カテゴリー別アーカイブ: 独り言

ウルプロ午後練と、Think clearly読んで感じたこと

今日は真冬並みの低温下の雨ですが、パーソナルレッスンして、午後練をしました。

ウルプロ練習会は基本雨でもやりますが、安全が確保できない、暴風や大雨などの警報が出るような時や、積雪時は中止にします。

イメージしやすいように書くと、マラソン大会が中止になるような天気かどうかを基準にしてます。

また、1月、2月の風邪やインフルエンザが流行ってる時期は免疫が低下して体調不良にならないように極寒の雨は中止にしてます。

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その観点では今日は中止にしても良い予報ではありましたが、走りたいメンバーがいたので開催しました。

特に午後練に参加するために会社を休んでいるメンバーもいるし、夜の練習会にしても水曜日以外は練習出来ない方もいるからです。

私自身も、会社勤めしていた時は、練習会に出るためにスケジュール調整などしていましたが、今日は雨だから仕事して、その分、翌日に走るなど調整が難しい時もあったので、多少の雨なら風邪ひかないように対策して走っていました。

今は時間調整は出来るので自分の練習なら悪天候時はスライドしますが、主催している練習会は可能な限り開催したいと思ってます。

その上でメンバーが参加するかしないかは、メンバーが体調やレース日程など様々な観点から考えて決めたら良いのです。

もちろん参加するならしっかり雨対策をするよう伝えていますし、雨に濡れる時間を短くするなど工夫はします。

また、雨の中を走らないと気付くことができないことはあります。どのくらい寒いのか?身体のどの部位から冷え始めるか?地面が濡れてると走りにどう影響するか?など経験になるし、どのような対策が必要かも分かってきます。

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今日の午後練はトラック走行は最後に走りを確認するために1000m走るだけにして、そこまでの1時間以上は雨に濡れない場所で動き作り、フォーム作りをしました。

3人のメンバーが普段意識しているが、よく分からないこと。繋がらないこと。考えてもいなかったことなど一緒に考えました。

今日からメンバーになった男性は、雨だから参加者も少なくいろいろ教えてもらえると参加した。と話していましたが、そのようにポジティブに考えることって大事だと思います。

今日動き作りをして、走ったことで、いろいろなことが繋がり、今まで気づかなかったことを気付けた。と話すメンバーもいましたが、そのようなメンバーの言葉を聞くと開催してよかったと思います。

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さて、昨日恵比寿のケッズトレーナーで治療したあと、2冊の本を買いました。

買おうと思って買いに行ったのではなく、行ったら自分の視界に飛び込んできた感じです。

平積みにしてもたくさん並んでいる中で、手にとった理由は、本屋さんが売りたい本を目立つスペースに置く戦略に乗せられたのかもしれませんが、同じくらい目立つスペースに置かれた全ての本を手に取るわけではありません。

なぜ手にとったのか?と言えば今の自分に必要な情報だと私のセンサーに引っかかったのでしょう。そしてペラペラとめくって読みたい本かどうか判断して2冊買ったのです。

その1冊がこの本です。

52の考え方について、統計学や心理学、リスクマネジメントの観点などを紐付けながら書かれたうち、まだ9章しか読んでませんが、この9章読んでこれは凄い気付きだ!と感じたことより、自分の生き方、考え方がなんだか肯定されて嬉しい。と感じたことがいくつかありました。

もちろん読んでも響かない文章もありましたが、自分自身の考え方を振り返り・整理する良いキッカケになりそうで、あと43章読むのが楽しみです。

私は本を読んで詰まらなくなると、最後までたどり着きませんが、この本は最後まで読めそうです。

私の記事を読まれている方は、この本面白い。と感じるような気がします。本屋で目に入ったら数ページ読んでみてください。

全部読み切ったら簡単なレビューを書きたいと思います。

さて、これから夜の練習会です。

当初は皇居前広場の予定でしたが、練習後、速やかに着替えが出来るように織田フィールドにしました。普段は水曜日の織田は混雑してるので使いませんが、今日は大丈夫でしょう。



探し物は既に自分の中に。

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24日から25日にかけて伊豆に行ってきました。直前に宿をとったので直前割引で泊まることが出来ました。

日頃から高い旅館などに宿泊しないので、毎回ちょっとしたことが気になり改善したら良いのに。なんて思ってますが、今回は細かいところまで気配りがきいている宿でした。

さてタイトルの「探し物は既に自分の中に」はなにかというと旅館でみた夢です。

どんな夢だったかというと、今は亡き父が出演し、実家付近の光景の中だったと思いますが、 その辺りは少し記憶が曖昧になったので肝心なことだけ書きます。

気付くと履いていた靴がなく、あたりを見渡すと交差点を渡った先に片足、逆の渡った先にもう片足がありました。

まず片足を取りにいき無事拾いました。そしてもう片足を取りに行くとあったはずの場所にないのです。探すも見つからない。

そんな時、もう片方は既に自分が履いていることに気づいたのです。

夢にはいろいろヒントがあると言われていますが、私は夢から醒めた時に、夢を覚えていたなら、なぜこの夢を見たのかを考えるようにしています。

いろいろな解釈はありますが、この夢(潜在意識)が今の私にアドバイスしてくれたのは、欲しいと思うモノや技術などは既に自分自身持っているかもしれないということです。

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5年前に損保ジャパンを早期退職してから、自分のやりたいことを形にするために足りないことを勉強してきました。

web構築技術、コピーライティング技術、スポーツプログラマー、陸連ジュニアコーチ、健康運動指導士、編集・ライティング技術など。

編集・ライター講座を一緒に受けた年代の近い方が、「次は何を勉強しますか?」と懇親会で話しているのを聞いて違和感を感じました。なぜなら私はカルチャースクール的な勉強のための講座を受けているのではなく、やりたいことをするために足りない技術があり、それを補うために講座を受けている(勉強している)からです。

そんなことを考えると、既にいろいろなことが自分の中にあるのです。

例えば健康運動指導士資格を取得する中で学んだことをアウトプットしているかと言えばほとんどしていません。

これもあれも足りないとインプットばかりしている自分に対して、自分の潜在意識が、自分自身の中にあることをもっとアウトプットした方がいいよ。って気付かせてくれたのでしょう。

もしかしたら、もっと単純に、ランニングシューズはもう履き切らないくらいあるから買う必要ないでしょう!と潜在意識が呼びかけたのかもしれません。昨日痛んだシューズは捨てましたが、下駄箱にあるランニングシューズを数えたら50足以上ありました。。笑

この画像はこの夢をみた翌日にスマフォで撮影しました。ちょうどその前週にプロカメラマンから撮影テクニックに関するアドバイスを受けた時に、写真を撮ることで何を伝えたいかを考えることが一番大事だという言葉が一番残っています。

これらの画像はそれを考えて撮影しました。

私の好きな画像は奥行きのある立体感のある画像です。先の見えない曲がりくねった道も好きですが、このように真っ直ぐ続き、先がほとんど見えないような狭い道も好きです。

なんで狭い道や曲がりくねった道が好きなんだろうと思ったら、それは先が見えないからです。

考えたら5年前に損保ジャパンを辞めたのも、60歳の自分が見えてしまったからです。

そんなことを夢が思い出させてくれました。

今年もいろいろありましたが、ランニングに関して目標にしている、毎年自己ベストも達成しました。

毎年自己ベストはフルマラソンなど距離に限らず、過去の自分を超えることです。その他もありますが、2015年は100kmで、2016年は24時間走、2017年も24時間走で自己ベストを出しました。

2018年は、悩まされた肩の痛みを解消したことから、自己ベストではないけど3年ぶりにサブ3復帰し、10kmで2回、そして1500mで自己ベストを出しました。短い距離でタイムが伸びたのは嬉しいです。また過去最長距離(254km)のレースを完走することが出来ました。

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それ以上にウルプロメンバーが、それぞれの環境下で過去の自分をライバルにして超えていくのをいつも楽しみにしてます。最近は自分のことよりメンバーのレースのことばかり考えています。自己ベストを更新したメンバーだけではなく、故障に悩まされているメンバーや思うように記録の伸びないメンバー、走ることがストレスになっているように感じるメンバーなど、それぞれどうアドバイスをしたらよいかなーと考える時間が増えています。

またパーソナルでは「初めまして」の方と対峙し短時間でその方のなりたい自分に近づけるよう取り組んでますが、変わっていく姿をまじかにするのはとても楽しいです。

昭和最後の年は就職の決まった大学4年生でしたが、30年後にこんな人生を歩んでいるとは想像も出来ませんでした。

ワクワクが止まらない。

何歳になってもそんな人生を送っていきたいです。

来年も引き続きよろしくお願いします。



10本目の金の鉛筆〜3年前の忘れ物が私の手元へ〜

金の鉛筆って、純金で出来た鉛筆でもなく、金箔を貼った鉛筆でもありません。

ただ金色の塗装がなされた鉛筆です。

すっかりこの鉛筆のことは記憶の底に埋もれていましたが、今日あることをキッカケで当時のことがいろいろ浮かんできました。

正確には3年2ヶ月ほど前のことです。その当時はまだ、ウルトラプロジェクトがなかったのだからなんだか不思議な気分です。

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金の鉛筆とは、宣伝会議コピーライター養成講座の受講生が、さまざまな講師から出された課題にチャレンジし、120人前後の受講生の中から上位10人弱の優秀者を選び渡される賞状のようなモノです。

半年40回の講義のうち課題は15回ほどですから、平均したら一人一本もらえるかどうかの金の鉛筆です。

宣伝・広告業界に就職する際、役員面接で何本もらいましたか?と聞かれるほど、その業界ではメジャーな鉛筆です。

優秀で柔軟性のあるクリエイティブな20代が数多く集まるこの講座で私はほぼ最年長でした。最初の頃はかなり場違い感がありましたが、最初の課題で1番を取ると若い方からいろいろ相談を受けるようになりました。講義の内容だけではなく、学生から就活についてや、若い社会人から上司についての相談などを受けたりしました。

開校式で10本取れたら一流だ。とその業界のメジャーなクリエイターが話していましたが、結果的に9本の金の鉛筆をもらうことができました。

その本数はクラスで最高の本数でしたが、10本に届かなかったことと、卒業課題で優秀作に選ばれなかったのが心残りでした。

当時のブログはこちらです。

宣伝会議コピーライター養成講座修了

3年が経ち、今日は半年間受講した宣伝会議 編集者・ライター養成講座の卒業課題講評と修了式でした。

この講座は100人以上の受講者が集まり、歴史のあるコピーライター養成講座とともに宣伝会議の看板講座です。

受講者は、プロのライターであったり、出版やメディア関係の会社で働いていたり、この業界に転職したいなど、とにかく書くことが好きな方ばかりが集まりました。

私はこのページに記事を書いていますが、文章を書くことについて体系的な学習をしたことなく、出版業界で働いたこともなく、本を読むのが大好きなわけでもありません。

実際、ここ数年で買った本のうち、最後まで読みきったのは3割程度しかない始末です。

そんな私がこの講座を受講した理由は、自分の書いた記事を読むにつれ、いろいろ足りないと感じたからです。読者も増え月間PVも20万に近づいてきたのだからもう少ししっかりした、分かりやすい文章を書きたいと思ったのです。

こちらは昨日書いて記事です。

誰かのために頑張れば、自分も成長できる。〜健康運動指導士認定証届いた〜

誰かのために頑張れば、自分も成長できる。

このような考えから受講しました。

また出版業界の内側についてほとんど知らなかったので、この講座面白そうと思ったのです。

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土曜日午後に2時間の講義を2コマづつ受けました。全部参加したかったけど、サロマ湖やみちのく津軽ジャーニーランなど参加する日は別の日にビデオ補講で勉強しました。

何回か提出した課題に関してはコピーライター養成講座とは違って優秀作を選ぶような方式ではありませんが、酷評されることもありましたし、受講生の提出物を読むとみんな優秀だなーって思っていました。

私にはこんな切り口は浮かばないし、表現も出来ない。かなりの実力差を感じました。

でも、自信をなくすような年齢ではないので、ガッカリすることもありませんでした。

なぜなら100人以上の優秀な受講生がいるけど、私にしか書けない文章だってたくさんあると思っていたからです。

そして卒業課題を提出した時に書いた記事がこちらです。

編集ライター講座卒業制作とつくばマラソン

多くの受講生は提出1ヶ月以上前からコツコツと書いているようでしたが、私は中国行ったり、神宮外苑24時間チャレンジに出たり、またさまざまな記事を書く中で、文章を書くのに少々疲れ、卒業課題に中々手がつかず、提出日の数日前から集中して一気に書き上げました。

今日は提出された卒業課題に対して、二人の講師がそれぞれ良い点、悪い点などアドバイスをしてから、休憩を挟んで優秀作8点と最優秀作2点の発表がありました。

自分の書いた記事に関しては、ある程度自信はありましたが、優秀な受講生ばかりなので優秀作品に選ばれるのは難しいと考えていましたが、講師の講評ではかなり高い評価をしてくれたのでまさか最優秀作か?

なんて夢を見ましたが、それはやはり夢でした。。

ただ、優秀作に選んでいただきました。

優秀作と最優秀作に選ばれた10人に金の鉛筆が渡されましたが、これを見た時にコピーライター養成講座のことを思い出したのです。

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3年前、10本目が取れず心残りでしたが、それは今日この日への布石だったのではないか?なんて思いました。

また、私は何をしても一流(一番)にはなれないなーなんて思いましたが、それが私なのかもしれません。

そんな自分が嫌いではありません。

今回も素敵な方々と知り合うことが出来ましたし土曜の午後を潰すという思い切った決断をしたのは正解でした。

また、著名な編集者の方々に私の作品を選んでいただいたことを自信にして、より読者の心に届く記事を書いていきたい。

卒業制作で書いた記事についてはいずれ紹介しますのでお待ちください。ランナーだけではなくランナー以外にも意味のあることをお伝えした記事です。



編集ライター講座卒業制作とつくばマラソン

最近、記事をアップしていないと気付かれた方がいるかもしれませんが、その間もかなり文章を書いていました。

編集者・ライター養成講座に通っていることは以前書いたと思いますが、その卒業制作の提出が今日の12時だったのです。

私はランニングに関する記事を書いて提出しましたが、6000字程度にまとめることになっていますが、書き出したら10000字を超えるような文字数になってしまったので、そこから身体を引き締めるかの如く、文字数を削ぎ落とす作業をしていきました。

結果、ほぼ6000字にまとめ切るとともに、スッキリ読みやすい文章になりました。提出まで何回も読み返しましたが、その都度繋がりがおかしいと感じる部分があり、いかにいつも細部まで意識していないか認識出来ました。

しかし、情報入手は事前にしていましたが、本格的に書き始めたのが、木曜日ですから結構焦っていました。そこから土曜日まではかなり集中しました。健康運動指導士試験も直前勉強と試験中の集中力で合格したようなものだし、いつもこんな感じです。

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一緒に講義を受けた100名以上の受講生はさまざまな年代、職業で、目的や目標もさまざまです。

レベルの相当高い文章を書く受講生も多く、その感性や文章力に触れるたびに凄いなーと感じました。私にはないモノばかりです。

そのような方々と卒業制作では比較される訳ですが、そもそも提出課題はさまざまなのでその辺りの意識はなく、まずしっかりしたモノを出したいとだけ考えていました。

彼ら彼女のような感性や文章力はなくとも、私にしか書けないこともあるのです。

いずれ、こちらにも掲載予定です。

今年は健康運動指導士資格と、編集ライター講座の二つをスキルアップの課題として取り組みましたが、得るものはいろいろありました。

これからも自分に足りないモノを加えて、出来ないことを出来るようにしていきたい。と思ってます。

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さて、モルテンドリンクとスマッシュウォーターの画像の意味はカーボローディングと、ウォーターローディングです。

10月末に中国の100kmレース、11月10-11日に神宮外苑24時間チャレンジにエントリーしていましたが、実はつくばマラソンにもエントリーしていました。

昨年の状況を考えると走れないだろうと思ってましたが、走れるならサブ4、サブ3.5を狙うメンバーと一緒に走れるかもしれないと思っていたのです。

それが神宮外苑は内臓の不調から171kmに終わったので昨年のようなダメージはなく、これはつくば走れるのではないか?と2週間しっかりケアをしてきました。

一歩進んで半歩下がるような状況でしたが、ケッズトレーナーの担当トレーナーに状態を確認したところ故障するような状況ではないとのことで出場を決めました。

水曜日の午後練で5kmやった際に、2kmだけ3’40/kmより速く走りましたが、短い距離なら違和感なく走れるようになりました。

明日はどのくらいで走れるかは、身体に聞いてくれ的な状態ですが、来年2月の別大と静岡で良い走りが出来るようマラソンモードに身体を切り替えるキッカケにしてきます。故障するような無理はしませんが、フルマラソンの緊張感を感じるくらいで走りたいと思ってます。

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シューズはヴェイパーフライ4%フライニットを履くつもりで水曜日に履いたのですが、まだ足底の張りが抜けてないからか、2km走って土踏まずに張りが出てきたので、慣れてるズームフライSPでいきます。

50人近いウルプロメンバーが出るので、ペースを落としてもたくさんのメンバーと走れるから楽しみです。

走られる方頑張りましょう!!



1kg落ちたら3分速くなる!?を書いて意識が変わった。

タイトルについて書く前に、最近気づいたことを書きます。

それは、健康運動指導士試験のテキストを読んでて、最大酸素摂取量を決める要因についてこのように書いてありました。

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以下が複数みられたとき、最大酸素摂取量とする。

①負荷を上げても酸素摂取量が増加しない。(レベリングオフ)

②呼吸交換比が1.0〜1.2以上

③最大心拍数(220-年齢)近くに達している

④運動のリズムが規定に合わなくなる

 

この文章を見て、東京体育館で行った全身持久力検査の中止の理由がふっと浮かんできました。

まだ行ける余裕はあるのになぜ中止になってしまっていたかです。もちろんST上昇はあったようですが、多分それよりこちらの理由が大きいと思います。

その時に書いた記事はこちらです。

VO2maxとAT値が10%程度アップしました。〜心肺機能向上に向けて〜前編

上記③の220-年齢の169を最大心拍数と捉えられて170をピークと判断されたことで、そこがVO2maxとなったのだと思います。

私は追い込むと心拍ベルトで計測した心拍数は190を超えます。170はキツイけどまだ頑張れる数値で、ハーフマラソンの終盤はこの数値で走っています。

190までは行けるところを170で終わってしまったのだから、VO2maxが低めに出たのも納得です。

逆にATレベルが異常に高いと言われたのも、このVO2maxの数値との割合ですから、VO2max が60程度なら異常に高いとまでは言われない数値でしょう。

もし、呼気を測定しながら本格的に全身持久力検査をするのであれば、この辺りも勘案した方が良いと思います。

ちょっとスッキリしました。

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最近、ストレッチしながら勉強してますが、今回のような気づきがあります。

ここからタイトルについて書きます。

先週この記事を書きました。

体重1kg落ちたら3分速くなる!?をVO2maxから考える 前編

そして、この記事を書きはじめた頃から私の体重は1kg減りました。

理由は明確で、それまで毎日食べていた菓子類をほとんど食べなくなったからです。

無理に体重を落とすわけではなく、無駄に増やしていた体重増加要因を取り除いたのです。

完全に止めたわけではなく、ダラダラ食べないようにしたのです。そして食べないようにしたら段々と食べたくなくなってきたのです。

もともと体重が増えればタイムは落ちる感覚は持っていましたが、実際に計算してみて1kgでも VO2maxにあれほど影響が出ることが分かると、ちょっと我慢しようというモチベーションがうまれました。

せっかく低酸素トレーニングなどして、伸びしろの少ない酸素摂取能力を高めているのに、台無し・帳消しになってしまうのです。

まずは無理せず以前の58kg前後の体重を目指すことにしました。

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詳細は別に書きますが、先月初めに思ってもいなかったレースへの参加の打診をいただき、他のレースとの兼ね合いもあるので結構迷いました。

しかし、自分自身そのレースを走りたいのか?と考えたら走りたい。そして、自分自身の今後を考えた時に出ることによるプラスが大きいと考えお誘いをお受けすることにしました。

本命レースと考えていたレースには少なからず影響は出ますが、何かを掴もうとしているのだからそれは仕方がないことです。

昔の出来事で未だに、あの時・・・と、ふと浮かぶ出来事はあります。そんなこと考えても仕方がないので打ち消しますが、その出来事に共通しているのは、やらなかった・変化を恐れた後悔です。

変化に向かった行ったことで後悔したことはありません。

そのレース出場を決めたらワクワクしてきました。



4年前(会社をやめる前)に思っていたこと。

Facebookの「過去のこの日」は不定期に読んでいます。毎日欠かさず読むというのではなくふと気づいたら読むという感じです。

過去から投稿はランニングのことが多いですが、あの頃はこんな練習をしていた。とか、あのレース後にこんなこと考えていたとか参考になります。レース後に書いた投稿を読めばレースを思い出します。投稿やブログには書いていない自分にしか分からないことも浮かんできます。

1年前、2年前・・・のこの日には楽しいことだけではなく、悔しいこともや悲しいことなどいろいろあったと思いますが、その時があったから今の自分がいます。

1日ずれていますが、昨年の投稿にはこんなのがあり、読んだところタイミング的にも良いので先程シェアしました。

練習ではこんなことなかったのに・・・なレースだった方へ

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こちらは4年前の投稿です。

前から私の記事を読んでいただいてる方は読んだことがあるかもしれません。

この当時の私について少し紹介すると、1989年に新卒で入社し合併で社名は変わりましたが25年間勤務した損保ジャパン(現 損保ジャパン日本興亜)を2014年3月末で早期退職しました。それを決めたのが2013年12月ですが、このブログを書いた4年前の今頃はまだ親族や親しい友人にしか伝えていませんでした。

最近はほとんど言われませんが、当時は「なぜそんな高待遇の会社をやめちゃうの?」と数え切れないくらい聞かれました。同じ質問ばかりされると答えがマニュアルみたいになって面白くないから、その時の気持ちで答えるようにしていました。

実際、やめることを決めた理由は一つじゃありません。それを全部話す時間もありませんから、そう聞いてきた方が望むような理由の一つを話していたようにも思います。

考えてみたら若い頃から会社を辞めようと思ったことは何度もあります。理由はその時々で様々です。外資系企業などから誘われるなどチャレンジングな理由もあるし、打算的な理由もある。またその場からただ逃げ出したいというときもありました。それでも辞めなかったのは、その時々の自分が置かれた環境下では、その会社にいた方が良いと思ったからです。

早期退職を決めた時、上司の役員部長に辞める意向を伝えたところ驚かれましたが、次に行く会社も決めてないと伝えたらさらに驚かれました。私がその上司の立場だったら同様でしょう。『40歳後半にもなって、なに夢みたいなこと考えているんだ!そんな甘くはないよ。』と思っていたでしょう。

ただ、当時の自分は、今は会社から離れる時期だ。と思ったのです。もちろん金銭面、社会的信用など様々な面でマイナスになりますが、まだまだ続く長い人生を考えた時に、踏み出すタイミングだと思ったのです。このまま変化を恐れたら自分がダメになると思ったのです。

当時はこんな言葉を使っていました。

『60歳手前の未来の自分を想像したら、詰まらなそうな元気のない顔が浮かんだ。』

そして、やめた後は今までとは全く違う仕事をしようと思っていました。なぜなら今までの経験を直接生かせる仕事をするなら辞めた意味がないと考えていました。

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そのような時期に書いたブログ記事です。当時はこのように短文・改行の多い文体でした。そのまま転載します。

様々なことが重なりあって

書き出すと凄~く長くなり

なかなかアップ出来ないから

少しづつ書くことにしました。

ひとりごとです。

【ゴールまでの道はひとつか??】

もちろんマラソンレースなら

一つしかない。

では都庁から桜田門に走って

行くとしたらどうだろうか?

最短距離はもちろん一つだろう。

でもルートは様々であり

遠回りすれば無限なルートが

あらわれる。

例えば都庁から

渋谷方面に行ってから

桜田門なんてのもあるし、

極端な話

横浜や小田原に行ってから

桜田門を目指すルート

だってある。

一旦逆方向の八王子に向かってから

戻るルートだってあるし、

最短距離で桜田門に向かいつつ

皇居についてから

桜田門には行かずに

皇居を三周してから

桜田門に行くルートだってある。

でも大半の人は

都庁から桜田門までの

ルートを地図アプリで調べて

行くだろう。

なぜなら

一番近いし

推奨ルートだから。

でも大きくルートを

外さなくても少し道を

変えるだけで

今まで足を踏み入れたことのない

場所や、美しい景色を

見ることが出来るかも

しれない。

またルートを外れたことで

同じ価値観をもつ人に

出会えるかもしれない。

少し話を広げると

人生だって同じだと思う。

自分のゴールに向けて

脇目もふらず一生懸命

頑張っていることは

素晴らしいことだと思う。

例えば大学を卒業して

たくさんの同期の中で

出世したいと一生懸命頑張る。

でも最短距離を目指すことで

いろいろな素晴らしいことに

出会うチャンスを失って

いるかもしれない。

それ以前に自分がゴールと

思って頑張っていたところが

実はゴールではなく

ゴールは反対側にあった

なんてこともあると思う。

自分のゴールがどこか

分からない時は

とにかくゴールと思う方向を

目指したら良いと思う。

でもその過程で

自分の価値観が変わったり

元々持っていた【生きざま】

と違うと感じたら

少し方向を修正したり

遠回りしたほうが

良い人生になるかもしれない。

こればかりは何が正解かは

分からないけど、

私は自分の生きざまは

自分で決めていきたい。

なぜなら一度しかない

人生だから

やりたいことを

我慢しちゃうのは

勿体ない。

それは理想かもしれないけど、

理想に近づける努力は

誰しもできる。

ってマラソンには

あまり関係ない話でした。。。

 

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それから4年経ちます。

あの時会社に残っていたらどうなっていたか分かりません。当時に比べると収入面は大きく減少していますが、日々やり甲斐を持って生きていると思います。そして自分が求めていた『生き様』に近づいているとも感じています。

自分のゴールはどこなのか?は今でも分かりません。実際のところ決まったゴールなんてないのかもしれません。でも自分が正しいと思う方向に向かっていくだけです。途中に険しい山があるなら、そこを踏破できるスキルを身につければ良い。もしくはサポートしてくれる人を見つけたら良い。なんだったら一旦下山してその険しい山の先に回り込んだって良いと思います。

なんで当時会社をやめたのか?

一言で言うなら『自分を変えたかった』だと思います。

こちらは最近書き始めたシリーズです。私の事例だけではなく、ウルプロメンバーのケースも紹介していきます。

50代でも自己ベストを出すために①〜幾つになっても記録が更新できると走るのが楽しくなる〜

大事なことを書いていませんでした。

私が25年間という長い時間、損保ジャパンで働きましたが、そこで身につけたことは、現在でも非常に役立っています。それはリスクマネジメントや法律の解釈的な話だけではなく、得意先に提案が採用してもらうにはどのような観点で進めるかとか、目標達成に向けた手法などのビジネススキル・・・。その土台があってこそ、この4年間で身につけたスキルや経験が生きてくるのだと思っています。

そう言った意味ですごく大事な25年間だったと思います。