カテゴリー別アーカイブ: ジャーニーラン

うつくしま、ふくしま。ジャーニーラン122KM完走⑤〜終盤の復活を支えたアスリチューン〜

うつくしま、ふくしま。ジャーニーラン122KM完走④〜 SUUNTO9のルート機能の精度とバッテリー稼働時間〜

前話では今回準備不足によりコースチェックが甘く、常にロストが背中合わせだった私をバッテリー切れの心配なく最後までゴールに導いてくれたSUUNTO9について書きました。

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今回は蒸し暑さから水分摂取が増え、気持ち悪くなり、中盤は思うように走れず順位を落としましたが、CP4から復活できました。その復活のキッカケになったのはその3で書きましたが、急な坂道をダッシュのようなスピードで走ったことです。

うつくしま、ふくしま。ジャーニーラン122KM完走③〜レース展開後半〜

ただ、そのような走りが出来たのも、中盤気持ち悪くなりながらも、復活に向けて出来ることをしたからです。

今回は水分摂取過多による低ナトリウム血症に完全になる前に水分補給を減らすなどしました。

また、気持ち悪くなると何も食べたくなくなり、それがガス欠に繋がり走る気力を削ぎ取っていきます。

【白と黒のパッケージの違いは味だけです。黒はグレープ味で白ワインのような味がし、昨年追加された白はオレンジ味です。】

そこで私は歩きを増やしてエネルギー消費を抑えてガス欠を防ぎつつ、出来る補給をしていきました。気持ち悪くなったら、エナジージェルなど飲みたくなくなると思いますが、そんな時でも飲みやすいエナジージェルはあります。

好みは様々ですが、私はアスリチューン・ポケットエナジーは飲みやすく、今回も助けられました。

 

コンビニがあれば、多種多様な商品が陳列された中から食べたいものを選択できますが、今回気持ち悪くなったのはコンビニが数10kmにわたってない区間であり、持っているもので対応しないといけません。

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ランニングショップに行けば様々なエナジージェルが陳列されています。味や食感など多種多様で、エネルギー補給以外の効果を追加したモノもあります。

アスリチューン・ポケットエナジーにも、足攣り防止を狙った成分であるマグネシウムが含まれていたり、体脂肪を燃やしやすくする成分である中鎖脂肪酸を配合したりしていますが、どのような成分が入っていたとしても、飲めなければ意味がありません

この飲みやすいということは非常に大事なポイントです。飲みやすさの基準は様々ですから、自分自身がキツイ時でも飲めそうなジェルをいろいろ試して見つけてください。世界レベルで活躍するアスリチューン・サポートランナーの中にはアスリチューンを使い始めてから補給の心配がなくなり才能を開花させて行ったランナーもいます。まさしくアスリチューンと一緒に強くなっていったのです。

今回のレースは実質128から129kmですからフルマラソンの3倍以上です。距離や時間が長くなればなるほどランナーを様々なトラブルが襲い苦しめます。そして、トラブルがトラブルを呼ぶ負の連鎖に巻き込まれたら、断ち切らないとレースは終わります。

例えば今回はこのような連鎖になるところでした。

寒さを予想するも蒸し暑い→発汗量増加→水分摂取増加→低ナトリウム血症気味になり気持ちが悪い→補給物を受け付けなくなる→ガス欠になる→走る気力を失う。睡魔に襲われる→休む・寝る→関門に間に合わなくレースは終わる

この補給物を受け付けなくなるところで、アスリチューン・ポケットエナジーを飲めたので連鎖を断ち切れたのです。

アスリチューンは大手量販店で販売してないことからランナーの目に触れる機会は限られています。私が使い始めた2014年5月頃はランナーで使っている人はほとんどいませんでしたが、4年が経ち最近ではエイドステーションのゴミ箱でもパッケージをよく見るようになってきました。

昨日開催されたスポーツエイドジャパン主催のセミナー参加者にアスリチューン4種類がプレゼントされましたが、アスリチューンを使ったことあるかどうかを聞いたところ、大半の方が使ったことがあり気に入っているとのことでした。

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少し話は逸れますが、そのセミナーでランニングパートは私が受け持ちました。参加者には、私が走ったこともない長い距離のレースを走ったランナーや、スポーツエイドジャパンの大会で優勝したことのあるランナーなども参加しました。また過去に走りを治そうと何度も教わったが身にならなかった方や、そもそも人に走りを教わるなど初めての方などさまざまな方に、効率よく走るために意識すべきことを模索してもらった2時間でした。

明らかに走りが変わった方も多く、だんだん笑顔に、かつ真剣になっていくのを見るのは私自身嬉しかったです。ウルプロ練習会のような継続性はなく掴んだことをその場限りにして欲しくないので、定着するようアドバイスをして終わりました。

レッスン中にも、アスリチューンについて使い始めたきっかけやレース中のエピソードなど色々お話いただきました。

話を戻します。

レース中の補給に関して大事なことは、身体に+αを足すことを考えるのではなく、走ることでどのようなモノが身体から失われるかを理解し、そのモノが不足するのであれば、それを足していくと考えた方がシンプルです。失うものは気温や日差し、走行時間などにより変わりますし、個人差は非常に大きいけど、走ればエネルギーは確実に消費します。短い距離であれば身体に蓄えたもので走りきることはできますが、距離が長くなれば枯渇します。またビタミンや電解質なども体外に排出されてしまうので足す必要があります。

ランニングフォーム同様、省エネ体質に変えていくことも大事ですが、レース中は足りなくなるより余るくらい摂取した方が納得いく走りができると思います。

アスリチューンに関しての詳細はオフィシャルブログに書かれているので合わせてお読みください。開発秘話や、アスリチューンに限らずサプリメント全般に関して注意すべきことなど勉強になります。

その6では、その他支えてくれた補給物など紹介します。



うつくしま、ふくしま。ジャーニーラン122KM完走④〜 SUUNTO9のルート機能の精度とバッテリー稼働時間〜

うつくしま、ふくしま。ジャーニーラン122KM完走③〜レース展開後半〜

前話でレース展開を書きましたが、ここからは使ったアイテムやトラブル対応など紹介していきます。

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まずは今回のレースをナビゲートしてくれたSUUNTO9について書きます。

少し前にSUUNTO9についてこのような記事を書きました。

「SUUNTO 9」とスパルタンシリーズの比較

今回のうつくしま、ふくしま。122km(実質129km)ではGPS精度を最高にして、ルート機能も活用し、暗い時間帯はバックライトを付けて、光学式心拍計も使って、どのくらいバッテリーが持つのかテストしてきました。

カタログデータによると、SUUNTO9のバッテリー稼働時間はGPS捕捉を最高精度にしたパフォーマンスモード(BESTモード)で25時間です。

今回のレース時間はだいたい16時間を予定しましたが、仮に20時間かかったとしてもカタログデータどおりであれば持ちますが、スタートが18時でありレースの大半がナイトランになるためバックライトを使う頻度が高まりバッテリー消費が激しくなります。

メーカーに関わらず、バックライトのバッテリー消費は大きく照度を上げて状態で常時ONにするとカタログデータの半分くらいに落ち込むこともあります。

練習会では安全面からも常時ONにしていますが、今回は必要な時にONにすることにしました。

手首で計測する光学心拍計も使用し、ルート機能も使うのですから備えられた機能をフル稼働です。

仮にバッテリーが持たなくなったら、GPS精度をエンディューロモード(GOODモード)に落とせばゴールまで時計は動き続けると思っていました。

結論から書きます。

今回のゴールタイムは16時間23分でしたが、ゴール後すぐに止めるのを忘れて16時間39分で止めましたが、パフォーマンスモードのままで走りきることができました。

その時のバッテリー残量は20%でした。

自宅を出てからスタートまで12時間ほど時計として使用しているので、確認してないけどスタート時には95%前後だったと思います。

16時間39分使用して75%ですから、100%から使い始めて0%になるのは計算上22時間12分です。

バックライトも途中3時間ほど常時ONにするなどバッテリーの消耗を激しくしたことを考えると、カタログデータの25時間は妥当な数値に感じました。

ルートナビ機能がどれほどバッテリー消費をするのかは分かりませんが、少なくとも画面切り替えを頻繁にしましたから、それなりに消費したはずです。

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SUUNTO9が出るまでハイエンドモデルであったスパルタン ウルトラのBESTモード(パフォーマンスモード)のカタログデータは18時間ですから、今回のような使い方ではまず途中で落ちます。

現在も販売しているスパルタンスポーツなどはBESTモードが10時間で、GPS精度を落としたGOODモードは20時間ですが、今回のような使い方だとGOODモードでもバッテリーは保たないでしょう。終盤はウルトラモード(OKモード)にせざるを得ませんが、OKモードだとルート機能は使えません。

それを考えるとSUUNTO9のバッテリー稼働時間は素晴らしい数値です。

この1年半くらいはSUUNTOを使っていて他メーカーのGPSウォッチは使っていませんが、それまではカタログのバッテリー稼働時間を信じて何度も、レース終盤に時計なしになったことがあるので改めてその重要性に気付きました。

どんなに素晴らしい機能が詰め込まれていてもバッテリーが切れたら単なる重りです。

前の記事に書きましたが、今回はレース前後ずっと忙しく、地図をじっくりチェックして迷いやすい箇所を調べたりするなどの準備をする時間がとれませんでした。

そこで大会ページに公表されている地図データをSUUNTO9に入れてレースに臨みました。もちろん紙の地図はザッグの胸ポケットに入れて、スマホの地図アプリでも現在地のチェックができるようにしていました。

序盤は地元の方がいる集団で走っていたので紙の地図は見てませんが、この時もSUUNTO9のナビゲーションはチェックしながら進みましたので前のランナーがコースを間違えても気づきます。

集団走の段階でナビ機能はほぼ完璧にコースをトレースしていたので、単独走になってからも安心して進むことが出来ました。

たまにGPS信号がズレナビゲーションと少しズレることがあるので、心配になったら紙の地図やスマホでチェックしました。そのためコースアウトの心配は全くありませんでした。

紙の地図を見ながら走ると足下や前方が不注意になるし、止まって確認する頻度が増えるとタイムロスだけではなくリズムが狂うので、今回はSUUNTO9に助けられました。

バックライトに関しては、前半はヘッドライトの明かりがあればバックライトはなくても走れましたが、Petzl Nao +のバッテリーの持ちが異様に悪く、スペアバッテリーも切れてしまい、それ以降はウェストライトのウルトラアスパイアールーメン600だけで走りました。ウェストライトだけでも足元を明るく照らしてくれましたが、時計の表示は見ることができず、その時からバックライトを常時ONにしました。

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話は逸れますが、今回のコースは前半部は特に暗く、また歩道には凹凸や側溝など障害物が多く、さらに交通量も比較的多い道を走るので、明るいライトがあればそれだけ安全にストレスなく走れます。暗い箇所はPetzl Nao +とウルトラアスパイアールーメン600両方を付けて走りました。

Petzl Nao +は後ろに赤の点滅灯も付いていますが、それ以外に単体の点滅灯や複数の反射板で後ろからくる自動車に気付いてもらえるよう対処しました。

交通ルール、大会ルールを守っていても、悪質なドライバーから自分の身を守る努力をすべきです。自分の身を守るために何をすべきか?の観点から必携装備以外に必要なモノは加えていったら良いと思います。

話を戻して、SUUNTO9の価格は8万円程度ですが、高いのか安いのかは人それぞれだと思います。

フルマラソンまでの距離を走る方には、それほど必要なモデルではないと思いますが、ウルトラマラソンやオーバーナイト区間のあるトレランレースに出る方にはオススメします。

どのモデルを買うか迷った時にはバッテリー稼働時間を比べてみてください。特にGPS精度を落とした数値ではなく最高精度の数値を大事にしたら良いと思います。

少し情報です。

10月2日にSUUNTO9に新たなモデルが加わります。こちらはアメアスポーツからいただいたニュースリリースですがキャプチャを添付します。

現在のSUUNTO9 BAROは税抜き79,000円ですから、その上下10,000円のモデルが加わったということです。

10,000円高いTITANIUMモデルは機能は変わりませんが、5gほど軽くなります。もちろん見た目も変わりますが、現在発売中のSUUNTO9 BAROとどちらを選ぶかは好みです。

スタンダードモデルのSUUNTO9は高度・気圧センサーが省かれます。この機能は正確な高度を計測したり、気温を計測してくれるので私は欲しい機能ですが、さほど必要としない方もいるでしょう。ロードのウルトラマラソンメインでとにかく長時間バッテリーが稼働し軽く(81g→72g)安い方が良いという方にオススメします。

その5に続きます。

うつくしま、ふくしま。ジャーニーラン122KM完走⑤〜終盤の復活を支えたアスリチューン〜



うつくしま、ふくしま。ジャーニーラン122KM完走③〜レース展開後半〜

うつくしま、ふくしま。ジャーニーラン122KM完走②〜レース展開前半〜

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そのような心身ともにキツイ時間帯には、平塚12時間走や信越五岳100マイルを走っているウルプロメンバーはきっと頑張っている。順位はともかくゴールして自分も頑張ったと思えるレースにしたいと、その時できることをして一歩一歩ゴールに向け走りました。

CP3からCP4も一向に復活しそうになく、この辺りは走る時間より歩く時間の方が長かったように記憶してます。

順位を落としてCP4の智恵子記念館前には10位で到着しました。

残りは30km切っているので完走はできるけど、心身ともにキツイ状況で、かつ夜があけ気温が上がりはじめてきました。

途中で私を抜いていったランナーとほぼ一緒にエイドを出ると少し話しました。その方は私以上にキツそうでペースは遅いけど頑張って走っていました。

私が走ると一気に差は開くのだけど、キツくなり歩くとまた追いついてきました。このあたりは、そんな抜きつ抜かれつを繰り返していました。

序盤・中盤でいろいろトラブルはあったとはいえ、レース前に16時間くらいで走れると思っていたのに、この調子では18時間くらいかかりそうと情けない気持ちになってきました。

もちろんタイムや順位を狙うレースではないけど、その言葉に自分は甘えすぎているのではないか?と自問自答しました。

楽しみ方は様々だけど、キツイこと・辛いことから逃げ、自分自身頑張ったと思えないなら、完走しても嬉しくないという気持ちが徐々に強くなってきました。

その時の気持ちは、

このままでは終われない!!

でした。

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CP4を出て4kmくらい(スタートから100km付近)にかなり傾斜のキツイ登りが見えてきました。頂上までは結構長い。

普通ならウンザリする場面ですが、その時は「この上り坂最後まで走ってやる!」と思ったのです。

いつもウルプロメンバーに伝えている言葉を、自分自身に話しかけて傾斜を登ると、思ったよりグイグイ進む。しかも歩くのと苦しさはたいして変わらない。

徐々にスピードは上がり、自分でも驚きの速さで登り切りました。振り返ると、一緒に坂を登りはじめたランナーはまだ半分も登り切っていなかったのです。

まだまだいける。

いや、いかなくてはならない。

順位的にはその時点で9位だけど、8位以前の選手はCP4をかなり前にスタートしているから追いつくのは難しい。その時は少なくとも一桁順位でゴールしたいと思いました。

その後、完全に復活したわけではなく、気温上昇もあり垂れる場面はありましたが、その度にあの看板まで走ろう。あの坂の上まで走ろうと決めました。

その後、視界に3人のランナーが見えてきました。最初は252kmか122kmか分からなかったのだけど、接近するとなんと全員水色のゼッケン(122km)でした!

一気に抜かすと、そのペースを落とさずにしばらく良いペースで走り続けて見えない位置まで差を広げました。

3人抜いたということは、9位だったから6位に浮上したのです。

入賞が3位までか6位までか分からないけど、なんか気持ちがポジティブになってきました。

順位を狙うレースではないと思いつつも、自分自身の気持ちを奮い立たすためにはこのような刺激が必要でした。

CP5 JR本宮駅(108km)で暑さを解消するためにトイレの水道で頭や首筋を濡らしてすぐにスタートしました。

さすがにこれより前のランナーに追いつくとは思っていませんでしたが、しばらく走りCP6の鹿嶋神社入口手前2kmくらいにあるコンビニで122kmのランナーに追いつきました。

その後すぐその選手を抜きましたが、内臓は相変わらず気持ち悪く吐き気でうずくまってしまいましたが、何も出ない。。

もう10km少し何だから頑張るしかないのです。

5位に上がり、そこから郡山市街に入ると信号待ちが長くなり、ストップアンドゴーの繰り返しになりましたが、まさか後続との差を気にするような展開になるとは思ってもいませんでした。

ゴールが近づいてくると、これからさらに先に進む250kmのランナーとすれ違いはじめました。

彼らはまだ中間点にも達していないのです。。

そしてまねきの湯に到着しました。

記録証をもらうとなんと4位!?

その後到着した5位の方と話をすると、どうやらコンビニで休んでる間に抜いたようです。

館山代表からは入賞は3位までだから惜しかったですね。と言われましたが、10位から4位まで引き上げることが出来たことで満足です。

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今回スィッチが入ったのは100km手前の上り坂です。そして、その流れで青色ゼッケンの3人が視界に入ってきた時です。

そこからの走りは自分自身頑張ったと思いますが、実はその前の走れない時間帯に、諦めず回復を信じて出切ることをコツコツとしてきたから、そのスィッチオンに繋がったのです。

しかしこのようにほとんど平らな箇所がない結構キツイコースでした。また距離は122kmとありますが、距離が正確に測定できるSUUNTO9で129kmくらいありました。それはルール上で歩道がある箇所を走り、歩道がない箇所は右側を走ることになっているので、結構右に左に移動するのと、コンビニ休憩などで距離をロスしたこと。そしておそらく122kmは平面距離であり実際はアップダウンがあるのでSUUNTO9で計測した129kmに近い距離だったと思っています。

その4に続く

うつくしま、ふくしま。ジャーニーラン122KM完走④〜 SUUNTO9のルート機能の精度とバッテリー稼働時間〜



うつくしま、ふくしま。ジャーニーラン122KM完走②〜レース展開前半〜

うつくしま、ふくしま。ジャーニーラン122km完走①〜レース結果〜

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書きたいことはたくさんあるのですが、中々書く時間がないので、概略や記憶に残ったことを書きます。

レース序盤は走っている時はキロ6を切る程度で信号待ちなど入れて平均キロ7をイメージしていましたが、スタートしてしばらくは先頭集団で走りました。

理由は走行中もキロ5程度のさほど速くないペースだったことと、地元ランナーもいたのでロストの心配なく進めることをメリットと考えたからです。

10kmくらいで信号にかかり、先頭集団から離れた後も数人で進みCP1には予定より20分以上速く到着しました。信号待ちなど含めるとキロ6を少し切る程度のペースですが、暗く狭い凸凹のある歩道なので実際のスピードより速く感じました。

またその路面状況が原因なのか15kmくらいで脚に張りが出てきましたが、その痛みはその後なくなりました。

誤算だったのは蒸し暑さでした。

昨日から都内近郊はぐっと気温が下がりましたが17、8℃です。冬なら暖かい気温も暑さになれた身体にはかなり厳しいです。

レース前に現地の天気予報を調べると夜中は雨で気温は17、8℃でした。ちょうど今くらいの気温で雨。さらに峠越えがあるので身体はかなり冷えると考えウルプロウェアの下にアンダーウェアをきました。またレインウェア上下や手袋などもザッグに入れていました。

その予報は大きく外れて、深夜になっても蒸し暑さは続き、汗が止まらず体温が上がったままでした。

スタートして暑いからアンダーを脱ごうか迷いましたが、すぐに冷えるだろうと脱ぐのをやめたのは判断ミスでした。

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また、ザッグにモノを入れ過ぎ、さらに詰め方が悪く右の肩甲骨辺りが痛くなってきました。

CP1からCP2の26.9kmはコンビニのない峠区間になることから水切れを防ぐために1000ccのドリンクを持ってCP1を出ました。

スタートからCP1まで400cc程度の使用量だったので、500ccで行けると思うも念のために多めに持ちましたが、蒸し暑さから喉が乾きドリンクを飲み過ぎてしまいました。CP2についた時点でほぼ1000cc使い切ってしまっていたのです。

それが原因で途中から少し気持ち悪くなってきました。軽い低ナトリウム血症だったのでしょうが、その時はそれに気付かず経口補水パウダーを使わずに徐々に悪化してきました。さらにそれが原因か単なる睡眠不足が原因か、睡魔に襲われはじめて走る気力が徐々に奪われ始めました。

不調のキーワードとしては、蒸し暑さ、気持ち悪さ、睡魔、背中も痛みです。

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CP2の到着順位は8位

そこで、館山大会長から良いペースだと言われましたが、まだ半分も走っていないことと、上記で書いたような状態だったことから気が重くなってきました。

エイドではカレーラーメンと、カレーライスを少しづつ食べることができたので、まだ胃は完全にはやられていませんでした。本格的に気持ち悪くなったのはその後です。

また、背中の痛みをなんとかしようとエイドの長椅子に寝て背中のストレッチをしましたが、すぐにはよくならない。自分の手が届けば凝りをほぐせるのに。。と焦ったい気持ちになりました。

CP2を出て、食べたものが胃に馴染むまでは歩いたり軽く走ったりしましたが、胃のムカムカがおさまらない。

下りになってからも胃が揺れて気持ち悪くなるので長く走っていられず歩く時間が増えてきました。

この辺りもホント蒸し暑かく、寒くなる気配は全くないので、面倒だけどアンダーを脱ぎました。

アンダーを脱いだら多少涼しくなったので、蒸し暑いと感じた時点で早めに脱ぐべきでした。これは失敗でした。

また、背中の痛みを緩和したいとザッグから少し荷物をとりだして、nakedウエストバンドの腰に移しました。すぐに効果は出なかったけど、それ以上悪化することは防ぐことができました。

CP3の福島駅まではホント長かった。

今年は例年出ているチャレンジ富士五湖とサロマ湖以外に、川の道フットレース254kmとみちのく津軽ジャーニーラン188kmを走りましたが、どちらも身体トラブルにより中盤から先は全部歩きました。またレース後しばらく歩くのも不自由な状態になってしまったので、今回はそのようなことにならないよう考えていたのに、また同じようなレース展開になっていました。

そのような心身ともにキツイ時間帯には、平塚12時間走や信越五岳100マイルを走っているウルプロメンバーはきっと頑張っている。順位はともかくゴールして自分も頑張ったと思えるレースにしたいと、その時できることをして一歩一歩ゴールに向け走りました。

レース展開後半に続きます。

うつくしま、ふくしま。ジャーニーラン122KM完走③〜レース展開後半〜



うつくしま、ふくしま。ジャーニーラン122km完走①〜レース結果〜

2011年3月11日に発生した東日本大地震、そして福島原発事故により多大な被害を受けた福島県。

その地震の衝撃は今でも脳裏に焼き付いています。

当時の私は損害保険会社に勤務していましたが、支払関連部署以外の日本中の社員を現地調査に動員し、被害に遭われた方に一刻も早く保険金を届けるための緊急対応をしました。

その時、私も災害対策本部の要員要請に手をあげました。なんだか居ても立っても居られなかったのです。

ただ、私が派遣されたのは東北の被災地ではなく、都内の対策要員として当時勤務していた西新宿の本社ビルのすぐ隣のビルでした。

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それから7年の年月が経ち、原発事故で大きな被害を受けた福島県を舞台にしたジャーニーランが開催されることを知りました。

毎年、この時期には信越五岳トレイルランニングレースに出ていて、昨年台風の影響によりコース短縮になった100マイルを走りたい気持ちもありましたが、今年は南相馬など甚大な被害を受けた場所がどれだけ復興してきたのかを自分の目で確かめたいとエントリーを決めました。

この大会のメインレースは250kmなので、どちらを選ぶか迷いました。最終的にレース日程から122kmにしましたが、私には122kmで十分すぎるタフなコースだったので正しい選択をしたと思っています。

土曜日18時に250km、122km同時にサンライフ南相馬をスタートし、山を越えて福島駅に向かい、122kmのゴールである郡山駅近くのまねきの湯まで同じコースを走ります。250km参加選手は122kmのゴール地点がレストポイントになっていますが、レースを終えてホッとしている選手が近くにいる中で、残り128km走るのはメンタル的にもかなり厳しいです。実際122kmでリタイアした選手もたくさんいますが気持ちは痛いほど分かります。

そんな観点からも250kmを完走した選手はホント強いと思います。

今回のレースについては書きたいことがたくさんあり過ぎて中々先に進めないので、読まれた方の参考になるかどうかの観点を優先して書くことにします。

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今回のタイムはレース前に16時間程度と考えていたので、16時間23分31秒のタイムはほぼ想定通りでした。

今回は普段の活動にプラスして、大会翌日に行われた健康運動指導士の試験準備や、宣伝会議編集・ライター養成講座の課題作成などに非常に忙しく、このレースに向けたコースチェックや装備の準備など手につかず大会前日に短時間で行いました。

その際に地図や高低図をザッとチェックしてCP間の予想タイムを書いたものをスマホケースに貼り付けました。

タイムだけ見ると予定通りのレース運びに見えますが、実際は心身ともにさまざまな変化がありました。

区間ごとの予想タイムと実際のタイムをみたらよく分かります。

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START→CP1 中村城大手門 21.6km

2時間30分→2時間09分

CP1→CP2 霊山こどもの村入口 26.9km

3時間30分→3時間28分

CP2→CP3 JR福島駅 27.5km

3時間40分→4時間02分

CP3→CP4 智恵子記念館前 18.6km

2時間30分→3時間05分

CP4→CP5 JR本宮駅前 13.4km

1時間50分→1時間47分

CP5→CP6 鹿島神社入口 4.0km

30分→32分

CP6→GOAL まねきの湯 10.4km

1時間30分→1時間20分

順位は、CP2(8位)→ CP4(10位)→ GOAL (4位)です。

レース展開を短く書くなら、「序盤は速めに走り、中盤潰れかけて、終盤復活した。」でした。

レース展開はその2で紹介します。

うつくしま、ふくしま。ジャーニーラン122KM完走②〜レース展開前半〜



第3回 みちのく津軽ジャーニーラン 記事一覧

第3回 みちのく津軽ジャーニーランについて書いた記事などを一覧にまとめておきます。

263K:7月14日(土)17時 弘前公園東門スタート
188K:7月15日(日)6時 弘前駅前公園スタート

制限時間 263K:51時間 188K:38時間

第3回 みちのく津軽ジャーニーラン公式ページ

結果一覧

コース

以下は大会公式ページ掲載のルートラボのキャプチャー

188km

263km


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263kmスタートの様子(動画)

みちのく津軽ジャーニーラン188km〜即製の暑さ対策〜

灼熱のみちのく津軽ジャーニーラン その1〜ローテクとハイテク〜


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灼熱のみちのく津軽ジャーニーラン その2〜トレイルで転倒しヒヤリ〜

灼熱のみちのく津軽ジャーニーラン その3〜股擦れとの静かな戦い〜

灼熱のみちのく津軽ジャーニーラン その4〜スネの痛みの原因〜

灼熱のみちのく津軽ジャーニーラン その5〜残り距離・時間に潰されないように〜

灼熱のみちのく津軽ジャーニーラン その6〜準備が足りなかったこと〜


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灼熱のみちのく津軽ジャーニーラン その7〜そして188km完走〜

灼熱のみちのく津軽ジャーニーラン その8〜アグレッシブデザイン日焼け止めの効果と痛恨のミス〜

合わせてお読みください。

□川の道フットレース254km関連記事

2018年5月3-5日 川の道フットレース254km完走記 まとめ

□サロマ湖100kmウルトラマラソン関連記事

第33回サロマ湖100kmウルトラマラソン関連記事一覧

 



灼熱のみちのく津軽ジャーニーラン その8〜アグレッシブデザイン日焼け止めの効果と痛恨のミス〜

灼熱のみちのく津軽ジャーニーラン その7〜そして188km完走〜

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灼熱のみちのく津軽ジャーニーラン その7〜そして188KM完走〜 から続く

これで、みちのく津軽ジャーニーランについて終えますが、レース後全く走れず、昨夜のウルプロ練習会で久々に走りました。

走れなかった理由は、筋肉や筋など痛めたのではなく、左足首周りを日焼けでⅡ度のヤケドをしたからです。

レース翌日に脚を見たら足首周りにこのような水疱がたくさん出来ていて、浮腫みも酷く歩行が大変でした。

当初はケッズトレーナーでケアする予定でしたが、とてもそのような状態ではなく、自宅から近い整形外科に行ってきました。この病院は皮膚科もあります。

ここに前回行ったのは川の道254kmで右膝裏を痛めた後。。

その時も私が書いた問診票を見て、医者や看護師は驚くというより、呆れていたような気がしますが、またお世話になるとは 笑

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私は擦れにより水疱が出来たのかと思っていましたが、医師は一目見るなり、Ⅱ度のヤケドです。と診断。傷口から細菌が入らないように塗り薬を毎日塗るよう指示されました。また水疱はいずれ潰れるからとその場で潰す。痛いけど我慢してと言われたので、その場を見ないでじっと我慢しました。。

しばらくシャワー浴びる時もラップなどで包帯を覆うようし、また細菌が入らないよう注意してくださいと言われました。また翌日になってさらに痛みが出てきたら再度来てくださいと言われ診察を終えました。

翌日のウルプロ午後練に行くとメンバーの医師と看護師から細菌が入ることで発病する病気について注意喚起してくれた。

毎日ガーゼをとり、塗り薬を厚く塗って新しいガーゼを付けて包帯を巻くのだけど、初日は多少血も出ていて嫌な時間でした。徐々に血は出なくなり、また浮腫みも無くなってきて、痛みは治まってきました。

月曜日に薬とガーゼが終わったので病院に行くと、薄皮になってきたからもう大丈夫とのこと。

シャワーも浴びて大丈夫とのことで、昨日からランを再開したのです。

ここまではレース後の顛末ですが、整形外科でⅡ度のヤケドと診断された時はかなり驚きました。

なぜ、他は平気なのにそこだけヤケドするのか?

と実は半信半疑でしたが、医師が一目見ての断言だったので信じるしかありません。また塗り薬の成分を調べたら細菌が入らないようにするものが配合されたモノだからどちらにしても必要です。

なぜ、ヤケド??

とレースを振り返ると思い出してきました。

レース後にFacebookページには書きましたが、今回はひどい股擦れが起きましたが、その対処ができる前から左脛が酷く痛み始め、次第に両足足底が痛くなりましたが、その原因を考えると、電解質バランスの問題など何がしらの原因で足が浮腫んだのです。

レース翌日の浮腫みも酷かったけど、レース中から浮腫みが酷くなり、結果としてキツイシューズに長時間足を入れてる状態になり圧迫され血行が悪くなり足首周りが痛くなったのだと思ってます。

右足が痛くならなかったのは左足より0.5cm足が小さいからです。

そう考えると辻褄が合います。

それと日焼けがどう結びつくかというと、足首が痛いので、少しでも緩和しようと、脛にテーピングを貼り、またくるぶしまで覆っているソックスを折り曲げて靴の外側に被せるようにしたのです。鰊御殿で着替えた際もソックスを折り曲げていました。

顔から腕、脚までアグレッシブデザインの日焼け止めを重ね塗りしたから、レース中塗り直しはしてないのに、レース後の火照りなどありません。しかし、ソックスで隠れる部分には塗っていなかったのです。。

月曜日に医師からも、「今回は日焼けによるヤケドと浮腫みが原因ですね。」と言われました。ソックスをめくったのは痛恨のミスですが、着替えた時は夜であり日差しがことなど頭から離れ、とにかく脛の痛みを緩和したい気持ちからでした。また日焼け止めを塗り直すことも考えていませんでした。日差しが強くなってきてから「昨日と別の強い痛みが・・・」と書いたのは日焼けによる痛みが加重されたのです。

初日以上に日差しが強く感じた二日目に、肌を晒してずっと歩いていたのだから当然の結果でしょう。

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日焼け止めを塗ってない箇所はⅡ度のヤケドになり、アグレッシブデザインをしっかり塗った箇所は、塗り直しもしてないのにヒリヒリ感や火照りはないのですから、効果を自分の身をもって体感しました。

アグレッシブデザインについて詳細はこちらです

 

こちらは今回書いた記事の一覧です。合わせてお読みください。

第3回 みちのく津軽ジャーニーラン 記事一覧

 

また、2018年9月23日(日) 10:00~15:00に、今回のみちのく津軽ジャーニーラン主催者のNPO法人 スポーツエイド・ジャパンが、第二回紫外線対策セミナーを毛呂山総合公園 体育館 会議室で開催します。

私はそのセミナーの中で普段ウルトラプロジェクト練習会で行なっている効率よく走るための動き作りなど実践してもらいます。

定員は少ないのでご希望の方はお早めに主催者にお問い合わせください。

開催概要はこちらです。

第二回紫外線対策セミナー



灼熱のみちのく津軽ジャーニーラン その7〜そして188km完走〜

灼熱のみちのく津軽ジャーニーラン その6〜準備が足りなかったこと〜

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灼熱のみちのく津軽ジャーニーラン その6〜準備が足りなかったこと〜 はこのように終わりました。

この辺りは延々と真っ直ぐな道を進みます。周りは林檎の木か田んぼの単調な道が大半ですが、私はあまり気になりませんでした。コースアウトを気にする必要はないし、車道とセパレートされた箇所が多く安心して進めました。

CP8の「道の駅つるた」では、地元のランニングクラブの方が声をかけていただき、記事を読んで くださっているなどお話しいただきました。

あと32km。

 

そのあとの32kmが途方もなく長い道のりでした。

まずCP9の松の湯交流館まで20.9kmです。

CP8を9時26分にスタートして、CP9到着は14時38分ですから、この区間は暑さとの戦いでした。

スタート直後はコンビニが点在していたので、氷など購入していましたが、舟橋の交差点を左折して110号線に入ると自販機もなくなってしまい困っていたら、しばらくして場外馬券場のような建物付近に自販機を見つけ水を買うとキンキンに冷えていて、頭や首筋にかけると気持ちよかったです。

前話でCP8までは単調だけど安心して進める道だと書きましたが、CP9に向かう110号線はこの画像のように白線内側部分がほとんどない箇所や、白線の内側はすぐ側溝になっている狭い道なのに、大型車が結構なスピードで通過するので、怖かったです。

親切な車が多く、大半は、反対車線にはみ出して、ランナーとの間隔をしっかりあけて通過してくれますが、ちょうど反対車線から車がきて私の横あたりですれ違う時はそのまま通過せざるを得ないから結構近いところを通るのでヒヤリとしました。

白線の内側も凹凸があるので、疲れ切った身体では躓くこともあるので、この道は回避出来ないものかと、口にするランナーも多く、私自身もこの道通過時は不満たっぷりでした。

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境松駅までくると、もう2km弱でCP9です。

モノクロがぴったりの単線を通過すると、徐々に古い町並みが近づいてきました。

前話で書きましたが、コース上の街についても調べてなかったので、黒石が観光地であることも知りませんでした。

子どもの頃によく見たような町並みを楽しみながらCP9に到着しました。

名物の焼きそばをいただき休憩短めにスタートしました。その頃、足の浮腫みが酷くなったのか座ったりして動かないと、始動時が大変辛くなっていたのです。その足首の痛みと足底の痛みは昨日までの痛みと変わってきて体重かけると痛いレベルになってきたので、これ以上悪化させるわけには行かず、そもそも進むのが精一杯の状態になってきました。

途中まで歩きでも速い時だと時速7kmくらいで進んでいましたが、この辺りではそのような状態から時速4kmくらいの普通の歩きしか出来なくなりました。

時速7kmで歩いていると、走ってるランナーともさほどスピードは変わりませんが、この辺りでは私を抜いていったランナーは少しすると見えなくなります。

ゴールまであと10.8km

CP10までたったの4.9km。

ここまでくればもうカウントダウンだと思いましたが、ここからも強い日差しと高い気温に苦しみました。脚の痛みとちっとも進まない距離に嫌気がさし塀にもたれかかることもあったけど、日差しが強くてちっとも休めない。

CP10にようやく到着し、水分補給して、いよいよゴールを目指します。

たったの5.9km

この頃は、中々距離が進まないから距離は意識しないようにしました。

代わりに時間で考えるようにしました。あとゆっくりでも90分歩けばゴールに辿り着く。

しかし、時間で考えるようにしたら、今度は時間が気になりダメでした。。

さっき時計を見てから10秒しか経っていないとか何度もありました 笑

そんな笑い話みたいな状態でしたが、意識が半分飛んでいました。眠いのとは少し違うと思いましたが、実際眠かったのでしょう。

岩木山が遠くに見えました。

様々な位置から私たちランナーを見守ってくれた山です。

橋を渡っている時に、私の名前を呼ぶ声でハッと目が覚めました。呼びかけに答えると、私自身が誰で何のために今走っているのかを思い出しました。

今回は多くのランナーやボランティアの方と話しました。その一場面一場面良い思い出です。

ゴールはもうすぐ。

あと少し身体を運ぶだけで終了です。

ちょっと終盤は分かりにくい箇所あり、地図を調べていると車から大きな声で教えていただいたりしてゴールが見えてきました。

青森の方は温かい。

それが今回188kmの道のりで感じたことです。

ゴール時はとにかく早く身体を休めたい。ホテルのベッドに横になりたい。という気持ちだけでした。

もちろん、一晩寝たらゴール出来たことは嬉しくジワジワきましたが、ゴール時はそのくらい疲労困憊でした。

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今回は川の道同様、制限時間が緩いので後半動き続けることが出来ればゴール出来ることが分かっていたので故障するほどの無理はしないように進みました。それでも苦しかったです。

暑いから熱中症予防や、胃腸障害を起こさないように気をつけたので、最後まで胃腸の調子はよく食欲もありました。この点は上出来だったと思いますが、なぜ60km過ぎで左足首などに痛みが出てきたのかはレースが終わってから振り返りをすることで分かってきましたが、まさかこのようなレースになるとは思いませんでした。

終盤、足首周りの痛みが最初の頃の痛みと質が変わってきた理由も分かりました。

しかし、70kmで走れなくなりながら、この暑い中をよく118kmも歩いてゴール出来たと思います。

リタイアは一瞬も考えていませんが、とにかく時間が長かったです。

その6で書きましたが、ジャーニーランを楽しむために必要なことを今回気付きましたが、もっともっと楽しむ気持ちが大事だと思いました。

その8で、今回のトラブルの原因と現在の状況について書いて終わります。

灼熱のみちのく津軽ジャーニーラン その8〜アグレッシブデザイン日焼け止めの効果と痛恨のミス〜



灼熱のみちのく津軽ジャーニーラン その6〜準備が足りなかったこと〜

灼熱のみちのく津軽ジャーニーラン その5〜残り距離・時間に潰されないように〜

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灼熱のみちのく津軽ジャーニーラン その5〜残り距離・時間に潰されないように〜 はこのように終わりました。

だから残り60kmとは思わず、まずは7Aまでの10kmを目標に歩き続けることにしました。

その間、私に追いついてくるランナーと挨拶したり、しばらく一緒に話しながら進みレースを楽しみました。

初対面の方との話は面白く、話に夢中になり気づくと距離は進んでいる。と行ったことを繰り返しながら徐々にゴールに近づいて行きました。

空も徐々に明るくなってきました。

とても美しい色あいで、しばし目を奪われました。そしてまた暑さと日差しとの戦いが始まるのです。

 

同じタイミングで、太陽が昇る方向を見ると

なんだか凄いパワーを感じました。

この時まだ午前4時09分です。

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CP7の金木町観光物産館は137km地点で太宰治の生まれ育った豪邸の前にあります。

スタート前の説明会で館山大会長は太宰治のことをいろいろと話していました。

私自身、太宰治の本を多少読んだことはあるけど、どのような人生を送った作家なのかはよく知らなかった。そこで説明会後に行われた津軽三味線演奏の心地よい音に包まれながらスマホで太宰治について書かれたことを読んでみました。

そのような非常に浅い知識ですが、太宰治の生まれ育った家を目にするといろいろなことが浮かんできました。

この時、私はこの大会に出るにあたって準備不足だったと感じました。

それは練習や装備といったものより、ジャーニーランなのだから、自分が走る地についてもっと勉強しておくべきだったと思ったのです。

そのような感動や心の震えは単調なコースにあってはすごく大事なことです。

もちろん自分に興味のないことを調べる必要はないけど、地元の参加ランナーと地元の大会について話したりしたけど、今回のコース付近で開催される大会のコースとか調べたり、青森県の年間の気象データの推移だとか、昔は釣りが好きだったのだから、この川、湖、海にはどんな魚がいるとか調べておいたら、また違った188kmになったと思います。

 

CP7でカレー味のカップヌードルをいただいてから、CP8を目指しました。

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CP8までは約20kmで、そこまで行けば残り32kmとなります。

スタート前には2日目の暑くなる前にゴールする計画でしたが、思いっきり暑い中を通過することになりました。

時間的には休憩しながらでも歩き続ければゴールできますが、熱中症になったらアウトです。

このコースは一部を除いて、日差しを遮るものはなく直射日光を浴び続けざるをえません。

ジリジリと気温が上がり、日差しが強くなってくるのが分かります。

「暑い時は水分補給・塩分補給をしっかり!」といいますが、もちろんそれらは大事ですが、それと同じくらい体温を下げる努力が必要だと私は思っています。

初日走ったコース上にはコンビニがほとんどありませんでしたが、ここの辺りからコンビニが点在しはじめたので、氷を買って頭や首筋など冷やしながら進みました。

氷はコンビニ袋に半分移してそれを手に持ち、残りはジップを閉めてザッグのハイドレーションをいれる箇所に挟んで背中を冷やしました。

コンビニ袋は気密性が高くないので、氷の冷たさがダイレクトに伝わりやすく、また融けた冷水が垂れてきて身体を冷やしてくれます。

コンビニ袋の氷がなくなったら、ザッグに入れた残りの氷をコンビニ袋につめて、袋に残った冷水は飲みました。

多くのランナーが同じように体温上昇と戦っていました。

ずっと岩木山が見守ってくれました。

このような田んぼの中に今にも崩れそうな家が残っているのを幾度となく目にしました。ここに住んでいた家族はどこに行ってしまったのだろう?

後半はこのように股擦れした箇所に包帯を巻いたので、股擦れは悪化しないで先に進むことが出来ました。

この辺りは延々と真っ直ぐな道を進みます。周りは林檎の木か田んぼの単調な道が大半ですが、私はあまり気になりませんでした。コースアウトを気にする必要はないし、車道とセパレートされた箇所が多く安心して進めました。

CP8の「道の駅つるた」では、地元のランニングクラブの方が声をかけていただき、記事を読んでくださっているなどお話しいただきました。

あと32km。

その7につづく

灼熱のみちのく津軽ジャーニーラン その7〜そして188km完走〜



灼熱のみちのく津軽ジャーニーラン その5〜残り距離・時間に潰されないように〜

灼熱のみちのく津軽ジャーニーラン その4〜スネの痛みの原因〜

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灼熱のみちのく津軽ジャーニーラン その4〜スネの痛みの原因〜 はこのように終わりました。

もちろん、スネの痛みが出た時に、痛みを我慢して走ることはできましたが、まだ100km以上残っている時点で我慢し続けることはまず無理で、大きな故障に繋がる可能性もあります。当然リタイアになる可能性も大きくなります。

その時点で迷わず完走するために歩きに切り替えた判断は間違っていないと思います。

 

CP5の鰊御殿でシャワーを浴びて乾いたウェアに着替え、股擦れの箇所にはコンビニで買った包帯を巻いた。そして擦れ防止クリームなどを擦れそうな箇所に塗ってさらなるトラブルの予防をしました。

また、カレーライス、しじみ汁、すじこなどしっかり食べました。胃腸はまだまだ元気です。エネルギー補給はアスリチューン・ポケットエナジーのオレンジ味を使いましたが、最後まで美味しく飲めました。

鰊御殿を出て次のCP6までは真っ暗な道を進みます。

まだ80km以上ある。時速6kmの早歩きでも14時間近くかかる。途方もなく遠い距離です。。

電車で寝過ごし25kmくらい歩いて自宅に帰ったことはなんどもしているが、その3倍以上。。この調子で歩いたらどれだけかかるのか??

脚が痛いとか、眠いとかもあるけど、残り距離と、その距離を移動するに要する時間を考えると押しつぶされそうになってきました。

私はヘッドライトとウエストライトを併用しましたが、足場の悪いトレイルではなく、またスピードも遅いのでそれほどの明るさは必要なく片方だけ使いました。

ヘッドライトを付けると虫が顔にぶつかってきて気持ちが悪いので、大半はウエストライトを使いました。ふと、どのくらい暗いのかを確認するためにライトを手で覆うと一瞬で光のない世界に変わりました。

光のない闇にすっぽりと自分が同化するとなんだか不思議な気持ちになりました。前後左右上下などが不意になくなり自分も闇の一部になったのです。

自分はこのまま消えてしまうのか?などという気持ちと、静寂とあいまって静かな眠りについているようでもありました。

目を瞑っているわけでもないのに、現実と夢のボーダーがあやふやに感じます。

闇に怖れを感じる時もあるけど、この時は安らぎに包まれました。そのままこの安らぎに安住したいが、ライトを付けて先に進むことにしました。

今、自分は非日常を楽しんでいるんだ。と強く実感しました。

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まだ80kmもあるのではなく、もう80kmでこの旅は終わってしまうのです。

そう考えるとレース前に自分自身考えていたことが思い出されました。

美しいと思った時は止まって写真撮ったり、地元の方を含めてたくさんの方と話そうと考えていたのではないか?

序盤こそそんな気分でいたのに、いつのまにか前を走るランナーや、後ろを走るランナーのことばかり気になっていた・・・。

そんなことを考えている時に、私に追いついてきた263kmのランナーと出会い、しばらく話で盛り上がりました。それまでは中々距離も時間も進まなかったのが気付くと1km、2kmと進んでいるのです。

まさに一期一会。

その方とCP6まで一緒に進んだ。非常に分かりにくい場所だったので、一人だったら素通りしてしまったかもしれません。

少し睡魔が出てきましたが、寝ることでそれまで動けていたのが動けなくなるリスクはあるけど、激しい睡魔により道端で寝ることになりかねないので、短時間横になることにしました。

スマホのタイマーを30分後にセットしてすぐに夢の世界に落ちる。。

タイマーがなり目は覚めるが、短時間三度寝してから準備を始めました。

左足首や、両足底も動き始めは痛く、歩けるか心配になりましたが、少し歩くと馴染んできました。

休んでも痛みは取れないことは分かりました。だったら歩いてゴールに近づくしかありません。

6Aからゴールまではだいたい60km。

まだまだ遠いが、次の7Aまでは10kmくらいで、そこからはだいたい20km、20kmと進めば残り10kmになります。

残り10kmになればもうカウントダウン開始です。

だから残り60kmとは思わず、まずは7Aまでの10kmを目標に歩き続けることにしました。

その間、私に追いついてくるランナーと挨拶したり、しばらく一緒に話しながら進みレースを楽しみました。

初対面の方との話は面白く、話に夢中になり気づくと距離は進んでいる。と行ったことを繰り返しながら徐々にゴールに近づいて行きました。

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空も徐々に明るくなってきました。

とても美しい色あいで、しばし目を奪われました。。

そしてまた暑さと日差しとの戦いが始まるのです。

その6に続く

灼熱のみちのく津軽ジャーニーラン その6〜準備が足りなかったこと〜