことは、体の真下で着地し身体を前に押し出すことでした。そのためには体幹を鍛える必要を感じ、フロントブリッジやランジ、スクワットなどの補強運動を取りいれました。

どのような準備をしたか?

まず、専門家のアドバイスを直接受けようと思い、ウルプロのパーソナルトレーニングを受けました。そして入会直後に100km完走に向けたパーソナル相談を受けました。

そこで新澤さんに指導してもらった以下の内容を実践しました。

・10時間走をレース3週間前までに2回行う→歩き含めて10時間動き続ける。
・レース計画を作成する
・補給計画を立てる
・事前にアイテムを準備する
・トラブルを極小化する
・エイドでは長く滞在しない
・ゴールしたいと強く思う。諦めなければ何とかなる。

走ってみて、その準備は役にたったか?

走力+事前準備がウルトラ完走の鍵であると確信しました。

□練習

7月下旬に10時間走を試みるも、この夏の猛暑で5時間で切り上げました。またウルプロ入会後の奥武蔵起伏走の1回目は脱水症状で両足痙攣を起こししばらく歩くこともできずに撃沈しました。このままでは、100km完走は無理かもしれないと不安になりましたが、ウルプロ練習会に参加しながら、20〜30kmのフォームを意識しながらのロング走を土日に行いました。

8月の奥武蔵練習会では前回の失敗を踏まえ、給水(スマッシュウォーター)、塩タブレット(梅丹2Run)をしっかり摂取し完走し自信をつけ、更に友人と土日で70kmのマラニックを実施しました。

□レース計画

レースのために作成したレース計画はポケットに入れて10km毎にチェックしました。

□補給

補給に関しては、アスリチューンエナゲイン3本、アスリチューンポケットエナジーを5本、Catalyst Natural Caffeine(CNC)4粒を携行し、同量を中間地点の預け荷物に入れました。結果としてエナゲインは20km毎に摂取。ポケットエナジーは、2回摂取し、その後はエイドのおにぎり、オレンジ、梅干し、パンが食べれたのでそちらで代用しました。CNCはきつくなった70kmと90kmで2粒ずつ摂取。

すべての補給が功を奏したと思います。

 

完走した時、完走を確信した時の気持ち

ゴールのテープを切った瞬間は何も頭の中になかったように思います。無の瞬間。「やったぞ!」という気持ちでした。

それから、いろいろなことが浮かんできましたが一番思ったのは、走るのは一人ですが家族や新澤さんはじめウルプロの仲間、ラン友達、沿道の応援、そしてもちろん大会スタッフの方々に支えられて完走出来たと感謝の思いでした。

完走を確信したのは、90kmでラップとスプリットを確認した時点でした。

その瞬間も嬉しさは若干あったものの、走ること、前に進むことのみを考えていたので余り感慨はありませんでした。

股関節から前に足を出す感覚が100km全体を通して継続しており、言い方は変ですが、機械になったように正確にピッチを刻めていたのでそのような感覚になったのかと思っています。実際、脹脛、ハムストリングはほとんど筋肉痛がなく大腿四頭筋と内転筋が筋肉痛です。一回内転筋に痙攣の兆候がありましたが脹脛は痙攣の兆候すらなくこれまでの攣り癖が信じられないくらいです。これはフォーム改善の効果と確信しています。

仕事など人生経験が生きたこと

練習、レースで役立っているのは、同じミスを何回もしないということ、想定される事態に事前にどう対処するか、また、想定以外の事態が発生した際にどう対処するかは、仕事のスキルが生かされていると思います。

今回の事例でいうと、エプソンのGPS腕時計と普通のランニングウオッチを2個携行しました。これは前回秋田100kmに出た際にGPS計時が85km過ぎで2km以上もずれていたためです。実際に走りだしてみると最初のキロラップが5分40秒台で身体は良く動いていたのでトレーニング効果だと喜んでいたのですが大会の公式キロポストとのずれがあまりにも大きく20km位でGPSの誤差が大きすぎることに気が付きました。

その後は普通のランニングウォッチで10kmラップを確認することにし、レース計画とラップ、スプリットを見比べて淡々と走りました。

・チャレンジに年齢は関係あると思いますか?

チャレンジすることに年齢は関係ないと思いますが、個人個人の考え方や潜在能力、チャレンジ時点での目標とする対象や到達レベルによるのではないでしょうか。例えば、私自身でいえば70歳からウルトラマラソンへの挑戦をしようとは思わないはずです。ランニングの素晴らしいところは、年齢、性別、運動能力に関わらず挑戦できるフィールドが提供されていることではないかと思います。

今回の完走は人生の中でどのような位置付けになりますか?

100km完走は人生の中の一コマですが達成感という面では、積み重ねたものが大きいので、仕事で一つプロジェクトをやり遂げた感じと似ています。

ウルプロに入った理由

ホームページをじっくり見させてもらい、サラリーマン生活をしながらsub3など達成している新澤さんの試行錯誤、トライアンドエラーのノウハウが凝縮されており、高いモチベーションを持った人たちが集まっているように思ったこと。

更に、フォームの改善や効率性の追求を経験値のみでなく理論的に実践している点です。

私は経験と理論は両輪であると思っています。

ウルプロ入会後何が変わったか?

外形的には動き造りとストレッチ、腹筋、スクワットは毎日実施し、フォームの改善が着実に結実していることで、内面的には、自らの目標に向かってトレーニングに励む意識の高い仲間に触発され更にランニングを追求していこうという意識が向上したことです。

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高橋さんはこれからもう一つの目標であるsub4を目指しますが、入会後のフォーム改善により効率的な走りが身につき攣り癖も克服しつつあり目標達成に向けて順調です。

仕事や家庭を大事にしつつ、時間を作り練習会に参加するわけですから1回1回の練習に意味を持たせないと勿体ないです。

目標に対して今の自分は何が足りないか?を明確にし、それを埋めるために練習をしていく。1回1回の練習で良い走りが出来たとしたら、なぜ出来たのかを考え言語化することで再現しやすくなります。その積み重ねが実力になります。

また他のメンバーの気づきがヒントになることもあります。そのような意見交流が活発になるような仕組み作りをウルプロでは行なっています。

ウルプロにはウルトラやトレランで優勝・入賞するメンバーもいますし、自己ベスト更新を目指しているメンバーもいます。中には50歳で初めてsub3をしたメンバーや、60代で初めてsub4したメンバーやアイアンマンを完走したメンバーもいます。

生理学的には加齢により筋力などは落ちていきますが、市民ランナーにはそれ以上の伸びしろはたっぷりあります。

大事なことは自らの可能性を諦めない気持ちだと思います。

この週末に何人かのメンバーが優勝しましたが、それと同じくらい高橋さんの100km完走は嬉しかったです。またそのことを自分のことのように喜んでいるウルプロメンバーがたくさんいることも嬉しかったです。

ウルプロ練習会日程はこちらです。参加ご希望の方はfacebookページのメッセージにてお問い合わせください。

また、日曜日開催のセミナー参加者はウルプロ練習会に体験参加いただけます。参加ご希望の方はお問い合わせください。

9月30日開催 チャレンジ自己ベスト対策セミナー(ウルプロ練習会体験参加付き)



神宮外苑24時間チャレンジ専属ハンドラーについて

昨年の神宮外苑24時間チャレンジ前後に書いた記事を一覧にまとめたページはこちらです。

2017年神宮外苑24時間チャレンジ記事一覧表

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その中で専属ハンドラーについては書いていなかったので、今年の基準含めて簡単に紹介します。

ゆめのしまや平塚の24時間走などは、レース中に応援者から差し入れなど受けることはルール上禁止されていません。

暑くてアイスが食べたくなれば買ってきてもらって食べることも、眠くなってきたらコーヒーやエナジードリンクを買ってきてもらうこともできます。

その感覚から、神宮外苑24時間前には友人から「差し入れもって応援行くから頑張って!」と言われることありますが、神宮外苑24時間チャレンジでそれをすると失格になります。

神宮外苑24時間チャレンジは日本で唯一の24時間走公認大会のためいろいろルールが厳格に決められています。

差し入れだけではなく、併走など援助行為は禁止です。

大会中に選手に対してサポートができるのは、ゼネラルエイドのスタッフと、これから書く専属ハンドラーに限定されています。

専属ハンドラー補給物を渡したり、買い物に行ったり、選手の補助活動をすることができます。

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1周1325mの周回路から10mほど内側に設置されたゼネラルエイドでドリンクを注いでもらい飲んで周回路に戻るには急いでも30秒はかかります。専属ハンドラーがいればハンドラーがゼネラルエイドでドリンクをもらいハンドリングゾーンで選手に渡せるので選手はロスタイムなく補給物を入手できます。

仮に1時間に3回エイドに立ち寄るなら24時間で72回になり1回30秒でも36分になります。

36分ですから計算上は5-6km走れる時間になります。

優勝争いをするレベルになると専属ハンドラーがいないと明らかに不利になります。例えば同時にゼネラルエイド前に到着したとして水分補給をする場合、専属ハンドラーがいればほぼロスタイムなく次の周回に入れますが、いないとゼネラルエイドまで5秒、マイカップをとってドリンクを注いでもらうのに早くて10秒、飲むのに10秒、カップを戻して周回に戻るにに早くて5秒としても30秒です。専属ハンドラーからドリンクを受け取った選手がキロ5で走っているなら100m先に行っています。実際には30秒では復帰できないからもう少し差がつきます。それが補給のたびに発生するので結構大きなビハインドになります。さらに自分で用意した補給物や体温調整のためのウインドブレーカーなどを選手テントに取りに行くならさらにロスタイムになります。

私は過去1回だけ付けずに走った以外はハンドラーを付けていますが、経験上付けられるなら付けた方が良いです。

しかし、選手とハンドラーの性格などのマッチングも重要で、キツくなると休みたくなるタイプの選手に優しいハンドラーだと休みが多くなります。そのような選手には多少厳しめのハンドラーの方が記録は伸びますが、場合により険悪な雰囲気になります。。

また、選手がハンドラーに気を使い過ぎると、それも記録という観点からはマイナスに働きます。また自分の好きなよう周りに気を使わずに走りたいとハンドラーなしを選択する選手もいます。

私はハンドラーを付けていますが、ゆるく活用しています。ハンドラーも疲れますから、休憩してもらったり、ハンドラーがドリンクを用意していても、少し止まりたいと感じたら自分でゼネラルエイドゾーンに入って飲みたいドリンクを飲むことで気分転換を図ります。

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その専属ハンドラーを付けるには条件があります。

人数は35人程度となり、希望を提出した方の実績を男女①、②、③の順で判定し、上位からハンドラー登録権を付与されることになりました。(①②③の合計は60人)

自己最高記録(公認のみ)が男子230km、女子200km以上の選手

100kmの自己最高記録(非公認含む)が男子7:30以内、女子9時間以内の選手

2016年1月1日以降の最高記録(非公認含む)が男子200km、女子180km以上の選手

例えば①②で35人に達してしまったら③の選手は専属ハンドラーを付けられません。

そして、主催者は対象者に希望を確認し最終的に38人の選手が専属ハンドラーを付けることができるようになりました。

①②の実績のある選手と、③に関しては男子が210km以上、女子は190km以上がボーダーラインになったようです。

私の記録は昨年の214km少しなので、何とかハンドラーを付けることができることになりました。

毎年参加レベルは上がっているので、来年は男子が220km以上、女子は200km以上くらいになるような気がします。来年初めて神宮外苑に参加を考えている方でハンドラーを付けたいなら、7月くらいまでの非公認大会含めて男子なら220km以上を狙ってください。



うつくしま、ふくしま。ジャーニーラン122km完走①〜レース結果〜

2011年3月11日に発生した東日本大地震、そして福島原発事故により多大な被害を受けた福島県。

その地震の衝撃は今でも脳裏に焼き付いています。

当時の私は損害保険会社に勤務していましたが、支払関連部署以外の日本中の社員を現地調査に動員し、被害に遭われた方に一刻も早く保険金を届けるための緊急対応をしました。

その時、私も災害対策本部の要員要請に手をあげました。なんだか居ても立っても居られなかったのです。

ただ、私が派遣されたのは東北の被災地ではなく、都内の対策要員として当時勤務していた西新宿の本社ビルのすぐ隣のビルでした。

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それから7年の年月が経ち、原発事故で大きな被害を受けた福島県を舞台にしたジャーニーランが開催されることを知りました。

毎年、この時期には信越五岳トレイルランニングレースに出ていて、昨年台風の影響によりコース短縮になった100マイルを走りたい気持ちもありましたが、今年は南相馬など甚大な被害を受けた場所がどれだけ復興してきたのかを自分の目で確かめたいとエントリーを決めました。

この大会のメインレースは250kmなので、どちらを選ぶか迷いました。最終的にレース日程から122kmにしましたが、私には122kmで十分すぎるタフなコースだったので正しい選択をしたと思っています。

土曜日18時に250km、122km同時にサンライフ南相馬をスタートし、山を越えて福島駅に向かい、122kmのゴールである郡山駅近くのまねきの湯まで同じコースを走ります。250km参加選手は122kmのゴール地点がレストポイントになっていますが、レースを終えてホッとしている選手が近くにいる中で、残り128km走るのはメンタル的にもかなり厳しいです。実際122kmでリタイアした選手もたくさんいますが気持ちは痛いほど分かります。

そんな観点からも250kmを完走した選手はホント強いと思います。

今回のレースについては書きたいことがたくさんあり過ぎて中々先に進めないので、読まれた方の参考になるかどうかの観点を優先して書くことにします。

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今回のタイムはレース前に16時間程度と考えていたので、16時間23分31秒のタイムはほぼ想定通りでした。

今回は普段の活動にプラスして、大会翌日に行われた健康運動指導士の試験準備や、宣伝会議編集・ライター養成講座の課題作成などに非常に忙しく、このレースに向けたコースチェックや装備の準備など手につかず大会前日に短時間で行いました。

その際に地図や高低図をザッとチェックしてCP間の予想タイムを書いたものをスマホケースに貼り付けました。

タイムだけ見ると予定通りのレース運びに見えますが、実際は心身ともにさまざまな変化がありました。

区間ごとの予想タイムと実際のタイムをみたらよく分かります。

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START→CP1 中村城大手門 21.6km

2時間30分→2時間09分

CP1→CP2 霊山こどもの村入口 26.9km

3時間30分→3時間28分

CP2→CP3 JR福島駅 27.5km

3時間40分→4時間02分

CP3→CP4 智恵子記念館前 18.6km

2時間30分→3時間05分

CP4→CP5 JR本宮駅前 13.4km

1時間50分→1時間47分

CP5→CP6 鹿島神社入口 4.0km

30分→32分

CP6→GOAL まねきの湯 10.4km

1時間30分→1時間20分

順位は、CP2(8位)→ CP4(10位)→ GOAL (4位)です。

レース展開を短く書くなら、「序盤は速めに走り、中盤潰れかけて、終盤復活した。」でした。

レース展開はその2で紹介します。

うつくしま、ふくしま。ジャーニーラン122KM完走②〜レース展開前半〜



IAU100km世界選手権で山内選手2連覇 団体は男女とも金メダル!!

(画像は女子6位入賞のアスリチューンサポートランナーの楠瀬祐子選手 画像提供は深瀬さん)

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9月8日(土)AM7:00 (日本時間14:00)にクロアチアで開催された、IAU100km世界選手権で日本選手が大活躍しました。

大会速報はこちらです。

個人成績

男子選手は1、2、4、6位!!

  1. 山内 英昭(浜松ホトニクス)  06:28:05
  2. 行場 竹彦(芦屋市陸協)    06:32:51
  3. MTHEMBU BONGMUSA     06:33:47
  4. 早坂 光司(石巻RC)        06:36:05
  5. BURNS GEOFF       06:42:30
  6. 風見 尚(愛三工業)      06:42:30

こちらはサロマ後に書いた記事ですが、4選手のフルマラソンのタイムなども掲載しています。

ついに時代は動き始めた〜サロマ湖100kmウルトラマラソンで風見選手が世界記録〜 その1

女子は、藤澤舞選手が3位。続いて、4、5、6位に太田選手、兼松選手、楠瀬選手が相次いでフィニッシュしました。

  1. ŠUSTIĆ NIKOLINA            07:20:34
  2. ALDER-BAERENS NELE         07:22:41
  3. 藤澤 舞(札幌エクセルAC)      07:39:07
  4. 太田 美紀子(京都炭山修行走)  07:39:45
  5. 兼松 藍子(TEAM R×L)      07:44:58
  6. 楠瀬 祐子(東京陸協)          07:49:33

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国別対抗戦

国別対抗戦は各国上位三人のタイム合計で競われます。男子は前回銀メダルでしたが、今年は圧倒的大差で金メダル獲得。女子は2連覇です。

男子

  1. 日本    19:37:01
  2. 南アフリカ 20:33:49
  3. ドイツ    21:02:12
  4. アメリカ   21:05:41
  5. スペイン   21:06:49
  6. イタリア   21:32:51

女子

  1. 日本    23:03:50
  2. 南アフリカ 23:56:44
  3. ポーランド 24:46:54

前回大会の国別順位やタイムはこちらをお読みください。

(速報)IAU100キロ世界選手権(男子)山内選手優勝 団体女子金メダル!!

今回、2連覇した山内選手が素晴らしいのは当然として、参加した8選手全員が6位以内に入ったのは有りえないことだと思っています。もちろん力のある選手が揃いましたが、海外レースで体調を整えてスタートラインにつくことは難しく、100kmも走ればレース中に様々なトラブルに襲われます。その中で全員がこのような走りをできたのは、今回はサポートとして帯同した前回の日本代表選手の高田コーチらの力も大きいでしょう。

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参考までに今回のレースを終えた時点での2018年世界ランキングTOP10は以下の通りです。(DUVサイトのタイムに今回のタイムを加えました。)

男子

  1. 6:09:14 Kazami, Nao JPN
  2. 6:20:49  Hayasaka, Koji JPN
  3. 6:22:55  Gyoba, Takehiko JPN
  4. 6:23:49 Yamauchi, Hideaki JPN
  5. 6:28:35 Kawauchi, Yoshiki JPN
  6. 06:33:47  MTHEMBU BONGMUSA ZA
  7. 6:40:40 Oda, Shunpei JPN
  8. 6:40:46 Itagaki, Tatsuya JPN
  9. 6:41:20 Hisamoto, Shunsuke JPN
  10. 6:41:47 Takada, Yoshiki JPN

女子

  1. 7:22:16 Churanova, Radka CZE
  2. 7:22:41 Alder-Baerens, Nele GER
  3. 7:37:56 Fujisawa, Mai JPN
  4. 7:39:45 Ota, Mikiko JPN
  5. 7:47:07 Azumi, Itsuka JPN
  6. 7:44:58 Kanematsu, Aiko JPN
  7. 7:20:34 Sustic, Nikolina CRO
  8. 7:53:57 Amend, Samantha GBR
  9. 7:49:33 Kusunose, Yuko JPN
  10. 7:56:25 Ton, Leonie NED

 



第3回 みちのく津軽ジャーニーラン 記事一覧

第3回 みちのく津軽ジャーニーランについて書いた記事などを一覧にまとめておきます。

263K:7月14日(土)17時 弘前公園東門スタート
188K:7月15日(日)6時 弘前駅前公園スタート

制限時間 263K:51時間 188K:38時間

第3回 みちのく津軽ジャーニーラン公式ページ

結果一覧

コース

以下は大会公式ページ掲載のルートラボのキャプチャー

188km

263km


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263kmスタートの様子(動画)

みちのく津軽ジャーニーラン188km〜即製の暑さ対策〜

灼熱のみちのく津軽ジャーニーラン その1〜ローテクとハイテク〜


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灼熱のみちのく津軽ジャーニーラン その2〜トレイルで転倒しヒヤリ〜

灼熱のみちのく津軽ジャーニーラン その3〜股擦れとの静かな戦い〜

灼熱のみちのく津軽ジャーニーラン その4〜スネの痛みの原因〜

灼熱のみちのく津軽ジャーニーラン その5〜残り距離・時間に潰されないように〜

灼熱のみちのく津軽ジャーニーラン その6〜準備が足りなかったこと〜


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灼熱のみちのく津軽ジャーニーラン その7〜そして188km完走〜

灼熱のみちのく津軽ジャーニーラン その8〜アグレッシブデザイン日焼け止めの効果と痛恨のミス〜

合わせてお読みください。

□川の道フットレース254km関連記事

2018年5月3-5日 川の道フットレース254km完走記 まとめ

□サロマ湖100kmウルトラマラソン関連記事

第33回サロマ湖100kmウルトラマラソン関連記事一覧

 



灼熱のみちのく津軽ジャーニーラン その8〜アグレッシブデザイン日焼け止めの効果と痛恨のミス〜

灼熱のみちのく津軽ジャーニーラン その7〜そして188km完走〜

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灼熱のみちのく津軽ジャーニーラン その7〜そして188KM完走〜 から続く

これで、みちのく津軽ジャーニーランについて終えますが、レース後全く走れず、昨夜のウルプロ練習会で久々に走りました。

走れなかった理由は、筋肉や筋など痛めたのではなく、左足首周りを日焼けでⅡ度のヤケドをしたからです。

レース翌日に脚を見たら足首周りにこのような水疱がたくさん出来ていて、浮腫みも酷く歩行が大変でした。

当初はケッズトレーナーでケアする予定でしたが、とてもそのような状態ではなく、自宅から近い整形外科に行ってきました。この病院は皮膚科もあります。

ここに前回行ったのは川の道254kmで右膝裏を痛めた後。。

その時も私が書いた問診票を見て、医者や看護師は驚くというより、呆れていたような気がしますが、またお世話になるとは 笑

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私は擦れにより水疱が出来たのかと思っていましたが、医師は一目見るなり、Ⅱ度のヤケドです。と診断。傷口から細菌が入らないように塗り薬を毎日塗るよう指示されました。また水疱はいずれ潰れるからとその場で潰す。痛いけど我慢してと言われたので、その場を見ないでじっと我慢しました。。

しばらくシャワー浴びる時もラップなどで包帯を覆うようし、また細菌が入らないよう注意してくださいと言われました。また翌日になってさらに痛みが出てきたら再度来てくださいと言われ診察を終えました。

翌日のウルプロ午後練に行くとメンバーの医師と看護師から細菌が入ることで発病する病気について注意喚起してくれた。

毎日ガーゼをとり、塗り薬を厚く塗って新しいガーゼを付けて包帯を巻くのだけど、初日は多少血も出ていて嫌な時間でした。徐々に血は出なくなり、また浮腫みも無くなってきて、痛みは治まってきました。

月曜日に薬とガーゼが終わったので病院に行くと、薄皮になってきたからもう大丈夫とのこと。

シャワーも浴びて大丈夫とのことで、昨日からランを再開したのです。

ここまではレース後の顛末ですが、整形外科でⅡ度のヤケドと診断された時はかなり驚きました。

なぜ、他は平気なのにそこだけヤケドするのか?

と実は半信半疑でしたが、医師が一目見ての断言だったので信じるしかありません。また塗り薬の成分を調べたら細菌が入らないようにするものが配合されたモノだからどちらにしても必要です。

なぜ、ヤケド??

とレースを振り返ると思い出してきました。

レース後にFacebookページには書きましたが、今回はひどい股擦れが起きましたが、その対処ができる前から左脛が酷く痛み始め、次第に両足足底が痛くなりましたが、その原因を考えると、電解質バランスの問題など何がしらの原因で足が浮腫んだのです。

レース翌日の浮腫みも酷かったけど、レース中から浮腫みが酷くなり、結果としてキツイシューズに長時間足を入れてる状態になり圧迫され血行が悪くなり足首周りが痛くなったのだと思ってます。

右足が痛くならなかったのは左足より0.5cm足が小さいからです。

そう考えると辻褄が合います。

それと日焼けがどう結びつくかというと、足首が痛いので、少しでも緩和しようと、脛にテーピングを貼り、またくるぶしまで覆っているソックスを折り曲げて靴の外側に被せるようにしたのです。鰊御殿で着替えた際もソックスを折り曲げていました。

顔から腕、脚までアグレッシブデザインの日焼け止めを重ね塗りしたから、レース中塗り直しはしてないのに、レース後の火照りなどありません。しかし、ソックスで隠れる部分には塗っていなかったのです。。

月曜日に医師からも、「今回は日焼けによるヤケドと浮腫みが原因ですね。」と言われました。ソックスをめくったのは痛恨のミスですが、着替えた時は夜であり日差しがことなど頭から離れ、とにかく脛の痛みを緩和したい気持ちからでした。また日焼け止めを塗り直すことも考えていませんでした。日差しが強くなってきてから「昨日と別の強い痛みが・・・」と書いたのは日焼けによる痛みが加重されたのです。

初日以上に日差しが強く感じた二日目に、肌を晒してずっと歩いていたのだから当然の結果でしょう。

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日焼け止めを塗ってない箇所はⅡ度のヤケドになり、アグレッシブデザインをしっかり塗った箇所は、塗り直しもしてないのにヒリヒリ感や火照りはないのですから、効果を自分の身をもって体感しました。

アグレッシブデザインについて詳細はこちらです

 

こちらは今回書いた記事の一覧です。合わせてお読みください。

第3回 みちのく津軽ジャーニーラン 記事一覧

 

また、2018年9月23日(日) 10:00~15:00に、今回のみちのく津軽ジャーニーラン主催者のNPO法人 スポーツエイド・ジャパンが、第二回紫外線対策セミナーを毛呂山総合公園 体育館 会議室で開催します。

私はそのセミナーの中で普段ウルトラプロジェクト練習会で行なっている効率よく走るための動き作りなど実践してもらいます。

定員は少ないのでご希望の方はお早めに主催者にお問い合わせください。

開催概要はこちらです。

第二回紫外線対策セミナー



灼熱のみちのく津軽ジャーニーラン その7〜そして188km完走〜

灼熱のみちのく津軽ジャーニーラン その6〜準備が足りなかったこと〜

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灼熱のみちのく津軽ジャーニーラン その6〜準備が足りなかったこと〜 はこのように終わりました。

この辺りは延々と真っ直ぐな道を進みます。周りは林檎の木か田んぼの単調な道が大半ですが、私はあまり気になりませんでした。コースアウトを気にする必要はないし、車道とセパレートされた箇所が多く安心して進めました。

CP8の「道の駅つるた」では、地元のランニングクラブの方が声をかけていただき、記事を読んで くださっているなどお話しいただきました。

あと32km。

 

そのあとの32kmが途方もなく長い道のりでした。

まずCP9の松の湯交流館まで20.9kmです。

CP8を9時26分にスタートして、CP9到着は14時38分ですから、この区間は暑さとの戦いでした。

スタート直後はコンビニが点在していたので、氷など購入していましたが、舟橋の交差点を左折して110号線に入ると自販機もなくなってしまい困っていたら、しばらくして場外馬券場のような建物付近に自販機を見つけ水を買うとキンキンに冷えていて、頭や首筋にかけると気持ちよかったです。

前話でCP8までは単調だけど安心して進める道だと書きましたが、CP9に向かう110号線はこの画像のように白線内側部分がほとんどない箇所や、白線の内側はすぐ側溝になっている狭い道なのに、大型車が結構なスピードで通過するので、怖かったです。

親切な車が多く、大半は、反対車線にはみ出して、ランナーとの間隔をしっかりあけて通過してくれますが、ちょうど反対車線から車がきて私の横あたりですれ違う時はそのまま通過せざるを得ないから結構近いところを通るのでヒヤリとしました。

白線の内側も凹凸があるので、疲れ切った身体では躓くこともあるので、この道は回避出来ないものかと、口にするランナーも多く、私自身もこの道通過時は不満たっぷりでした。

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境松駅までくると、もう2km弱でCP9です。

モノクロがぴったりの単線を通過すると、徐々に古い町並みが近づいてきました。

前話で書きましたが、コース上の街についても調べてなかったので、黒石が観光地であることも知りませんでした。

子どもの頃によく見たような町並みを楽しみながらCP9に到着しました。

名物の焼きそばをいただき休憩短めにスタートしました。その頃、足の浮腫みが酷くなったのか座ったりして動かないと、始動時が大変辛くなっていたのです。その足首の痛みと足底の痛みは昨日までの痛みと変わってきて体重かけると痛いレベルになってきたので、これ以上悪化させるわけには行かず、そもそも進むのが精一杯の状態になってきました。

途中まで歩きでも速い時だと時速7kmくらいで進んでいましたが、この辺りではそのような状態から時速4kmくらいの普通の歩きしか出来なくなりました。

時速7kmで歩いていると、走ってるランナーともさほどスピードは変わりませんが、この辺りでは私を抜いていったランナーは少しすると見えなくなります。

ゴールまであと10.8km

CP10までたったの4.9km。

ここまでくればもうカウントダウンだと思いましたが、ここからも強い日差しと高い気温に苦しみました。脚の痛みとちっとも進まない距離に嫌気がさし塀にもたれかかることもあったけど、日差しが強くてちっとも休めない。

CP10にようやく到着し、水分補給して、いよいよゴールを目指します。

たったの5.9km

この頃は、中々距離が進まないから距離は意識しないようにしました。

代わりに時間で考えるようにしました。あとゆっくりでも90分歩けばゴールに辿り着く。

しかし、時間で考えるようにしたら、今度は時間が気になりダメでした。。

さっき時計を見てから10秒しか経っていないとか何度もありました 笑

そんな笑い話みたいな状態でしたが、意識が半分飛んでいました。眠いのとは少し違うと思いましたが、実際眠かったのでしょう。

岩木山が遠くに見えました。

様々な位置から私たちランナーを見守ってくれた山です。

橋を渡っている時に、私の名前を呼ぶ声でハッと目が覚めました。呼びかけに答えると、私自身が誰で何のために今走っているのかを思い出しました。

今回は多くのランナーやボランティアの方と話しました。その一場面一場面良い思い出です。

ゴールはもうすぐ。

あと少し身体を運ぶだけで終了です。

ちょっと終盤は分かりにくい箇所あり、地図を調べていると車から大きな声で教えていただいたりしてゴールが見えてきました。

青森の方は温かい。

それが今回188kmの道のりで感じたことです。

ゴール時はとにかく早く身体を休めたい。ホテルのベッドに横になりたい。という気持ちだけでした。

もちろん、一晩寝たらゴール出来たことは嬉しくジワジワきましたが、ゴール時はそのくらい疲労困憊でした。

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今回は川の道同様、制限時間が緩いので後半動き続けることが出来ればゴール出来ることが分かっていたので故障するほどの無理はしないように進みました。それでも苦しかったです。

暑いから熱中症予防や、胃腸障害を起こさないように気をつけたので、最後まで胃腸の調子はよく食欲もありました。この点は上出来だったと思いますが、なぜ60km過ぎで左足首などに痛みが出てきたのかはレースが終わってから振り返りをすることで分かってきましたが、まさかこのようなレースになるとは思いませんでした。

終盤、足首周りの痛みが最初の頃の痛みと質が変わってきた理由も分かりました。

しかし、70kmで走れなくなりながら、この暑い中をよく118kmも歩いてゴール出来たと思います。

リタイアは一瞬も考えていませんが、とにかく時間が長かったです。

その6で書きましたが、ジャーニーランを楽しむために必要なことを今回気付きましたが、もっともっと楽しむ気持ちが大事だと思いました。

その8で、今回のトラブルの原因と現在の状況について書いて終わります。

灼熱のみちのく津軽ジャーニーラン その8〜アグレッシブデザイン日焼け止めの効果と痛恨のミス〜