カテゴリー別アーカイブ: ウルトラマラソン

自己ベスト出た!嬉しい!!で終わらない〜ウルプロ®️メンバー サロマ湖で自己ベスト続出〜⑦

今月は参加者数の多い100kmマラソンは開催されませんが、9月からは白山白川郷ウルトラや、四万十川ウルトラなど開催されます。

100kmマラソンを走る目的は様々でしょうが、初めてチャレンジする方や、自己ベスト更新などの目標のある方に知って欲しいことはたくさんあります。

レースマネジメントなど過去に書いた記事はありますが、今年のサロマ湖100kmウルトラマラソンにチャレンジしたウルプロ®️メンバーの振り返りを紹介します。

コースが違えば異なる準備が必要なこともありますが、基本的な準備は変わりません。

10人走って9人は初100km含めて自己ベスト更新。もう1人は60代後半のメンバーが故障を乗り越えてPBにあと僅かなタイムで完走という素晴らしい結果を出すには理由があるのです。

これまで6人の振り返りを紹介してます。

自己ベスト出た!嬉しい!!で終わらない〜ウルプロ®️メンバー サロマ湖で自己ベスト続出〜⑥

 

<スポンサーリンク>


前回紹介した平野さんに続き、今回は水澤さんの気づきを紹介します。

水澤さんは2017年8月にサロマ湖100km完走したいと入会しました。当時のフルマラソンベストタイムは5時間24分でした。

そして昨年のサロマ湖でその目標を達成しました。またフルマラソンのタイムも上がり現在ではsub4ランナーになりました。こちらは昨年の記事です。

フルマラソン5時間24分からのサロマ湖100kmウルトラへの挑戦

水澤さん

タイム 11時間46分05秒(従来 12時間44分22秒)

ラップタイム(ロスタイム 0:53– 60:27 – 58:29 – 57:59 – 60:02 – 66:55 – 85:13 – 76:14 – 78:13 – 80:26 – 81:14)

 

【自己ベストでゴールした時の気持ち】

やっと終わったー!という気持ちと、しばらくウルトラはいいやという気持ち、目標が11時間30分だったのでまだ頑張れたかなという気持ちなど複雑でした。

<スポンサーリンク>


【自分を褒めたいと思うこと】

レース前に胃腸の調子を整えることが出来て、去年のような気持ち悪さや腹痛がなく完走出来たことです。R1とエビオス錠を継続してます。あとは、腕振りの意識と肩の力を抜いて走る事が出来ました。

【こうしたら良かったと思うこと】

キロ6分30分のイーブンで走るつもりでしたが、前半キロ5分台で走っておりました。周りのペースに流されたと思います。

【ウルトラセミナーや練習会で掴んだこと】

肩に力が入りやすいので、練習会で指導頂いた肩の力を抜き、胸を張って走る事を意識する事が出来ました。そうする事で後半の大失速は避ける事が出来たと思います。

<スポンサーリンク>


私からのアドバイス

昨年の記事に書いていますが、水澤さんは後半胃腸の不良に悩まされ、トイレに何度も駆け込みました。本人はエイドで水分とレモンを摂取しすぎたことが原因だと当時振り返っていますが、レース前から胃腸の調子があまりよくなかったようです。今年は胃腸障害に悩まされることなく走りきりましたが、それは昨年の反省を生かして準備できたことが大きいです。

原因が分からないケースもありますが、気持ち悪くなったり、下痢になった時のことを振り返ると、多くは胃腸に負担のかかることをしています。私自身2016年大会で序盤から下痢になり厳しいレースになりましたが、振り返ると前夜に少し食べ過ぎたことが原因です。

普段の生活と大きくリズムが変わるウルトラマラソン前日と当日の朝は、胃腸へ負担をかけない観点で食事の内容や量・時間を考えてください。エネルギーをたくさん貯め込みたいとたくさん食べる方は多いですが、これは胃腸が強いと自覚している方は大丈夫でも、胃腸の弱い方はしてはいけません。

また、序盤速かったと話していますが、仮に序盤6分半ペースで走ったとしても、後半の落ち込みを防げたかと言うと、そうでもないと思います。それは無理にペースアップしたのではなく、効率よいフォームで楽に走ったところ今回のペースになったのなら、そのペースを無理に6分半に落とした場合フォームが崩れる可能性が大きいからです。

目標タイムには届かなかったとはいえ、昨年より約1時間タイムを短縮したのは素晴らしいことです。

またウルプロには水澤さんのように、フルマラソン5時間台で入会しsub4達成したメンバーや、100km完走したいと入会し目標達成したメンバーは少なくありません。

ウルプロ®︎練習会日程はこちらです。参加ご希望の方はFacebookページのメッセージにてお問い合わせください。

野辺山100kmは10人が走って全員完走です。

野辺山ウルトラ100km完走率100%〜ウルプロメンバーが意識したこと〜その1



弘前のランナーとの交流〜2019みちのく津軽ジャーニーラン〜⑦

効率よく進むフォームは故障しにくいフォーム〜2019みちのく津軽ジャーニーラン〜⑥

効率よく進むフォームは故障しにくいフォーム〜2019みちのく津軽ジャーニーラン〜⑥ から続く

<スポンサーリンク>


昨年の完走記にこんな一文がありました。

CP7の金木町観光物産館は137km地点で太宰治の生まれ育った豪邸の前にあります。

スタート前の説明会で館山大会長は太宰治のことをいろいろと話していました。

私自身、太宰治の本を多少読んだことはあるけど、どのような人生を送った作家なのかはよく知らなかった。そこで説明会後に行われた津軽三味線演奏の心地よい音に包まれながらスマホで太宰治について書かれたことを読んでみました。

そのような非常に浅い知識ですが、太宰治の生まれ育った家を目にするといろいろなことが浮かんできました。

この時、私はこの大会に出るにあたって準備不足だったと感じました。

それは練習や装備といったものより、ジャーニーランなのだから、自分が走る地についてもっと勉強しておくべきだったと思ったのです。

そのような感動や心の震えは単調なコースにあってはすごく大事なことです。

もちろん自分に興味のないことを調べる必要はないけど、地元の参加ランナーと地元の大会について話したりしたけど、今回のコース付近で開催される大会のコースとか調べたり、青森県の年間の気象データの推移だとか、昔は釣りが好きだったのだから、この川、湖、海にはどんな魚がいるとか調べておいたら、また違った188kmになったと思います。

<スポンサーリンク>


昨年の反省を生かして、もっとこの地のことを知ろうと、今年は1日早く現地入りして、弘前のランナーと交流する時間を作りました。

歴史のことを知るのも良いけど、私自身興味があることは、この地のランナーは四季を通してどのようなランニングライフを送っているか?です。

大会スケジュールは土曜日午後から説明会があり、夕方263kmがスタートし、私の出る177kmは日曜日朝7時スタートです。

金曜日は弘前のランニングクラブの方々や、主催者のスポーツエイドジャパンの方々とランニング関連の話をしながら懇親を深めました。



そして土曜日の競技説明会前に、弘前のランニングスポットを案内してもらいました。

ウルプロ練習会でしていることなど教えて欲しいということなので、短時間グループレッスンをしました。

最初走ってもらうとこのような点が気になりました。

Sさん

Hさん

Mさん

3人は体型も違えばフォームも違いますが、共通していたのは、膝下の筋肉を使って地面を蹴り、ストライドを伸ばすように走っていました。

その動きをすると上下動が大きくなり、膝よりシューズの位置が前に出るキックするようなフォームになります。ペースを保てる時は接地して体重がかかる時点では上体が追いついてきますが、ペースが落ちてくると接地時に上体が追いつかずにブレーキがかかることもあります。

そこで上半身の使い方を中心にいくつか動き作りをしながら、意識する場所を変えることで、体感的(心拍)な負荷は変わらずタイムがどう変わるか?脚のキツさはどうか?など感じてもらいました。

Sさん

見た目でも一番変わったのはSさんで楽に速く走れると驚いていました。

Hさん

上体の後傾は改善したので同じような体感ペースで走っても楽にスピードが上がることを実感したと話していました。まだ接地が上体より前なので、ブレーキがかかり沈み込みが出ます。接地位置がもう少し手前になるともっと楽に走れます。まだまだ伸びしろたっぷりに感じました。

Mさん

Mさんは上体の使い方がよくなり、楽にスピードアップできただけではなく、脚への負担が小さいことを感じたと話していました。またピッチを楽に上げる方法をアドバイスしましたが、そのアドバイスをすぐに自分の走りにすることができるのだからセンスの良さを感じました。

こちらは動画です。

掲載した画像や動画の変化以上に実際に走った3人は違いを感じました。

また、Sさんのフォームは左右差が大きく、左は膝下が伸び切らない時点で接地出来てますが、右は伸び切っていました?


この原因は骨盤の動きが原因で、チェックすると左は動くけど右はほとんど動きません。それを本人にも体感してもらい、普段組み込んで欲しいトレーニングをアドバイスしました。

短い時間でしたが、変化を感じていただけてよかったです。

Sさんと、Mさんはサブ3を狙い、Hさんは大阪国際女子マラソンを狙うと話してますが実現を期待してます。

<スポンサーリンク>


そのあと、大会会場に移動するとアスリチューンのブースがあったので、新製品のコーヒーゼリー味やオレンジ味を試食してもらいました。

二人とも美味しいと気に入っていました。

今回、グループレッスンをした3人以外にも、弘前市や青森市など地元の多くのランナーとお話をすることができました。このように開催地の方々と多くの接点を持つことで、ジャーニーランはますます楽しくなります。

そして、ジャーニーランのスタートは競技スタート時間ではなく、自宅を出た時から始まり、ゴールをフィニッシュテープを切った時ではなく自宅に帰った時なのでしょう。そのように考え行動していくと楽しみは広がっていきます。



効率よく進むフォームは故障しにくいフォーム〜2019みちのく津軽ジャーニーラン〜⑥

昨年のトラブルを繰り返さないために〜2019みちのく津軽ジャーニーラン〜⑤

昨年のトラブルを繰り返さないために〜2019みちのく津軽ジャーニーラン〜⑤ から続く

<スポンサーリンク>


今回レース中に意識したことはいくつかあります。トラブル防止のための身体の状態を把握すること、交通事故などに合わないようにすること、そして効率よく進むランニングフォームを保つことです。

もちろん、レースを楽しむ気持ちは持ち続けました。

前話までに書いていますが、疲労回復がさほど早くない私にとって、100km走って二週間後ではまだ疲労は抜けません。その状態で無理して走ると故障するので、脚の筋肉を使わない意識を終始もって走ることにしました。

もちろん、使わない意識と言っても実際には筋肉は使ってます。

意識するポイントは、お腹を伸ばして腰が落ちないようにした状態で少し重心を前にずらします。

そうすると倒れないように脚が前に出ますが、その状態を作った上で、足をリズムよく早めについていきます。

接地で地面を押すとかは全く考えずにとにかく脚は下ろすだけです。

サロマ湖とは走るペースは違いますが、基本意識したフォームは一緒です。

結果として、体力(スタミナ)や走り続ける気力が先に尽きてしまいましたが、脚は終始動きトラブルはありませんでした。

ASから第7CPのスポーツプラザまでの10.8kmは、信号待ちやコンビニ休憩含めて平均8’08/kmで、その前の区間でキロ10分を超えていたことを考えるとペースを戻すことができました。

走っている時は多分5’30/km前後だったと思います。ただレース終盤で身体が疲れて、続けて走れないので歩きをはさみましたが脚は元気でした。

第7CPからは一気に日差しが強くなり熱中症リスクが高まり、また歩道のない幹線道路を通過する区間なので安全にゴールするために、歩き中心になりましたが、脚は動きました。

この状態でゴール出来たから、レース後自宅に帰る時も重たいキャスターバッグを持って駅の階段を上り下りするのも支障ないくらいでした。

<スポンサーリンク>


シューズのソールを見るとどのように走っていたかがよく分かります。

スタート前

ウルトラマラソン含めて1年以上履いてるシューズなので、全体的に磨耗してます。

レース後

実質180km以上のジャーニーラン後なので、レース前より磨耗は大きくなりましたが、想像していたより磨耗は小さかったです。

もちろん歩く時間もそこそこ長くなったので踵も磨耗してますが、歩く時間が短くなったなら踵周辺はほとんど減らなかったと思います。

ちなみにエイド以外では歩いていないサロマ湖で履いたヴェイパーフライ4%のレース後のソールはこんな感じです。1年半履いたシューズです。

胸の位置が腰より前にあれば上体は倒れながら前に進みます。そのまま脚が出ないと倒れてしまうので脚は自然と前にでますが、その接地を上体の真下にすれば、無駄な沈み込みなく進みます。

ただ、腰が落ちたら、胸を前に出しても身体は前に進みません。腰が落ちないようにするには、そのフォームを保ち続ける体幹が必要になります。

そのように書くと、腹筋しなくちゃ。とか、体幹トレーニングが必要。と思われますが、もちろんした方が良いです。私自身、最近はスポーツジムで自分の組んだトレーニングプログラムをしています。

ただ、今までも何度も腹筋しなくちゃ。と思いながらも続けていない。もしくは、一度もやってない方は多分意識が変わらない限り出来ないと思います。

そのような方々は、走るときに腹筋を意識してください。もう少し具体的に書くと、お腹を上に伸ばしてください。腰は反らないでください。そうすると腰は落ちません。その姿勢で走るとペースが上がりますが、しばらく走ると腹筋がキツくなると思います。キツくなるということは使っているのです。

その姿勢で1時間走れば1時間腹筋運動したことになりますから、腹筋は相当鍛えられます。

そして腹筋が弱くフォームをキープして走れる時間が短いと感じたら、キツくなる部位に負荷がかかるトレーニングをしてみてください。そのフォームを保つために鍛えねばならない部位が明確になればモチベーションも上がります。

<スポンサーリンク>


こちらはジャーニーランを走った一週間後に低酸素トレーニングをした時に撮影したものです。

この時のことはこの動画投稿に書いてますが、無理して走らなくても時速24kmを超えました。

シューズの効果もあると思いますが、動画を見て一番変わったのがこの部分です。

今まで撮影した動画を見ると、この時、膝よりシューズ部分が前に出ていましたが、今回は出ていなかったのです。

その結果、余裕をもって身体の真下で接地し、軸足に乗り、素早く脚を入れ替えることが出来たのです。

なぜ、変わったかを考えると、サロマやジャーニーランでひたすら脚の筋肉を使わないフォームを繰り返したから、定着したのだと思います。

また、スポーツジムでのトレーニングの効果も出てきました。

2019みちのく津軽ジャーニーラン ⑦ に続く

 



石川佳彦 世界一過酷なバッドウォーターウルトラマラソンで史上最速タイムで優勝

石川佳彦バッドウオーターウルトラマラソンで優勝〜Badwater Ultramarathon史上最速タイム〜

石川佳彦バッドウオーターウルトラマラソンで優勝〜BADWATER ULTRAMARATHON史上最速タイム〜 

こちらは、先日書いた記事です。合わせてお読みください。今回33回の開催になったこの大会の歴代記録など掲載しているので、石川選手の記録がどれほど突き抜けているのか分かると思います。

今回は、どのくらい過酷なのか想像もできないようなレースを、どのような準備をして走ったのか、イメージできるよういくつか質問しました。

(画像提供:石川佳彦)

<スポンサーリンク>


バッドウォーターについて

(画像提供:石川佳彦)

2016年に100km以上の距離に本格的にチャレンジするようになってから意識していたレースでした。

気温50℃の中を217km、獲得累積標高約4000m。

その過酷さからサポートカー1台とサポートクルー2名以上の帯同が義務づけられているほどです。

わざわざアメリカまで行って中途半端な走りはしたくない、年明けから半年間バッドウォーターに照準を合わせ、徹底的に走り込んで本番を迎えました。

ただ、どれだけ練習を積んで、どれだけ調子が良くても50℃の世界は想像もつかず不安は消えませんでした。しかし、レース3日前にデスバレーに到着してから日ごとに少しずつ暑さに慣れている感覚があり、勝負出来ると思えてきました。

レース展開(序盤)

(画像提供:石川佳彦)

夜11時にレースがスタート。昼間よりは陽が出ていない分、過ごしやすいですが、それでも走り始めて10分ほどで喉の渇きを感じるようになりました。喉が乾いて水が飲みたいというよりも喉が乾燥して息が出来なくなりそうだから水で喉を湿らせたいという表現が適切かもしれません。サポートクルーには基本的に1マイル(約1.6km)に1回、かぶり水と給水を準備してもらい体温上昇と脱水を防ぐようにしていました。

(画像提供:石川佳彦)

夜が明け、暑くなるまでの8時間でいかにレースの主導権を握れるかが鍵だと考えていました。一番怖いのはコースを熟知しているランナーに飛び出される事。差が開いてしまうと追い上げるのにエネルギーを使ってしまいます。暑くなってくれば尚更です。そういう意味では30km手前からトップに立ち、レースをコントロール出来た事は勝つ上でプラスに働いたと思います。

レース展開(中盤)

(画像提供:石川佳彦)

朝7時を過ぎた辺りからじわじわ気温が上がってきました。ただバッドウォーターは標高1500mの上りを三度越えなければならず、標高が高くなれば暑さも少し和らぎます。上りのトレーニングは徹底的にこなしてきたので、上りで後続との差を広げられている手応えはありました。

レース展開(終盤)

(画像提供:石川佳彦)

196km地点。最後の街ローンパイン。ここを過ぎればマウントホイットニー中腹(標高2500m)までひたすら上りが続きます。事前情報では最後の上り21kmを走れる選手はいないと聞いていたので、ローンパインまでの196kmのレースのつもりでペースメイクを考えていました。しかし、残り21kmの上りが始まると案外走れてしまい、結局最後まで歩く事なく走り続けフィニッシュを迎えました。かなりきついラストでしたが、196kmのレースのつもりで前半から積極的に行ったからコースレコードを出せたと思いますし、最後まで歩かず走り続けたから記録を残せたと思います。

<スポンサーリンク>


日差し対策

(画像提供:石川佳彦)

50℃の世界は暑さはもちろん、刺すような日差し、熱風が体力を奪います。またアスファルトからの照り返しで足の脛の部分がヤケドのような状態になってしまいます。

アグレッシブデザインをたっぷり塗り込む事でそのような状態を防ぐ事が出来ました。あとはレース中、ひたすら氷水を足にかけ続けて体の火照りを取りながら走りました。

補給など

(画像提供:石川佳彦)

今回ばかりは水分もアスリチューン・ポケットエナジーの摂取も意識的に減らしました。

理由は、1マイルごとにサポートを受けられるので水をあまり飲み過ぎると胃腸トラブルに繋がると考えていました。ジェルも同じように必要最低限に抑えました。その代わり塩サプリを摂っていましたが、これも少しずつ胃が荒れている感覚があったので減らすようにしました。

最終的には黒砂糖+塩サプリの組み合わせで不快感なく摂取できるようになりました。想像を越す暑さの中、胃腸トラブルを最低限に抑えられ、少しずつエネルギーを蓄えられた事が勝ちに繋がったと考えています。

(注)石川選手はIAU24時間走世界選手権ではアスリチューン・ポケットエナジー30個、エナゲイン10個の合計40個摂取しました。

24時間走世界一の補給 〜アスリチューンなければウルトラは走れない〜

<スポンサーリンク>


サポートについて

(画像提供:石川佳彦)

今回のレースで義務づけられているサポートクルーには彼女と大阪から林原さん、沖縄から向江さんにお願いして3人体制で挑みました。

彼女にチーフクルーを任せ、全体のコントロールをしてもらいました。必要な物は全て彼女に伝え、林原さん、向江さんは彼女の指示で動くという流れを作ってもらう事で、すごく走りに集中出来ました。この3人がいなければ絶対走れていないですし、優勝なんて考えられなかったです。本当によくサポートしてもらいました。チーム全員で掴んだコースレコードでの優勝でした。

(画像提供:石川佳彦)

また、今回のレースに参加するにあたり色々な面でサポートいただいた岩本さん、根本さん、その他日本チームの皆さん、メーカーさん、関わって下さった全ての皆さんのおかげで無事走り切る事が出来ました。この場をお借りして御礼申し上げたいと思います。本当にありがとうございました。

 

『最後の上り21kmを走れる選手はいないと聞いていたので、ローンパインまでの196kmのレースのつもりでペースメイクを考えていました。しかし、残り21kmの上りが始まると案外走れてしまい、結局最後まで歩く事なく走り続けフィニッシュを迎えました。』と語っていますが、今回含めて33回の開催でここを走りきったのは石川選手が初めてなのでしょう。

来年以降、この大会を走るウルトラランナーの間で、大会記録だけではなく、最後の21kmを走りきったMonster YOSHIHIKO ISHIKAWAの名は語り継がれることでしょう。

そして、石川選手も話していますが、直接的にレースを支えてくれたサポートクルーや、スタートするまで支えてくれた多くの方々の力を結集した勝利だったのでしょう。おめでとうございます。



大塚良軌の100km世界記録更新への第一歩〜フル2時間11分ランナーの挑戦〜

今年のサロマ湖100kmウルトラマラソンは前半世界記録を上回るハイペースの展開になったことは、こちらの記事に書きました。

板垣辰矢フルマラソン通過2時間29分の高速レースを制す!〜サロマ湖100kmウルトラマラソン〜

こちらは有力選手がどのような位置を走っていたかをラップタイムを元に作った一覧です。

後半50kmは暑さとの戦いになり上位選手のペースも落ちましたが、昨年、一昨年のような寒さなら世界記録が出せたかもしれないと言うくらい安定した速いペースで前半は進みました。

50kmは2時間58分台というとんでもないタイムで、後半50kmを3時間10分で走れば世界記録だったのです。

その50km付近を優勝した板垣選手、2位に入った中村選手と前後して走っていたのが、今回紹介する大塚良軌選手(愛知製鋼)です。

今回の参加選手中フルマラソンの持ちタイムが最速のランナーです。

(画像提供:デッカーズジャパン山崎さん)

<スポンサーリンク>


今回初100kmの大塚選手と縁があり、5月初旬から、補給や昨年の上位選手のレース展開などアドバイスさせていただきました。また大会前には同じ宿に泊まり寝食を共にしました。

大塚選手との縁について書いておくと、5月10日、阿蘇ラウンドトレイルに向かうために最寄駅から電車に乗った直後に、スカイランナーの星野和昭さんから自分の教え子にウルトラマラソンについてアドバイスして欲しいとメッセージが届いたことから始まりました。

星野さんとは、たまたま同じ高校出身で、数年前からお付き合いさせていただいています。そして大塚さんと星野さんは上武大が箱根駅伝常連校になった時のコーチと主力メンバーです。

そのメッセージをいただいてから、大塚さんのプロフィールを見ると、出身地は南阿蘇村で、なんと私が今向かっている場所だったのです。阿蘇には2005年頃当時の会社後輩の結婚式で熊本市に行ったついでに観光しましたが、それ以来縁もゆかりもない場所でした。それがその地に向かう瞬間に、その地に縁のある方と接点を持ったことに驚きました。

箱根駅伝、ニューイヤー駅伝を走り、フルマラソン2時間11分台の記録を持つ選手だと聞いたので、アドバイスにならないこともあるとは思いましたが、そこは気にせず、初めて100km走るにあたり知っておくべきことを伝え、それを本人が取捨選択したら良いと考えていました。

アスリチューンやモルテンドリンクを補給食に使い、アグレッシブデザイン ファイターで日差し対策をしてレースに挑みました。

<スポンサーリンク>


大塚さんにいくつか質問をしました。

レース前に100km走ることについて想像していたこと。

70kmまでは練習で走っていたので、そこまでは余裕をもっていけるだろうとイメージできていましたが、70km以降は想像がつかず、まずどこが限界を迎えるのか、自分自身に非常に興味をもっていました。体力か?気力か?脚か?

予想では、体力(エネルキー切れ)が先にきつくなり、気持ちが折れて、最後に脚にくるだろうと考えていました。

(画像提供:デッカーズジャパン山崎さん)

100km走ってそれは、どう変わったか?

50kmはかなり余裕を持って通過(2時間58分)できたので、後半50kmは前半+10分で良いのだから絶対(世界記録)いけるだろうと考えていました。

しかし、予想に反して、60kmすぎたあたりで脚にきました。70キロまではいけると考えていたので、予想より早く来てしまったなと感じました。

振り返ると、50-60kmのアップダウンの下りで前ももにだいぶ負担がかかったようで、前ももが固まってしまい、それ以降はペースダウンを最小限に抑える走りしかできなかった。

体力(スタミナ)については、対策もとっていたしアスリチューンも前半から摂っていたので、有り余るほどで、気力についてもまだまだいける感じがありました。

今回自分を褒めるなら

思い切って、前半のハイペース(フル通過2時間29分台)の展開についていったこと。そして、後半、気持ちを切らさず走り続け、ゴールしたことです。

(画像提供:デッカーズジャパン山崎さん)

足りなかった事・今後の課題

一番は練習不足。脚にきたのはやはり走りこみが不足していて脚が作れていなかったことが大きいと思います。

また、コースを把握していなかった事、特に50-60kmにアップダウンがあることは知っていましたが、あそこまで起伏があるとは想像しておらず、世界記録を目指していたので休んじゃいけないと考えてしまいペースを落とさなかった。そこを頑張らずにもう少し抑えていれば、後半の展開も変わっていたかもしれません。

それと、今回は50キロ以降、日が出て暑さを感じ始め、給水をしっかり取りたくなりました。板垣選手が止まって給水しているのを見て、後半を考えれば止まってでもしっかり摂った方がいいなと判断し後半は止まって摂りましたが、振り返ると学生時代にフルマラソンを走ったときに、脚に痛みを感じ、止まってストレッチしたところ、そこで脚が固まってしまい動かなくなった事がありました。私の場合は止まってしまうとそういう傾向があるので、脚が固まった原因の一つだと思います。

来年に向けては、なかなか練習だけでは追い込めない部分があるので、トレイル、フル、ハーフなど幅広くレースを使って体を作っていき、タフな走りができるようにしていきたい。

武器になったアイテム

□アスリチューン

今回、エネルギー切れによりキツくなることを想像していましたが、エネルギー切れの感覚は一度もありませんでした。ポケットエナジーをスタート前に1本、そしてエネルギー補給は早めにとアドバイスがあったので最初の10キロから10キロおきに取りましたが、まず美味しいのが気に入りました。ただ甘さが口に残る感じがあったので、給水地点の2、300メートル手前からゆっくり取って、給水で口をさっぱりさせていました。あと、飲み口は取りやすく、量もちょうどよかったです。

□アグレッシブデザイン・ファイター

後半は日差しが強く暑くなりましたが、日焼けはしていなかったので、やはり保護してくれたんだなと思いました。

□HOKA OneOne カーボンX

カーボンXは、スピードへの余裕を持たせてくれ、厚底でダメージ軽減してくれたので、ウルトラには最高の一足だと思います。今回は、私の脚が100キロに耐えられなかったということです。

 

<スポンサーリンク>


(画像提供:デッカーズジャパン山崎さん)

大塚さんの答えの中で、まず50km2時間58分をかなり余裕を持って通過したとありますが、これは予定通りの展開でした。

スタート前にペースについて聞くと、3’30/kmペースはかなり余裕があるといい、むしろレースを4’00/kmで走ると言う感覚が分からないと話していました。

それはこのように考えると容易に理解できます。

フルマラソン2時間11分は平均でも3’06/kmペースで走るのだから、3’30/kmペースはその1.13倍です。

このペースを3時間(ave.4’15/km)のランナーに置き換えると4’48/kmペース、4時間(ave.5’41/km)のランナーに置き換えると6’25/kmペースです。これは決して速いペースではありません。

逆に2時間20分のランナーが3’30/kmペースで走ると、それは1.055倍となり、3時間のランナーが4’29/kmペース、4時間のランナーが5’59/kmペースで走るようなモノですから行けないことはないけど、かなり突っ込んだレース展開になってしまいます。

また、宿を出る前に大塚さんに、未知の距離になればどんな状態になるか分からないけど、キツくなったら粘らずに緩やかにペースダウンをして、まずは100km完走してください。と伝えました。その理由はゴールすることで目標達成に向けて何が足りないか見えてくるからです。そして、できたことも見えてきます。

途中で終えるとヤメ癖がつくだけではなく、できたこと、できなかったことが分からなくなってしまい次に繋がりません。

今回、恐れずに世界記録ペースで走ったこと。そして苦しみながらも完走したことで、世界記録を出すには何を足したら良いのか明確になったでしょう。

来年のサロマは、凄いレースになりそうです。

リザルト 大塚良軌 5位 6時間42分03秒

 

こちらのランナー応援企画は7月31日までです。

読者限定〜アスリチューン ランナー応援企画〜



昨年のトラブルを繰り返さないために〜2019みちのく津軽ジャーニーラン〜⑤

歩く時間が長くなった時にしたこと〜2019みちのく津軽ジャーニーラン〜④

歩く時間が長くなった時にしたこと〜2019みちのく津軽ジャーニーラン〜④ から続く

<スポンサーリンク>


昨年のトラブルに関しては下記のリンク先記事に書いていますが、羅列するとこのような状況でした。

・大量の発汗による股擦れ

・前脛の痛み・浮腫

・足首が日焼けによりⅡ度の火傷

股擦れが酷くなり、庇った走り方をするうちに左前脛が痛くなり走れなくなった。痛みを緩和しようと締め付けが強くなったソックスのゴム部を折り返したところ、そこには日焼け止めを塗ってなかったので、強い日差しにより、いくつもの水膨れができる火傷を負ってしまったのです。

前脛の痛みはズームフライを履いていたことにより負担がかかったのが原因か、暑さにより電解質バランスが崩れ足首が浮腫、シューズがキツくなったことが原因かは分かりませんが昨年のレース後には浮腫が原因だと感じていました。

灼熱のみちのく津軽ジャーニーラン その4〜スネの痛みの原因〜

また、痛いのは左だけで、右が大丈夫だった理由も自分なりに考えていました。

昨年はこれらトラブルにより、ラスト100km以上(記事によると118km)歩かざるを得なくなり、その結果、日差しがまだ弱い翌朝にゴールする予定が、夕方近くまで非常に強い日差しをずっと受けることになったのです。

また、終盤は気力・体力も限界で歩いて進むのも困難になり、少し歩いては止まってうずくまるような状態になり残り5kmが途方もなく遠く感じました。

<スポンサーリンク>


今回の最大の目標は、健康な状態でレースを終えたい。という理由は昨年の記事を読んでいただければ分かると思います。

ウルトラマラソンをするランナーは痛みや苦しみが好きなんだ。という方もいますが、そんなことはないと思います。

少なくとも私は痛いのも苦しいのも嫌いだから、そうならないように準備をして、工夫をして、レース中に対応しているのです。

昨年の記事を読んだこともありシューズをどうするか迷いました。サロマで履いたヴェイパーフライ4%が良い感じでしたが、もう1回100kmで使いたいので外しました。現地にはHOKA oneone カーボンX、ズームフライSP、アディゼロジャパンブースト3を持ち込み、前夜まで悩んだ結果、ズームフライSPにしました。昨年ら前脛を痛くした時に履いていたズームフライと同じソール形状のシューズですが、脛が痛くなったことは、この時以外は記憶にないので、浮腫が原因と考えることにしました。

スタート前の状態です。

インソールはカーボンXのモノです。

よくやることですが、足を入れた時の感覚が微妙にしっくりこない時に、他のシューズのインソールを入れるとしっくりくることあります。今回はフルマラソンや100kmマラソンなど含めてだいぶ履いたシューズなのでインソールがヘタっていて、中でズレる気配を感じたのも入れ替えた理由です。

念のために両面テープでインソールがズレないように固定しました。

アウトソールもだいぶ減ってるので、このジャーニーランで履き納めだと思っていました。

また、シューズのフィット感を確かめる時に大事なことはソックスとのマッチングです。もちろんこの時は大会で使うアールエル メリノウールソックスを履いて確認しました。

こちらは177km走って洗濯した後のアールエルのソックスです。見た感じ、擦れて生地が薄くなっている部分などはありません。ソックスに関しても、シューズ内で動けば摩擦が生じて痛みが早くなります。

こちらはType-MSというタイプです。丈が長いデザインは私は好きではないので、最近はこのタイプを好んでいます。

CP4の鰊御殿にドロップバッグを置いていて、履き替え用のソックスを置いているだけではなく、大量の発汗や水被りで靴擦れが起きそうなら履き替えが出来るようバックパックにもアールエルソックスを入れておきましたが、履き替えることなくフィニッシュしました。

ウェアや下着はCP4で着替えましたが、ソックスを変えなかった理由は、そこまで靴擦れの前踏まれもなく良い状態だったのを崩したくなかったからです。

私がこの大会後に比較的ダメージがなく、走りはじめることができた理由の一つとして靴擦れなどにより足の指などを痛めなかったことが挙げられます。

そもそも靴擦れや肉刺などできるとフルマラソンでも痛みとの戦いになりますが、ジャーニーランなどでは、痛みが出てから100kmとか丸一日とか走らねばならないわけですから凄いストレスになります。またその痛みを緩和しようと走り方を変えることでバランスを崩し筋肉や関節にも負担をかけてしまいます。

そのような状態でゴールすると回復には時間がかかります。もちろん靴擦れが原因でリタイアするランナーも少なくありません。

長時間走るレースになればなるほど、靴擦れしにくいソックスが必要になるのです。

<スポンサーリンク>


さて、レース前に行ったことは、昨年のような予期せぬ日焼けを防ぐためにソックスやウェアで隠れる部分にも日焼け止めを塗りました。日差しを直接受ける部分には重ね塗りしました。

日焼け止めは、アグレッシブデザインのファイターです。今回は顔・首筋は二度塗りしましたが、今回のように長時間にわたり直射日光を受け続けるレースなら三度塗りがオススメです。顔・首筋→腕→脚→顔・首筋→腕・・・という具合に塗っていくと日焼け止めが乾いた上に重なっていくので強くなります。

余談ですが、アグレッシブデザインはモータースポーツの潤滑油などでトップブランドのWAKO’Sが立ち上げたブランドです。このように自動車のタイヤなどと一緒に写すとやはりマッチングが良いと感じました。

脚は重ね塗りしなかったので、多少日焼けしましたが、日焼けでヒリヒリするようなことはありませんでした。

昨年はこの道のもっと手前から股擦れが酷くなり苦しんだので、ここに同様のトラブルなく来た時はホッとしました。

今年も湿度が高くまとわりつくような汗が皮膚を覆い、股擦れしやすい状態でしたが、ウェットティッシュで汗を拭き取り、擦れ防止クリームを塗ることでトラブルを回避できました。

また、前脛が痛くならないように、コンビニ休憩した際に、シューズを脱いでソックスをめくって足底や足首周りを含めてマッサージクリームを付けてマッサージしました。もちろん太ももや脹脛もです。

マッサージすると、意外と張りが強いことや足首が多少浮腫み始めていることに気づきました。マッサージをしなかったら、昨年同様痛くなっていたと思います。

この記事を書いていて気付きましたが、このシューズを脱いで足底をマッサージしたことにより、シューズの靴ひもを締め直す際に、その時の最良のフィット感を出すようにしましたが、多分シューズを脱ぐ時より微妙に緩く結んだかもしれません。このわずかな調整ができたのも、いったんシューズを脱いでマッサージをしたからです。

2019みちのく津軽ジャーニーラン⑥に続く



歩く時間が長くなった時にしたこと〜2019みちのく津軽ジャーニーラン〜④

装備品を吟味すること〜2019みちのく津軽ジャーニーラン〜③

装備品を吟味すること〜2019みちのく津軽ジャーニーラン〜③ から続く

<スポンサーリンク>


ジャーニーラン開催中、首都圏は雨が降り、気温も低かったようですが、深夜の一部時間帯を除き、昨年と変わらない強い日差しと蒸し暑さに苦しめられました。

スタートしてから特に気をつけたのは、水分を摂りすぎないことと、適切な塩分摂取をしていくことです。

第1CPから第2CPの区間距離は27.1kmあり、コンビニは第2CP直前までありません。自販機もほぼありません。いくつかはありますが、前夜スタートした263kmのランナーが通過した後なので、売り切れになっている可能性が極めて高く自販機では買えないと考えてスタートしました。

そのため第1CPで空のソフトフラスクにスポーツドリンクや水を入れてスタートしたので、水分が足りなくなる不安はありませんでした。しかしドリンクは温くなるとマズく、ようやく辿り着いたコンビニは楽園に感じました。

ここで冷たいドリンクを飲み、第2CPがまだ開設してない時間だったので、次のコンビニまで必要なドリンクを購入してから、第2CPに向かうと、主催者の配慮で予定より早い時間に開設していました。そこで通過チェックだけ受けて先に進めばよかったのだけど、そこでも水分補給をしてしまいました。

<スポンサーリンク>


その後、わさおに会いに行ったり、慌てて早く進もうとしないで、じっくりCP3を目指すつもりでしたが、CP2を出てから5kmくらいの場所で急に吐き気がして、たくさんの水分を吐いてしまいました。やはりCP2での水分補給は取り過ぎでした。ただ特段体調は悪化せず、そのまま走れる感じでしたが、しばらく歩いて体調を確認しました。原因は低ナトリウム血症気味で軽度な熱中症だったのでしょう。ただこれだけ暑い中を長時間走っているのだから、このような症状が出るのは仕方がなく、大事なことは悪化させないことです。

『喉が乾く前に水を飲め』は危ない 〜運動関連低ナトリウム血症にご注意を〜

十三湖に向かう手前にあるローソンの店舗横の日陰で少し休憩して、そこから第3CPまでは走るつもりでしたが、すっかり歩き癖がついてしまい歩く時間が増えてきました。向かい風が強く走りにくさはありましたが、逆に暑さを和らげてくれるので走れない状況ではありません。

昨年はこの辺りで股擦れが酷くなり、そこから負の連鎖が始まったのを思い出しながら進みました。

昨年はこの区間で足首に痛みが出てしまい無理して走ると故障する可能性が高く、またゴールできないと思ったので、ゴールするために走らず歩き続けることを決め、そこから100km全て歩き続けましたが、今年はそんな悪い状況ではありません。

全行程の半分も来てないのに走れないのは弱すぎるし、歩きばかりだと身体に負担がかかり、本当に走れなくなってしまうので、なんとか走れるようにしようと模索しました。

その時に、まずやったことは、SUUNTO9の区間平均ペースがキロ◯分を超えないように走ったり、歩いたりしました。その上で、ペースは遅くても良いからとにかく1km連続して走ることにしました。

しばらく走って半分くらいきたかと思ってSUUNTO9の距離表示を見ると、まだ300mも走ってないことを知りガッカリしたことも何度もあります。

ただ自分で決めたことだから、とにかく1km走りきりました。そこで200mほど早歩きをしてから、また1km走る。それを繰り返しているうちにCP3に到着しました。

<スポンサーリンク>


ここで走り続けることはできなくても、走る時間を増やせたことで、次のチェックポイントまでの27.9kmは気持ちよく走れました。

トラブルで気持ちを切らしてしまうと、ネガティブな思考になり、さらに走れなくなってしまうので、1kmは走り続けると決めて走り切るという小さな成功体験を重ねることで、その悪い流れを断ち切ることができました。

昨年は歩き続けた鰊御殿に向かう道を、今年は夕日を眺めながら走ることができた時、少し進歩した自分を感じることができました。

2019みちのく津軽ジャーニーラン⑤ に続く

昨年のトラブルを繰り返さないために〜2019みちのく津軽ジャーニーラン〜⑤



装備品を吟味すること〜2019みちのく津軽ジャーニーラン〜③

区間タイムからレースを振り返る〜2019みちのく津軽ジャーニーラン〜②

<スポンサーリンク>


区間タイムからレースを振り返る〜2019みちのく津軽ジャーニーラン〜② から続く

前話でチェックポイントごとのタイムなど書きましたが、長々とレース中に起こったことを書き始めると最後まで行き着か図に尻切れトンボになるので、印象に残っていることをいくつか書きます。

昨年のレースは非常に苦しみました。そして昨年よりサロマ湖を走ってからのリカバリー期間が1週間短く、はっきりいって不安だらけのスタートでした。

天気予報は刻々と変わりましたが、昨年のような暑いレースにはならないと前日まで思っていました。また数日前の予報は雨だったので、レインウェアもしっかりしてるけど重たいのと、多少の雨ならしのげる程度だけど軽いのをそれぞれ上下持ち込みましたし、暑くなっても寒くなっても対応できるようにしました。たぶん使うことはないと思いつつグローブも現地に持ち込みました。

また、後半走れなくなった時のためにトレッキングポールをドロップバッグにいれましたし、シューズも自宅を出るときに決めきれずに、現地に履いていったHOKA oneone カーボンX以外に、ズームフライSPと、アディゼロジャパンブースト3をザッグに詰めました。またライトもトレランと違い不整地ではないので、さほど明るいのは必要ないと思ったけど、600ルーメンのヘッドライトと、1000ルーメンのハンドライトを持ちました。

レース中に使うバックパックも、どれだけ荷物を持つかでサイズを変えることが出来るよう2つ持参しました。

今回は、現地に持参する荷物自体を減らしたいと考えていましたが、出発前日にパッキングを始めたので迷ったモノは持って行くことにしました。結果、キャスター1個には収まらず、ザッグにもある程度の量を入れざるを得ませんでした。

阿蘇には大きなキャスターで行きましたが、荷物預けで主催者の負担にならないよう、小さなキャスターにしてザッグはキャスターにしまうことにしました。

装備・アイテムについては、持てば持つだけ安心か?と言えば、そんなことはなくて、重さがストレスになりトラブルをうみますし、走りを阻害します。

必要な物を持たないのは問題外ですが、このバランスにはいつも悩みます。

<スポンサーリンク>


大会前の天気予報を見て、雨はほぼ降らないし、降っても身体が冷え切ってしまうような気温にはならないと予想して、アールエルの超軽量撥水ジャケットと、モンベルの超軽量レインパンツ、そしてファイントラックのインナーシャツをバックパックの背中に当たるハイドレーションをしまう箇所に薄く畳んで収めました。サロモンのしっかりしたレインウェア上下は念のためドロップバッグに入れました。

背中に硬いものが当たると、その箇所が擦れたり、張りが強くなったりすることでトラブルをうむので、背負った時に違和感を感じたら、例えそれが小さな違和感でも、アイテムを入れ直すなどしてください。少し入れ替えるだけで違和感が消えることもあります。少しの手間と時間を惜しむことでずっとストレスを感じるよりも直した方が良いです。

これは昨年のうつくしま、ふくしま。ジャーニーラン122km(総合4位)のレース中に感じたことです。

うつくしま、ふくしま。ジャーニーラン122KM完走②〜レース展開前半〜

その他、ライトやその予備バッテリー、点滅ライト、反射タスキ、スマホの充電器、アスリチューンなど補給食、経口補水パウダー、擦れ防止クリーム、マッサージクリーム、包帯、消毒液、ポイズンリムーバー、虫刺されの塗り薬、バンドエイド、テーピング、エマンジェンシート、飲み薬、冷却用霧吹きノズル、ウェットティッシュ、下着、ソックス、地図、メガネ、コンタクト、ネックウォーマー2枚、ソフトフラスク3個(うち空2個)、ビニールテープ、凍らせたゼリー飲料2個、凍らせたカルピスペットボトル、スポーツドリンク、それ以外もスタート時に入っていました。

収納スペースをとるしっかりしたレインウェアを超軽量のレインウエアにしたことから、小さい方のバックパックでも、上手にパッキングすればこれだけのアイテムを収容することができました。

*画像はバックパック購入時のもので今回の使い方とは異なります。

パーゴワークス ラッシュ5R (PaaGO WORKS RUSH5R)衝動買いしました。

大会ルールにおける必携品はライトと点滅ライトなどで、ウルトラトレイルに比べたら非常に少なく、私が持った大半のアイテムは自分自身必要と思ったからです。

ただ次回はもう少し重量的に減らそうと思います。結果的に使わなかったアイテムの中にも絶対に持たねばならないものはあるので、それを減らすつもりはありませんが、その前提を崩さなくても軽量化することはできます。

まず、走り出す前から、ちょっと重い。失敗した。と感じた、スタート直前にコンビニで買ったドリンク2本は持たなければ、これだけで▲1kg

また、凍らせたゼリー飲料2個もスタート時からなくても困らないモノでした。これを持たなければ▲0.5kg

ライトもこれほどのスペックは要らず、必要十分な明るさを担保しつつ軽量なライトにすれば2個で▲0.5kg

補給食も結局運んだだけのモノがあり、もう少し吟味して必要量を計算すれば良かったです。これを吟味すれば▲0.3kg

また、股擦れなどに良いと思って買ったウェットティッシュはスッキリして良いとは思いましたが、20枚入りは結構な重さでした。

その他、1点1点は気にならない重さでも、積み重なると、気になる重さになっていきます。

ドリンクに関しては、第1CPまではコンビニは一定間隔であるのだから、そこで冷えた飲みたいドリンクを買うことが出来ます。重い思いをして、飲む段階になったら温く不味くなったドリンクを飲むより熱中症予防の観点でどちらが良いかは明らかです。

<スポンサーリンク>



バックパックが重たいと感じる重量は人それぞれですが、その重たいと感じる境目の閾値(しきいち)では、僅かな重量増により明らかに重たくなります。

大半のランナーが5’00/kmだと苦しくないけど、それが4’50/kmになった途端に心拍数が上がり始めるなど、感じたことがあると思いますが、これと同じようなことが重さでもあります。

スタート時に2kg、いや1kgでも軽ければ、もっと快適にストレスなく走れたでしょう。

特に脚の筋力を使うより、上体の動きで進む走りを模索している私にとっては、重さだけではなく、荷物が増えればバックパックの容量・厚みが増し背中への圧迫が強くなり、肩甲骨の動きが阻害されるので、自分の感覚よりペースが上がらないのを感じました。

今回、スタートから第1CPまでの22.2kmを2時間31分で走ったのは、エイドの開設時間9時30分に合わせたので予定通りでしたが、もっと余裕を持って走っても9時30分に着くと考えていたのに違い余裕のない到着になりました。

予想より気温が高くなったのも原因の一つでしたが、荷物を吟味できなかったことで余裕をなくしたことが最大の原因です。

そもそも自分の走りが阻害される重量は◯kgだと数値で把握するべきでした。それが分かれば計量して、その重量を超えていれば、どうするか考えるでしょう。量を減らすか、アイテムを軽いものに入れ替えるか、そもそも不要なパッケージを捨てたり、使う量だけを小分けして入れたり、バックパックではなく、ウエストに巻いたnakedランニングバンドに入れるなんて選択肢も生まれます。

また、途中で入手できるもの、できないものを明確にしたり、そのアイテムが必要な場面で代用できる物を考えて、取捨選択することも含めてレース準備を楽しむことは大事ですが、今回はそこが不十分でした。

もちろん、昨年発生したいくつかのトラブルを回避するために、多少荷物になっても持参したアイテムはあるし、実際に大きなトラブルなく健康な状態でゴールできたことは自らの成長だと考えています。ただ、まだまだ改善点はあります。

レース中、レース後に、次回はこうしようと思ったことも、具体的に振り返ることで記憶に定着します。それをしないと多分忘れてしまいます。

経験の少ない方は、そのレースに出たことのあるランナーに、バックパックに入れたものを見てもらい、これはどんなことを想定して入れたの?これは必要なの?XXは入っていないけど、こんなことが起こった時大丈夫なの?と言ったアドバイスを受けることでかなりの部分整理できると思います。そしてその時の重量が自分にとって重くない重量にできれば良いレースになると思います。

途中でも書きましたが、安心感をバックパックに詰め込むこと自体が不安要素となります。

歩く時間が長くなった時にしたこと〜2019みちのく津軽ジャーニーラン〜④ に続く

歩く時間が長くなった時にしたこと〜2019みちのく津軽ジャーニーラン〜④



石川佳彦バッドウオーターウルトラマラソンで優勝〜Badwater Ultramarathon史上最速タイム〜

2017年開催のIAU24時間走世界選手権、そして2018年開催のスパルタスロン優勝者の石川佳彦(アスリチューン・アグレッシブデザインサポートランナー)が今週アメリカ(カリフォルニア州)で開催されたバッドウオーターウルトラマラソンに初出場し大会記録で優勝しました。

(画像提供:松島美紀さん)

<スポンサーリンク>


バッドウオーターウルトラマラソンについては検索すればいろいろ出てくるので調べて欲しいのですが、距離:135マイル(217km)、累積標高約4,000m、制限時間48時間のレースが気温40℃を超える中で開催されるという石川選手が今まで走ってきたウルトラマラソンとは異質のレースです。

この大会のスペシャリストというべき、何度も優勝している選手がいますが、そのようなレースでいきなりコースレコードを出し優勝したことに世界のウルトラマラソンランナーは驚愕しているでしょう。

日本人では、2011年・2012年に女子2連覇した稲垣寿美恵選手、2017年に優勝した いいのわたる選手、そして石川選手は男子では日本人2人目の優勝者になりました。

DUVウルトラマラソン統計によると、このレースは1987年に第1回大会が開催され、今年は第33回大会となります。当初は146マイルだったようです。

<スポンサーリンク>


DUVウルトラマラソン統計には今年の結果はまだ反映していないので、歴代ランキングを調べて作成して見ました。複数回上位に入っている選手は最上位記録のみ残しました。

歴代TOP30

  1. 21:33:01 2019 石川佳彦 JPN
  2. 21:56:32 2016 Kostelnick, Pete USA
  3. 22:51:29 2007 Nunes, Valmir BRA
  4. 22:52:55 2012 Morton, Michael USA
  5. 23:20:16 2008 Pacheco, Jorge MEX
  6. 23:32:28 2012 Lopez, Oswaldo MEX
  7. 23:39:18 2009 Martins Farinazzo, Marco Aurelio BRA
  8. 23:40:52 2016 Lewis, Harvey USA
  9. 23:47:47 2007 Konya, Akos HUN
  10. 23:52:43 2016 Lawson, Daniel Alan GBR
  11. 23:52:43 2016 Thwaites, Michael AUS
  12. 24:13:24 2019 Bereznowska Patrycia POL
  13. 24:36:08 2005 Jurek, Scott USA
  14. 24:38:16 2013 Gomes de Sa, Carlos Alberto POR
  15. 24:43:08 2014 Maughan, Grant AUS
  16. 24:44:48 2010 Gingerich, Zach USA
  17. 24:49:37 2011 関家良一 JPN
  18. 24:51:47 2018 Graglia, Michele ITA
  19. 24:56:19 2017 いいのわたる JPN
  20. 25:09:05 2000 Kruglikov, Anatolii RUS
  21. 25:21:20 2000 Mravlje, Dusan SLO
  22. 25:33:42 2018 Fetterolf, Jared Ryan USA
  23. 25:44:18 2017 Bonfiglio, Marco ITA
  24. 25:45:11 2009 Engle, Charles USA
  25. 25:49:40 2007 Goggins, David USA
  26. 25:53:07 2016 Venti, Alyson USA
  27. 26:16:12 2010 Donaldson, Jamie USA
  28. 26:18:00 1992 Ulrich, Marshall USA
  29. 26:19:03 2014 Sa, Carlos POR
  30. 26:22:01 2011 Wardian, Michael USA

<スポンサーリンク>


今回、従来の歴代記録を23分を更新しましたが、そもそも24時間以内で走った選手が歴代で10人しかいなかった大会において、21時間33分というタイムがどれだけ凄いかわかると思います。

また、歴代17位の関家選手、24時間走やスパルタスロンで優勝するなど長らく世界のウルトラマラソンを牽引してきた伝説のウルトラランナーです。

(画像提供:松島美紀さん)

日本出国前に石川選手は過去に24時間走世界選手権、スパルタスロン、そしてバッドウオーターの全てで優勝した選手はいないので、自分がそれを達成したい。と話していましたが、それをコースレコードで達成してしまったのです。

今回、木曽哲男選手が2017年初出場で7位(29時間53分40秒)に入った時を順位・タイムとも上回る4位(28時間02分04秒)でゴールしました。



今が素晴らしければ過去の価値は高まる

錦糸町駅が最寄りのケッズスポーツ併設のハイアルチリカバリーで低酸素トレーニングをする前に、SPO2や血圧など自分で測定し、安全確認書に記載していきますが、毎回カズ選手の言葉にはっとすることがあります。

ウルトラマラソンにおいても同様だと思います。

<スポンサーリンク>


ウルトラマラソンには様々な距離や種目がありますが、現在一番メジャーな100kmマラソンの中で、もっとも参加者数が多く、人気のあるサロマ湖100kmウルトラマラソン(以下 サロマ)は3,550名の定員が瞬く間にうまってしまいます。

私が初めて走った2012年大会の頃はそんなことはなく、エントリーするのに緊張感などありませんでした。それがここ数年はエントリー開始時間が近づくと心拍数がグングン高まるほどの緊張感に包まれ、無事エントリーできたときの安堵感は、大会当日のそれよりも大きいと言っても大袈裟ではなくなっています。

そのサロマの第1回大会は1986年9月にプレ大会が開催され100kmに参加した選手は41人で丹代選手が7時間49分17秒で優勝したと、公式ページに掲載されています。

今年は34回目の開催でしたが、第1回大会からずっと完走を続けている選手もいます。素晴らしいことです。

その後、1998年に砂田選手が世界最高記録を樹立し、その記録は長らく破られることはありませんでしたが、2018年に風見選手が6時間9分14秒という驚異的なタイムで世界記録保持者となりました。

ついに時代は動き始めた〜サロマ湖100kmウルトラマラソンで風見選手が世界記録〜 その1

<スポンサーリンク>


カズ選手の言葉を聞いて感じたのは、現在よりマイナー競技であった時代にウルトラマラソンにチャレンジした選手、そしてそれを支える主催者・運営者など先駆者がいたからこそ、エントリーすることが完走するより難しいと言われるような時代になったのです。

また先駆者だけではなく、その後の、長い年月にチャレンジしたたくさんの選手や発信するメディアがあったこそ大きく広がってきたのです。

今が素晴らしいからこそ、過去の素晴らしい記録が注目を浴びることもあります。

築いてきた過去を大切にし新しいものに挑戦する

素晴らしい言葉です。

<スポンサーリンク>


こちらの記事は現在までに100kmを6時間40分以内で走った日本人ランナー24人を掲載しています。

最新の結果を紹介することももちろん大事だと思いますが、過去ウルトラマラソンの礎を築いてきたレジェンドランナーのことを知っていただくことも同じくらい大事だと100kmに限らず、いくつかの種目で作成しています。

キロ4より速く100km走るランナー 〜6時間40分以内の日本のウルトラランナー一覧〜2019年6月30日現在

ほとんどのランナーには無関係な記録ですが、もしウルトラマラソンに夢中になっているなら、そのような歴史を知ろうとすることで、いろいろ見えてくると思います。