カテゴリー別アーカイブ: リカバリー

レース直後からのケアにより今回は回復早そうです。

まだ自分自身のサロマ湖ウルトラのレースについて書いてませんが、昨日は錦糸町近くのハイアルチリカバリーで疲労抜きをしてきました。

今回はウルトラマラソン走った後にしてはダメージが小さく早めに回復しそうです。

毎週水曜日は練習会が2回あるので、ある程度走れるようにしとかないといけないので、レース直後からリカバリーをしっかりしました。

その内容を簡単に書くとこんな感じです。

・レース直後は配布された氷で膝まわりをアイシング

アスリチューン・スピードキュアをすぐ飲む(寝る前にも飲んだ)

・宿に戻ってから無理に伸ばしすぎない程度にストレッチ

・朝晩毎日4粒づつ飲んでいるCC(Catalyst Conditioning)を5粒に増量

CCP(Catalyst Cardio Performance)は通常通り朝6粒

・微弱電流(マイクロカレント)を発生する機器を使用

・宿の近くの温泉に浸かる。

・月曜日に自宅に戻ってからも痛くない範囲でセルフストレッチ

そして、昨日は恵比寿のケッズで身体のケアをするとともに、錦糸町のハイアルチリカバリーで低酸素トレーニングしてきました。

<スポンサーリンク>


ダメージにはいろいろ種類がありますが、指先や足裏など靴擦れしちゃうと歩くたびに痛みが出ることでバランスを崩していろいろおかしくなってしまいます。

今回のレースは体温を下げるために水かぶりをしたり、雨に降られたことからソックスやシューズは濡れましたが靴擦れはありません。

それは擦れ防止クリームを塗るだけではなく、愛用しているアールエルのメリノウール五本指ソックスのおかげです。

足底もこんな感じで、靴擦れなどありません。

昨日のトレーニングはアールエルの紙素材を織り込んだソックスを履きました。少しザラザラ感があり固めですが気持ちよく感じました。

<スポンサーリンク>


低酸素トレーニングルーム内では負荷をかけすぎないように基本ウォーキングをしました。前回と同様骨盤を左右に動かすだけではなく、上下に動かすようにしましたが、股関節周りの張りが強くうまく動きません。

今回は接地時間を短くするなど試してみましたが、そもそも身体の動きが良くないから、前回のようにスムーズにスピードは上がりませんでした。

動画はこちら

<スポンサーリンク>


その後、ゆっくりジョクしてから少しだけスピードを上げてみました。

股関節などが、まだまだ固いので、無理しないようスピードを抑えて走りました。

動画はこちら

意識したのは腹回りに力をいれることです。最近この辺りはだいぶ定着してきました。

今週1週間は負荷の高い練習はしないで身体の様子をみますが、100km走った2日後にここまで動けることは嬉しいです。

41歳直前にチャレンジしたフルマラソンは4時間56分かかり制限時間直前にゴールしましたが、1週間は日常生活も不自由だったことを考えたら変われるものです。

次のみちのく津軽ジャーニーラン188kmまで3週間を切りました。しっかりリカバリーしてチャレンジします。

また、昨夜は、急遽、サロマ湖など走ったウルプロメンバーに声をかけて大会の振り返りなどしながら飲みました。メンバーの走りについては別に書きますが、サロマ湖は大半のメンバーがPBでした。このようなメンバーとの懇親は心のリカバリーになっています。

ウルトラプロジェクト練習会日程はこちらです。今月はあと4回あります。



ウルプロメンバー体調不良や故障を乗り越えて100km超トレイルレース完走 後編

ウルプロメンバー体調不良や故障を乗り越えて100km超トレイルレース完走 前編

前編より続きます。

<スポンサーリンク>


□フォーム改善で何が変わったか?

一言で表すなら、いい意味で「手抜き」できるようになりました。

以前はカタチよく決めたいと、特に肩周りを中心にガチガチになっていました。常に力が入っている状態ですから、スタミナをあっという間に消耗。これでは長い距離持ちません。スピード練習等での後半失速も、この辺りが原因だったように思います。


(2年ほど前のランニングフォーム)

練習会で教えていただくことをすぐに体現することはむずかしい。過剰な意識で力み過ぎてしまったり、そもそも解釈が違う方向であったりします。

最近飲み込めるようになった「ヒザを前に出す意識」も、実は1年前にも教えてもらっていたこと。その時の解釈レベルでは飲み込めなかったことが、1周回って1年後に理解できるようになりました。引き出しにきちんと言葉をしたためておくと、どこかでふと生き返ることがあるから面白いですね。

いまは昼の練習会で動画を撮ってもらえるので、教えてもらったことが落とし込めているか?サブスリーをする人との違いはどこにあるのか?など、じっくり検証することができます。ここはうまくいったけど、ここの意識が落ちてしまったなど、気づくこともできます。

まだまだダメなフォームではありますが、かなり力を抜いて走れるようになり、少なくとも故障を誘発するようなフォームにはなっていないと自負しています。フォームが整えば、追い込む練習も可能になる。練習をしっかり積む礎になるのは、何よりフォームなのではないでしょうか。

 

入会当時の北沢さんのフォームは、上記モノクロ画像のように肩甲骨を寄せるイメージが強く、上体に力が入ってしまい、また膝や太ももを高く持ち上げなければならない意識が強く、見るからに一生懸命走っているフォームでした。

昨年から午後練に定期的に参加するようになり、自分自身のフォームを客観視するようになってきました。身体の力を抜いて楽に走った方が逆にペースが上がることなど体感することで、そんなに一生懸命走る必要はないことに気づいてきたようです。練習前には練習で意識すべき点を明確にし、練習後には動画をみながら振り返りをする。その繰り返しをする中で、徐々にリラックスしたフォームに変わってきました。

<スポンサーリンク>


□フォーム改善はトレランでも効果を感じた。

練習会の動きづくりでよく聞く「身体の真下への接地」。トレイルの下りで安定した接地は必須。今回の大会でも、つまずくことは何度もありましたが、転倒は一度もありませんでした。(それまではいつも一度は転んでいました。)

直前の練習会で教わった「足を下す意識」や「ヒザを前に出す意識」は、登りをラクにしてくれます。足を上げるもも上げのような形で登ろうとすれば、すぐにスタミナ消耗。足が終わってしまいます。

この走り方なら、足で蹴ることが少なくなり、ふくらはぎを使わなくて済みます。今回のレースでも、ふくらはぎの攣りとは無縁でした。

<スポンサーリンク>


 

□ウルプロとはどんなランニングクラブか?

ウルプロは「考えさせられるクラブ」です。

ただ走り込むだけのクラブはたくさんありますが、フォームやその練習の意義までよく考えるようになりました。なぜ自分は故障するのか?なぜベストが出ないのか?仲間はどうしてベストが出せる?そこの溝はどこにある?

大きな故障をして2年間、どんな距離も過去の自分を超えることができず、ランニングをそもそも辞めようとさえ思った私ですが、走れない期間に何をやればよいか考えた結果が、いまようやく少しずつ芽生えはじめているような気がします。

周りの仲間は自分以上に真摯に考える人がいっぱい。いろんなアドバイスや刺激をくれます。

このクラブには、たくさんの気づきのヒントの言葉が溢れていて、それを自分の中で消化する作業が、いまの楽しみのひとつです。

また、今は、自分の気づきは共有したい。と思っています。 以前は自分がよければいい、自分が出し抜かないと、みんなには追いつけない、みたいな姑息な思いが少なからずありました。

いまはみんなでサブ3、サブ10したい(人によって達成できるペースは違いますが)と思ってます。 この辺りが、故障して得られた大きな変化かもしれませんね。

 

効率的に走れるフォームを身に付けようとウルトラプロジェクトに入会した新しいメンバーに、北沢さんは優しく接していただいています。

午後練では、動きをアドバイスする→実際に動く→動画をみる→どのように動いているか?どうしたら良いか?を話してもらう→アドバイスする・・・を繰り返していますが、北沢さんは、理解できていないメンバーがいると、さりげなくそのメンバーが気づけるようなヒントを加えて伝えてくれます。

北沢さんのフォームをみて、そして北沢さんが意識している点や、気づきの発表を聞いて、ヒントになったメンバーは多数いるでしょう。

その北沢さんが3月の板橋シティーマラソンで自己ベストを更新した時、ゴール地点でガッチリ握手をしましたがホント嬉しかったです。それは私だけではなく北沢さんの苦悩や努力を知っているウルプロメンバーは皆同じ気持ちだったでしょう。

北沢さんも書いていただいていますが、ウルトラプロジェクトは闇雲に走りこむランニングクラブではありません。自分には何が足りないのか?どうしたら良いのか?など上達する過程を含めて楽しめることができるランナーが集まっています。

ウルプロメンバーの活躍はこちらに掲載しております。合わせてお読むください。

また、練習会日程はこちらに掲載しております。参加ご希望の方はFacebookページにてお問い合わせください。



ウルプロメンバー体調不良や故障を乗り越えて100km超トレイルレース完走 前編

ウルトラプロジェクトの創成期から在籍している北沢さんが、故障や貧血を乗り越えて、目標にしていた100kmオーバーのトレイルレースを素晴らしいタイムで完走しました。また3月の板橋シティマラソンでも自己ベストを更新しました。

<スポンサーリンク>


ウルプロには、驚くようなスピードで順調に伸びてるメンバーもいれば、北沢さんのように様々な苦悩を乗り越えて伸びていくメンバーもいます。

北沢さんの経験は多くの方の参考になると思ったので紹介させていただきます。

参加大会 トレニックワールド100mile &100km in 彩の国(100kmの部) 距離 106.3km  累積標高 6,065m
完走率 75%(出走者394人 完走者296人)
リザルト タイム 22時間33分37秒 総合43位 年代別21位

 

□今回のレースについて

「サポートしてくれたコーチ、家族、ファンのみなさんのおかげです!」

レース後、よくトップアスリートがコメントしますが、あの定型文、あながちウソじゃないと気づかされました。

応援しにきてくれる友だち、速報を気にかけてくれるSNS仲間、いつも激励をくれるコーチ、ボロボロの脚を治療してくれる先生、週末レースに出かけることを許してくれる家族…誰しもいるはずです。キツい時、足が動かない時、自分1人で戦っていたらすぐ諦める選択をしてしまうところだけど、こういう人たちのことを思い浮かべるだけで、次のエイドまで進む勇気と動機になる。

1人の選手としての器を広げるのは、自分の体を鍛錬することだけじゃない。自分をカタチづくってくれる周りの大切な人たちが、どれだけ多いかということも大事なんだ、と改めて気づかされたレースになりました。

<スポンサーリンク>


□100km以上のトレイルを完走したときの気持ち

3週間前にUTMF(富士山の周辺を走る100マイルトレイルレース)で選手サポートに入り、真近で見た友だちやその他の選手たちの奮闘に圧倒され、自分がとてもちっぽけなランナーに思えてなりませんでした。

自分が100km超のトレイルレースを走るのは初めて。これまでの最大は70km。試走もたった1/4しかできていない。噂に聞くこのキツい大会を、完走できるのかと不安100%になっていました。

この時100マイルを完走したチームメイトが教えてくれたのが、「レースの成否は90%が走る前に決まっている」という言葉。100%の不安を少しでも打ち消すために、事前の準備に勤しみました。

タイム・高低表の作成。ウェアリングのABCパターンの作成。効くと聞いた補給の購入。ドロップバッグのパッキング。ウルプロではおなじみのスマッシュウォーターで、1週間前から熱中症予防対策…などなど。UTMFのサポートで見たり学んだものを自分なりにアレンジして、刻々と迫る大会の準備だけはしっかり進めました。

ほぼ1日に渡るロングレース。天候、気温の大きな変化。それに伴う体の変調。それらを丸抱えして、すべてを受け止める余裕度がないと、動き続けることはできません。

実際、疲れと冷えから、突然動けなくなった時間、逆にそこで取り乱さず、たくさん抜かれても焦らずウェアを着込んで休んで、復活した時間もやってきました。

過去の戦歴と試走がない中、ウルトラセミナーで以前に教えてもらった、去年のリザルトでつくったタイム表が活きました。未踏の距離に至った後半、想定タイムより速く進んでいる好調さを受け入れ、完走目標に安寧せず、積極的に走り続けることができたのはこのタイム表おかげ。UTMFで見た友の激走には及ばないけど、自分なりに初100km超をチャレンジでき、想定タイムを上回ってゴールできたことは、大きな自信になりました。

 

<スポンサーリンク>


□故障・貧血に襲われた背景と対処法

当時は練習1つ1つ、大会1つ1つに一喜一憂しすぎていたように思います。いつも100%を求めていて、その時の体調や疲れを考慮せず、例えば設定タイムについていけないと、ものすごく落ち込んでいました。いま思えば自分が見えていなかった。

レースでもそうです。この大会でベストを出せるなら、その後故障してもいい!とさえ思っていました。みんな続々ベストを出している。自分も続かなきゃ情けないぞ!と。

そんな思いや偏ったプライドから、みんなと同じように、もしくはさらに激しい練習を積めば追いつける、負けないはずと、やりすぎていたように思います。

過度な練習は過去最大の故障(ヒザ内側痛)を招き、貧血も誘発。1年間まともに走れなくなり、以前のレベルに戻すまで、さらに1年を要してしまいました。

いまはもう少し大きな流れで、自分を見失わないように気をつけています。

とても役に立ったのが、疲労の「見える化」。自分は夜間勤務のため、ランニングをしていなくても疲労度が高く、さらにみんなと同じ夜の練習に出るには、ただでさえ少ない睡眠時間をもっと削らなければなりません。去年の秋から計り始めた「安静時心拍」で、いまどれくらい疲れているのかを知り、故障や貧血のリスクをできるだけ少なくすることができました。

ちなみに自分の場合は、

  • 70〜      :故障危険水域
  • 60〜69:疲れ最大(危険)
  • 55〜59:疲れ大
  • 50〜54:通常の疲れ
  • 40〜49:疲労なし 好調

自分にはどのくらいの練習量が適正なのか?やりすぎを抑えるだけでなく、逆にもう少しできたのでは?という指標にもなります。

実際、今回100km超のトレイルを走った週明け、月曜56→火曜50と思ったほど疲労度が高くないことを知り、水曜の練習会に参加しました。疲れて体が重いのは言うまでもありませんが、思った以上に走れたのは、この数字の示す通りでした。

大きな流れで、練習を途切れさせず続けられることが、何よりの走力アップへの近道だと思います。

 

北沢さんが貧血に悩まされていた時のことはこちらに掲載しております。合わせてお読みください。

男性ランナーも貧血にご注意を

□フォーム改善で何が変わったか?

一言で表すなら、いい意味で「手抜き」できるようになりました・・・。

 

後編に続きます。

ウルプロメンバー体調不良や故障を乗り越えて100km超トレイルレース完走 後編



故障を成長のキッカケにしたウルプロメンバー〜善光寺ラウンドトレイルでレースに復帰〜後編

故障を成長のキッカケにしたウルプロメンバー〜善光寺ラウンドトレイルでレースに復帰〜前編

<スポンサーリンク>



故障を成長のキッカケにしたウルプロメンバー〜善光寺ラウンドトレイルでレースに復帰〜前編 からつづく

□フォーム改善について


(午後練初参加時のフォーム)

トライアスロンのレース後に「(ランが)病的なフォームだね」と言われたことがありました 笑

ただ、スイムとバイクである程度満足できる順位にいけてしまっていたので、ランについては特に何も対策せず、悪いフォームであることも気にしませんでした。

ある時、たまたま自分のフォームを動画で撮ってもらったところ、あまりにもイメージしていた走りと乖離があり、ショックだったので、すぐにその動画を知り合いに送り何を直したらいいかを聞いたところ、「骨盤周りが使えていない」とアドバイスをいただきました。

その辺りの情報をネットで調べて出来る限りのトレーニングをしてみましたが、思ったようなフォームにならずかなり困っていたところ、ウルプロのブログを発見しました(ちなみにこのときは身体の柔軟性も重要ということは夢にも思わず、とにかく筋肉をつければいいと思っていた)

フォーム改善の記事をよみ、短時間でここまでフォームが変わるのか!と驚き体験をしてみようと決意。

体験練習の後、すぐに故障をしたため満足にフォーム改善の練習ができていませんが、まずは土台作りだと思い日々リハビリに励み、この土台がしっかりできあがったら、しっかりフォーム改善に取り組んでいきたいと思っています。


(リハビリ期間終了直前のランニングフォーム)

最初はピッチやストライドの意味もわからずウルプロに入会したが、新澤さんが色々と丁寧に教えてくださるので「走りのしくみ」について深く知ることができました。自分に足りないものもよくわかったので、これから少しづつ修正していきたいと思います。

<スポンサーリンク>


□善光寺ラウンドトレイル前の気持ち

ケッズスポーツマッサージの担当トレーナーから、善光寺に出てOK、と許可が出た時は本当に嬉しかった。それまでは、出るつもりだった古河はなももマラソンとハセツネ30kmを、立て続けにドクターストップによりDNSしていたので、すこしモチベーションが落ちかけていたときだったので余計にそう感じました。

レース1週間前ぐらいにやっと9kmちょっと走れたぐらいだったので、無理はしないように走ろうと思いつつも、調子がよければ、年代別ぐらいは狙えるかなと思っていました。

□レース展開とゴール時の気持ち

スタート時のポジションと、スタート直後のスピードに重点を置きました。

いつもスタート後の山道で渋滞に巻き込まれて無駄に足止めを食らっていたので、初めからできるだけ前の方にいることを心がけました。距離もそこまで長くないので、体力もそこまで温存しすぎることなく攻めましたが、下り坂は怪我再発が怖かったので、慎重に下りました。

スタート前は、完走できたら色々思い出して泣くかな〜と思っていましたが、いざゴールしてみるといつもと変わらず「辛いの終わった!」でした。

最後がかなりの下りで割とダメージが来ていたので「今はこれ以上の距離は無理だな」と感じるとともに、体力の著しい低下も目の当たりにし、また鍛えなおさなきゃならないとも思いました。

総合入賞できず残念でしたが、万全ではない中ではまぁまぁの満足感でした。

<スポンサーリンク>


□執筆者より

Rさんのケアを担当しているトレーナーは私も長い期間見ていただいてるトレーナーです。本人の了解のもと現在の状態など教えてもらっていますが、担当トレーナーから「真面目すぎるからか、やり過ぎちゃうのです。」という話は何回も聞きました。そのようなアスリート気質があるからトライアスロンで優勝するまでの力を付けたのでしょう。

これからどのくらい伸びるのか非常に楽しみなメンバーの一人です。

ウルトラプロジェクト練習会日程はこちらです。練習会参加ご希望の方はFacebookページのメッセージにてお問い合わせください。



故障を成長のキッカケにしたウルプロメンバー〜善光寺ラウンドトレイルでレースに復帰〜前編

故障やケガ、貧血などしないでずっと走れたら、それはランナーにとって素晴らしいことですが、これらは不意に襲ってきます。

そして、それらを理由に走るのを止めてしまう、もしくは止めざるをえないランナーは少なからずいます。

<スポンサーリンク>


今回は、故障をキッカケにランニングフォームを見直すなどしてレースに復帰したウルプロメンバーのRさんの取り組みなど紹介します。

Rさんはトライアスロンのオリンピックディスタンスのベストタイムは2時間16分台で総合優勝したこともあるトライアスリートです。

□故障する前の自分について

もともとトライアスロンがメインでしたが、去年からトレイルランニングにもハマりだし、本格的にランニングを強化しようと思っていたところで怪我をしました。ランニングの練習といえば、週末に10kmジョグをするぐらいで、スピード練習や距離を積むような練習はなく、月間走行距離も30~40kmでしたが、それでも年代別入賞などしていたのでその練習で満足していました。

また、身体のケアもあまり興味がなく、やり方もわからなかったので、痛いと思った箇所にはとりあえずサロンパスを貼りまくっていた程度でした。

□故障したキッカケ


(午後練初参加時のフォーム)

故障(腸脛靭帯炎)をしたキッカケは、サイズが合わないランニングシューズ(2cmも大きいシューズをおすすめされた)の購入、故障しやすいランニングフォーム、ケア不足の三拍子が揃ったことだと思います。

ケッズスポーツマッサージに通う前は近くの整骨院に通っていましたが、いつも必ずと言っていいほど、右の股関節の骨がきれいに抜けませんでした。今思うと、筋肉がガチガチに固まってしまっていたからですが、整骨院で少しストレッチをして骨が抜ければそれでいいと思い、家でのケアはほとんどしなかったです。今思うとこれが怪我の予兆だったかもしれません。

<スポンサーリンク>


□故障して気付いたこと

故障していろいろ気付くことができました。それはストレッチやケアの大切さや、身体の能力・可動域を100%使いきれていなかったこと。そして足の機能は本当によくできていることを知り、その機能を殺してしまうような生活を送っていたことに気付きました。

足のアーチなどが良い例で、生まれつき扁平足だからしょうがない、とりあえずソールを入れておけばいいと思っていましたが、きちんと鍛えていけばアーチを作れると知り、日々鍛えるようになりました。(考えるようになったきっかけは陸王と「Born to Run」という本です。)

また、リハビリ期間中に、身体の可動域が広がることにより、タイムが速くなることを実感しました。怪我でほとんど走れていないのにビックリでした。まだまだのびしろはあると確信しました。

さらに普段の食生活と、レース中の補給食についても考えるようになりました。身体の本来の能力を引き出すには、身体に良い物を摂取して身体の内側からもケアしてあげるとより良いということです。

故障するまではこれらホント基本的なことも知らなかったので、良い機会になったと思ってます。

<スポンサーリンク>


□どのようなケアやトレーニングをしたか?

ケッズスポーツマッサージで教えてもらったリハビリとストレッチを基本毎日(腸腰筋ストレッチ、内転筋、臀部の筋トレ、足首の筋トレ、など)おこないました。日々まとまった時間を取ることが難しかったので、朝のちょっとした時間や、会社のトイレでストレッチを行なうこともありました。特に、テニスボールとフォームローラーによるストレッチは入念におこないました。とにかく毎日根気よく続けました。こういったトレーニングはすぐに結果が出るものではないので、耐えるのが大変でしたが、絶対に良くなると信じてコツコツ続けました。

□フォーム改善について


(午後練初参加時のフォーム)

トライアスロンのレース後に「(ランが)病的なフォームだね」と言われたことがありました 笑

故障を成長のキッカケにしたウルプロメンバー〜善光寺ラウンドトレイルでレースに復帰〜後編 につづく

故障を成長のキッカケにしたウルプロメンバー〜善光寺ラウンドトレイルでレースに復帰〜後編

 



回復に向けての第一歩 低酸素トレーニング〜今できることを一生懸命する〜

川の道フットレース254km①〜完走してからも大変だった〜

川の道フットレース254kmゴールしてから1週間が経ちました。

寒さや睡魔に襲われ人気のない何か出そうな暗い地下道で仮眠をとったことや、初めて会ったランナーといろいろ話しながら歩ったことなど、すっかり遠い出来事になってきました。

<スポンサーリンク>


その後ウルプロ練習会が3回あり、パーソナルレッスンをしたり、来週開催のセミナーの準備などしてたら気持ちを切り替えざるを得ません。

今回も余韻に浸っている時間はほとんどありませんでした。

よく『何とかロス』という言葉がありますが、少なくとも今回の川の道ではそのような状態にはなっていません。

「来年もう一度254kmで納得いく走りをしたい」と、まだ走れないのにそう考えてるのがなんだかおかしいです。

さて、川の道のレースレポートは仕上げますが、私の現在の状況を少し書いておきます。

土曜日・・・254km完走後帰宅

日曜日・・・ケッズに行くも膝は熱を持っていて手をつけられないので他の部分をケアしてもらう。自宅に戻ってからアイシングを繰り返す。ストックを使っても歩行困難

月曜日・・・近くの整形外科でレントゲンやエコーを撮ってもらい故障ではないが、故障寸前だと分かる。引き続きアイシングをする

火曜日・・・曲がったままの膝が少し伸びるようになり熱が少し治ってきた。歩く分には支障がなくなる。ケッズで治療。

水曜日・・・午後練&定期練習会

木曜日・・・自宅でゆっくり過ごす。

金曜日・・・パーソナル&金曜織田練の前にケッズに行き鍼治療とマッサージ。だいぶ痛みはとれてきたが、まだジョグをする気にもならない。

土曜日・・・今日

<スポンサーリンク>


心肺機能を落とさないように錦糸町のハイアルチリカバリーに行ってきました。

自走式トレッドミルでウォーキングをしようとも思いましたが、今日はこちらにしました。

こちらは片足もしくは両足をバーにかけて、腕だけで漕ぐことができます。

最初は痛めた右足をバーにかけて左足と両腕で漕ぎましたがバランスを崩しそうなので、今日は腕だけで漕ぐことにしました。

最初は普段手脚で漕ぐような強度でやりましたが、脚が使えないと完全に上体の筋トレになってしまうので、少し強度を落としてやりました。

ハンドルバーを前に押す動作より、肩甲骨が動くように引く動作をゆっくり繰り返しました。

ただゆっくりだと、5分間ごとにSPO2を測ってもほとんど落ちないので、途中から負荷を少し軽くして素早く引くようにしました。

まずはケイデンスを100rpmを超えるようにして、1分間のインターバル(リカバリー40秒)にしました。ランニングだとピッチの方が理解しやすいので200spm以上です。

これを繰り返すと心拍数も向上し、5分後にSPO2を測ると、数値は低下してきました。

今日は心肺機能を高める練習と、上体の筋トレにしようと思い、さらにケイデンスを上げてトレーニングしました。

130〜140rpmで30秒引いて30秒リカバリーなど、いろいろバリエーションを付けました。ピッチで考えたら260-280spmですからかなりのスピードです。バーにかけた足の下で回転しているペダルにぶつかったらケガするな。。なんて思いました。

このように、脚は使ってないのに30分間でかなり汗をかくことができ、心拍数を上げ、SPO2を下げることも出来ました。

また川の道後、肩や背中の張りがあったのですが、素早く動かすことでなんだかスッキリしました。

その後、治療施設で痛めた右脚の治療をしてもらいましたが、来た時よりだいぶ良い状態になりました。

今回はただ低酸素ルームに入っているだけでも良いかな。なんて思ってましたが、いろいろ模索することで気付きもありました。

もうジョグは出来そうですが、焦ることはないので、今できることを一生懸命しようと思います。

<スポンサーリンク>


脚を故障した。故障寸前だ。だけど心肺能力を落としたくない。

という方はハイアルチリカバリーで低酸素トレーニングをしてからの治療はオススメです。

こちらは低酸素トレーニングの効果とメカニズムについてドクターランナーのアドバイスをもとに紹介した記事です。合わせてお読みください。

低酸素トレーニングの効果とメカニズム その1〜低酸素トレーニングの効果〜



牛田美樹(アスリチューンサポートランナー)骨折を乗り越えSTY優勝 その2

牛田美樹(アスリチューンサポートランナー)骨折を乗り越えSTY優勝 その1

前話では牛田選手が華々しく優勝した場面について紹介しましたが、今回は牛田選手が苦しんだケガとの戦いについて紹介します。


画像は牛田選手より提供いただきました。

<スポンサーリンク>


昨年8月に牛田選手がFacebookにこのような投稿をしました。

ZAOスカイランニングレースの公式FBでご存知の方もいると思いますが、8月22日(火)に山で転び、左肩から落ちてしまい、岩に打ち付けて、左上腕骨頚部を骨折してしまいました。人生初の骨折でもあり、戸惑いと悔しさと不甲斐なさでいっぱいでした。

大会に出場出来なくなり、大会運営の方々にはご迷惑をおかけし、申し訳ない気持ちです。

今は絶望感から少し前向きになろうと努力しています。走れる喜び、有り難さを、身をもって痛感しています。また、このような競技に怪我はつきものなのだから、落ち込んでばかりもいられないとも思います。

今季のレースはほぼ絶望的ですが、復帰に向けて今出来ることを、精一杯やっていきたいです。

<スポンサーリンク>


 

また、STYで総合優勝した直後に、牛田選手は当時のことについてこう語ってくれました。

「そのケガは、医師から全治3ヶ月と診断され手術は免れましたが、ZAO SKY RACE やハセツネ、ITJなど予定していたレースをすべて棒に振り、絶望感でいっぱいでした。」

 

昨年8月のこの投稿前に牛田選手から骨折についてメッセージにて連絡をいただきましたが、当然ながら絶望感と不安感に満ちているのを感じました。

そこで少しでも力になれることはないかと考え、同じアスリチューンサポートランナーであり、同じ群馬県に住む整形外科医の諏訪医師(sub2.5ランナー)を加えた3人のグループメッセージを作ることを牛田選手に打診したところ牛田選手からこのようなメッセージが届きました。

「骨折を早く治す方法やリハビリ、骨折中でも出来るトレーニングに関するアドバイスなどがありましたら、ぜひ教えていただけると有り難いです。」

 

実際に通っている医師との信頼関係は絶対ながら、不安や焦りなどを信頼できる専門家に相談することで少しでもそれらがなくなればリハビリに集中できると考えたからです。

実際、病院では医師は多忙であり、いろいろ聞きたいことも聞きにくい雰囲気があります。そのようなことを聞けるだけでもやるべきことは明確になっていきます。

その時のことを牛田選手はこう話しています。

「諏訪さんからの、リハビリのやり方はとても参考になりました。あと、やはり色々と疑心暗鬼になっている中で、同じランナーとしての視点からアドバイスをいただけたことが、ありがたかったです。」

 

そして、牛田選手は、病院に通う以外に、骨がある程度くっついてからは、針治療や脚力を最低限落とさないようにウォーキングを行い、山を走れるようになったのはケガから半年です。

<スポンサーリンク>


今回の優勝を諏訪医師に伝えた時にこう話してくれました。

牛田さんの優勝は自身の努力によるところが大きいと思いますが、ランナーとしてスポーツ整形外科医としてのアドバイスが少しでもお役に立てていればとても光栄であり、嬉しいことです。

ケガをしてしまうと体力や筋力が落ち、トレイルで大切なバランスも悪くなってしまいます。

そこで大切となる「骨折部に負荷をかけないように他の健康な場所に負荷を与えること」と「心肺機能を維持すること」に関するアドバイスをさせていただきました。

私がランナーのケガで重要視しているもう一つのポイントは〝メンタル〟です。

牛田さんは強いメンタルをお持ちだと思いますが、誰でもケガをすると落ち込みます。

それが生活習慣を乱したり、焦りを生んで復帰を焦り不完全なまま再受傷に繋がります。

ブランクも長くなってしまい、悪循環に陥ってしまうランナーも多くいます。

ピンチはチャンスという言葉もありますが、復帰した時の自分を鮮明に具体的にイメージして、そのために今できること今やるべきことに集中して精一杯リハビリすることで、心身ともに強くなり、牛田さんのようにケガを超えた復活をすることができるのだと思っています。

私もようやくゆっくり歩けるようになったところですが、急がず焦らず復活した自分をイメージしながら必死にリハビリを頑張ります。

またケガをしたランナーの気持ちの分かるスポーツ整形外科医として群馬県の陸上チームや駅伝強豪校のサポートも決まりましたので誠心誠意取り組みます。

『今できることを全力で』

牛田さん、本当におめでとうございます!

私も力と気持ちをいただきましたので、時間はかかってもアスリートとしての復活を目指します!

その時には一緒に走りましょう‼︎

 

実は諏訪医師は交通事故の被害者になり大きなケガをして現在懸命にリハビリを行なっているのです。諏訪医師にとっても牛田選手の復活とSTYという大きな大会での優勝は大きな力になったことでしょう。

最後になりますが、牛田選手の復活劇は私自身とても嬉しかったです。これからの活躍も期待しています!!



牛田美樹(アスリチューンサポートランナー)骨折を乗り越えSTY優勝 その1

アスリチューンサポートランナーの牛田美樹選手が、STY(92km D+4100m)において9:56’27″で優勝しました。

STY男子総合(大会ページより転載)

1位 2114 牛田美樹 Japan 9:56:27
2位 2103 Kevin Dutang France 10:00:42
3位 2131 町田知宏 Japan 10:16:07
4位 2172 Micheal Kabicher Austria 10:34:00
5位 3200 ONIFA Ray Jhon Philippines 11:05:04
6位 3201 Christophe Le Saux France 11:10:26

<スポンサーリンク>


(□全ての画像は牛田選手よりお借りしました。)

牛田選手は昨年骨折したあとリハビリを行い3月末からレースに復帰し、レースを重ねるごとに調子は上がってきていたようですが、92㎞は未知の距離であり、その距離に対する不安と、試走をしていない不安の中当日を迎えたと話しています。

今回はレース展開だけではなく、ケガから復帰までのことについても教えていただきました。

□イメージトレーニング

試走は仕事が忙しくてできず、コースマップと高低図を見てイメージトレーニングをしました。近くの山で、なるべく長く動き続ける練習を何度かして本番に臨みました。
<スポンサーリンク>


□レース展開

A1で5位。天子山の登りでトップに立つ。A2麓に向かうロードで2位集団(4人)に吸収され、A2は大杉選手とほぼ並んで到着。A2を出て再びトップに立ち、A3では単独1位。続くA4もトップ通過。ただし、すぐ後ろに2位の選手が迫っていて、A4を出てすぐ抜かれる。その後の鳴沢氷穴2㎞くらい手前でトップに立つ。しかし、鳴沢氷穴過ぎてすぐのトレイルでロストし、再び2位。その後の足和田山への登りで追いつき逆転。そのままトップでゴール。

今回、優勝できたのは、このように得意のバーチカル区間で、周りの選手のペースに合わせず、自分のペースを貫いたことです。

最後の足和田山の登りもかなり走れたので、長い時間を走る練習はそれほどしていませんが、米を背負って走る練習やバーチカルトレーニングの成果が出てきたのだと思います。

また後半のロードも快調に走れたのは、クッション性を重視して、シューズをTRAILTALON290にしたのが奏功したと思います。

<スポンサーリンク>


□走りを支えた補給

40分~60分にアスリチューン(ポケットエナジー)を摂取しつつ、その間に羊羹やグミなどを摂取しました。また麓と精進湖のサポートエイドではinov-8スタッフと妻が待っていてくれたので、他のエイドは全てスルーするかわりに、この2つのエイドでは、カステラやおにぎりなどしっかりと補給をしました。

終盤は内臓がやられ、72㎞地点の精進湖エイド手前でガス欠気味になり、足和田山以降のラスト約8㎞は本当につらかったのですが、序盤から中盤までしっかり補給したことで最後まで走りきれました。

□レースが終わって

骨折で苦しんだ約半年間のことを思うと、本当に奇跡だったとしか思えません。

約10時間、自分と向き合うことで、色々と課題も見つかりました。それを改善すべく、少し休んだら、また次の目標に向けて頑張っていきたいと思います!

 

その2では半年間走れずに苦しんだ怪我とリハビリ中のトレーニングなどについて紹介します。

牛田美樹(アスリチューンサポートランナー)骨折を乗り越えSTY優勝 その2



2/15 ハイアルチリカバリーで高地トレーニング

水曜日はウルプロ午後練、パーソナル、そして定期練習会としっかり動きました。

午後練

5kmビルドアップ×2 坂道ダッシュ

2/14 午後練 15分間走×2本+1000m+400m〜過去の午後練で一番キツかった〜

<スポンサーリンク>


定期練習会

動き作り 坂ダッシュ 15分間走×2 1000m 400m×2

2/14 ウルプロ練習会 5kmビルドアップ×2-3本+坂道ダッシュ

そして今日のウルプロ織田練が400m×10-12本のため、昨日は身体のリカバリーとして、錦糸町が最寄りのケッズスポーツマッサージ併設のハイアルチリカバリーで高地トレーニングをしてきました。

今回はトレッドミルは使わず30分間バイクを回し続けました。

あまり負荷を上げずに行いましたが、終盤に負荷を高めて思い切り40秒ほど一気に上げました。300ワットまで行きましたが、この負荷は筋トレでした。。

両手両脚を使い、肩甲骨と骨盤の連動を意識しやすいなど有効な練習だと感じています。

足首など故障した場合に心肺機能を落とさないように使うケースが多いとスタッフが話していましたが、ランニング中に骨盤や肩甲骨がうまく動かない方にもオススメです。

また今回も5分ごとにSPO2や心拍数を測りましたが、ほぼ自分の体感とズレなくなってきました。一番追い込んだ時でも80を切ることなく良い練習になりました。

<スポンサーリンク>


基本は地面を走るトレーニングが大事だと思っていますが、このようなマシンを使ったり、ゴムチューブで負荷をかけた筋力トレーニングだったりと、色々試しています。

私は4年前まで損害保険会社に勤務していましたが、その頃に比べると練習する時間は確保できるようになっています。月間走行距離を増やすことも可能ですが、極力走行距離は増やさないように効率性を求めて練習しています。理由は私が月に500-600km走って記録が伸びたとして、そのような練習時間を確保できる方はほとんどいないからです。期間を区切って走行距離を増やす実験的な取り組みはするかもしれませんが、可能な限り読者の参考になるような発信をするためにはそこは大事なことだと思っています。

こちらは前回のトレーニング後に書いた記事です。

ハイアルチリカバリーでバイクトレーニング〜心肺機能向上を目指して〜

<スポンサーリンク>




ウルプロメンバー苅谷さん別大でsub3達成!!②〜故障からのフォーム改善が一歩目だった 後編〜

 

ウルプロメンバー苅谷さん別大でsub3達成!!①〜故障からのフォーム改善が一歩目だった 前編〜

ウルプロメンバー苅谷さん別大でSUB3達成!!①〜故障からのフォーム改善が一歩目だった前編〜 から続く

<スポンサーリンク>



故障後の気持ちについても改めて思い出してもらいました。

これまでの人生で大きなケガというものをしたのことがなかったので、ケガに対してどう向き合えば良いのか、結構な戸惑いがありました。「スネの腫れぐらい、すぐに治る」と思っていたのですが、思った以上に痛みや腫れが取れず、徐々に焦る気持ちが出てきました。日光の後には、富士登山競走の5合目コースにエントリーしていて、「2018年には年間グランドスラムを達成したい」と思っていたので、時間をかけてしっかりと治したいという気持ちと、今年5合目コースをクリアしないと、年間グランドスラムの計画は1年後回しにしなければならないという気持ちで葛藤していました。富士登山競走の時には、スネの痛みや腫れは取れていたのですが、スネを治療していた期間中は全く練習を積んでいなかったため、規定タイム(2時間20分)をクリアできない結果となりました。季節は夏になっていたため、暑さの関係もあり、段々とランニングに対する気持ちが薄れていき、7月・8月は走る回数も距離も大きく減りました。ただ、秋以降のレースも既にエントリーはしていたため、夏の間は静養するという充電期間だと割り切るようにしました。

 

実際、故障が治り練習会に復帰してからも、調子よく走れたと思うと、痛みが出て走れなくなるを繰り返す状態が続いていました。

走力面では一進一退の状態ですが、メンタル面を含めたら一歩進んで二歩下がる状態だったと思います。

故障する前から苅谷さんのフォームはストライドが大きく特に脛に負担がかかるフォームでしたが、記録も順調に伸びているわけだし、苅谷さんが走りやすいフォームですから、この段階ではあまりアドバイスしませんでした。

苅谷さん自身もそれは望んでいなかったと思います。ただ故障してからは、そのフォームでは再び故障するのが目に浮かぶので、負担の少ない走りをアドバイスするも、その時は苅谷さんの耳にはやはり届きませんでした。

ただ苅谷さんは人の話は全く聞かないという頑固さではなく、自分自身が納得すれば取り入れる柔軟性は持っているので、私の伝え方が足りなかったのだと思っています。

<スポンサーリンク>


当時苅谷さんが感じていた正直な気持ちを教えてもらいました。

練習は積むものの、歯車がうまくかみ合っていないのをずっと感じていました。周りのランナーが着実に進化・成長している姿が羨ましくあり、「どうしてそちらの世界に自分は行けないのだろう?」と、自問自答してもうまく答えが出せませんでした。午後練で撮影するメンバーのフォーム映像はいつもチェックしていて、ずっと気になっていたので、「何か変われるキッカケが欲しい!!」という想いで午後練に参加しました。

 

練習しないと速くなれないし、練習したら痛みが強くなるなど、悩んでる苅谷さんと織田フィールドでたまたま2人になった際にストライドを小さくするようアドバイスをするのではなく、ピッチを上げるようアドバイスしました。そしたら本人が驚くほど楽に走れ、スネへの負担が小さいのを体感したようです。ただこんな力の抜けたフォームでスピードが出るのか半信半疑の苅谷さんにトラックをそのフォームで走ってもらったところ本人の体感以上のペースで走れました。

その後、午後練に参加し、フォーム改善に取り組むようになりました。その過程についてはこちらでも紹介しています。

フォーム改善で短期間で成長したメンバーの感想〜まずは体感・納得することが大事〜前編

その後、脚の状態は私もケッズトレーナーの担当者や、苅谷さん自身が驚くくらい急激に良くなってきました。これならつくばマラソンで3時間10分は切れるのではないかと思ったところ、本人からつくばマラソンを走るのはやめますと連絡がありました。日光ウルトラに強行出場した苅谷さんが、今は無理をしないでしっかり治すと決めたのです。

そして年始にエントリーしていた二日間で200km以上走る大会にも出ないことを決めるなど、別大マラソンに向けて準備をしていったのです。

足立フレンドリーで1時間28分台のPBを出した時点でも急激に伸びていましたが、その3週間後のハイテクハーフでは1時間24分台とまたジャンプしました。この時点でsub3いける!と本人も感じたでしょう。

それまで3時間19分台のランナーがsub3を狙うというと、まずは3時間1桁出そうよ。と普通は思いますが、苅谷さんの場合はつくばマラソン時点でその力はありました。そこからの伸びを考えたら十分届くと思いました。

<スポンサーリンク>


なぜこれだけ一気に伸びたか?というとシンプルです。

フォーム改善前

練習する→走力アップ→しかし痛みが出る→走れない→太りやすい→走力ダウン→モチベーションダウン

という負のスパイラルを持ち前の気持ちの強さで持ちこたえていました。

フォーム改善後

練習する→走力アップ→痛みが出ない→気持ち良い→走るのが楽しい→練習する→体重が落ちる→さらに楽に走れる→タイムが伸びる→モチベーションアップ

というように変わったのです。

ウルプロメンバー苅谷さん別大でSUB3達成!!③〜別大に向けての調整〜 に続く

ウルトラプロジェクト練習会日程はこちらです。参加ご希望の方はFacebookページのメッセージにてお問い合わせください。