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1kg落ちたら3分速くなる!?を書いて意識が変わった。

タイトルについて書く前に、最近気づいたことを書きます。

それは、健康運動指導士試験のテキストを読んでて、最大酸素摂取量を決める要因についてこのように書いてありました。

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以下が複数みられたとき、最大酸素摂取量とする。

①負荷を上げても酸素摂取量が増加しない。(レベリングオフ)

②呼吸交換比が1.0〜1.2以上

③最大心拍数(220-年齢)近くに達している

④運動のリズムが規定に合わなくなる

 

この文章を見て、東京体育館で行った全身持久力検査の中止の理由がふっと浮かんできました。

まだ行ける余裕はあるのになぜ中止になってしまっていたかです。もちろんST上昇はあったようですが、多分それよりこちらの理由が大きいと思います。

その時に書いた記事はこちらです。

VO2maxとAT値が10%程度アップしました。〜心肺機能向上に向けて〜前編

上記③の220-年齢の169を最大心拍数と捉えられて170をピークと判断されたことで、そこがVO2maxとなったのだと思います。

私は追い込むと心拍ベルトで計測した心拍数は190を超えます。170はキツイけどまだ頑張れる数値で、ハーフマラソンの終盤はこの数値で走っています。

190までは行けるところを170で終わってしまったのだから、VO2maxが低めに出たのも納得です。

逆にATレベルが異常に高いと言われたのも、このVO2maxの数値との割合ですから、VO2max が60程度なら異常に高いとまでは言われない数値でしょう。

もし、呼気を測定しながら本格的に全身持久力検査をするのであれば、この辺りも勘案した方が良いと思います。

ちょっとスッキリしました。

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最近、ストレッチしながら勉強してますが、今回のような気づきがあります。

ここからタイトルについて書きます。

先週この記事を書きました。

体重1kg落ちたら3分速くなる!?をVO2maxから考える 前編

そして、この記事を書きはじめた頃から私の体重は1kg減りました。

理由は明確で、それまで毎日食べていた菓子類をほとんど食べなくなったからです。

無理に体重を落とすわけではなく、無駄に増やしていた体重増加要因を取り除いたのです。

完全に止めたわけではなく、ダラダラ食べないようにしたのです。そして食べないようにしたら段々と食べたくなくなってきたのです。

もともと体重が増えればタイムは落ちる感覚は持っていましたが、実際に計算してみて1kgでも VO2maxにあれほど影響が出ることが分かると、ちょっと我慢しようというモチベーションがうまれました。

せっかく低酸素トレーニングなどして、伸びしろの少ない酸素摂取能力を高めているのに、台無し・帳消しになってしまうのです。

まずは無理せず以前の58kg前後の体重を目指すことにしました。

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詳細は別に書きますが、先月初めに思ってもいなかったレースへの参加の打診をいただき、他のレースとの兼ね合いもあるので結構迷いました。

しかし、自分自身そのレースを走りたいのか?と考えたら走りたい。そして、自分自身の今後を考えた時に出ることによるプラスが大きいと考えお誘いをお受けすることにしました。

本命レースと考えていたレースには少なからず影響は出ますが、何かを掴もうとしているのだからそれは仕方がないことです。

昔の出来事で未だに、あの時・・・と、ふと浮かぶ出来事はあります。そんなこと考えても仕方がないので打ち消しますが、その出来事に共通しているのは、やらなかった・変化を恐れた後悔です。

変化に向かった行ったことで後悔したことはありません。

そのレース出場を決めたらワクワクしてきました。



4年前(会社をやめる前)に思っていたこと。

Facebookの「過去のこの日」は不定期に読んでいます。毎日欠かさず読むというのではなくふと気づいたら読むという感じです。

過去から投稿はランニングのことが多いですが、あの頃はこんな練習をしていた。とか、あのレース後にこんなこと考えていたとか参考になります。レース後に書いた投稿を読めばレースを思い出します。投稿やブログには書いていない自分にしか分からないことも浮かんできます。

1年前、2年前・・・のこの日には楽しいことだけではなく、悔しいこともや悲しいことなどいろいろあったと思いますが、その時があったから今の自分がいます。

1日ずれていますが、昨年の投稿にはこんなのがあり、読んだところタイミング的にも良いので先程シェアしました。

練習ではこんなことなかったのに・・・なレースだった方へ

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こちらは4年前の投稿です。

前から私の記事を読んでいただいてる方は読んだことがあるかもしれません。

この当時の私について少し紹介すると、1989年に新卒で入社し合併で社名は変わりましたが25年間勤務した損保ジャパン(現 損保ジャパン日本興亜)を2014年3月末で早期退職しました。それを決めたのが2013年12月ですが、このブログを書いた4年前の今頃はまだ親族や親しい友人にしか伝えていませんでした。

最近はほとんど言われませんが、当時は「なぜそんな高待遇の会社をやめちゃうの?」と数え切れないくらい聞かれました。同じ質問ばかりされると答えがマニュアルみたいになって面白くないから、その時の気持ちで答えるようにしていました。

実際、やめることを決めた理由は一つじゃありません。それを全部話す時間もありませんから、そう聞いてきた方が望むような理由の一つを話していたようにも思います。

考えてみたら若い頃から会社を辞めようと思ったことは何度もあります。理由はその時々で様々です。外資系企業などから誘われるなどチャレンジングな理由もあるし、打算的な理由もある。またその場からただ逃げ出したいというときもありました。それでも辞めなかったのは、その時々の自分が置かれた環境下では、その会社にいた方が良いと思ったからです。

早期退職を決めた時、上司の役員部長に辞める意向を伝えたところ驚かれましたが、次に行く会社も決めてないと伝えたらさらに驚かれました。私がその上司の立場だったら同様でしょう。『40歳後半にもなって、なに夢みたいなこと考えているんだ!そんな甘くはないよ。』と思っていたでしょう。

ただ、当時の自分は、今は会社から離れる時期だ。と思ったのです。もちろん金銭面、社会的信用など様々な面でマイナスになりますが、まだまだ続く長い人生を考えた時に、踏み出すタイミングだと思ったのです。このまま変化を恐れたら自分がダメになると思ったのです。

当時はこんな言葉を使っていました。

『60歳手前の未来の自分を想像したら、詰まらなそうな元気のない顔が浮かんだ。』

そして、やめた後は今までとは全く違う仕事をしようと思っていました。なぜなら今までの経験を直接生かせる仕事をするなら辞めた意味がないと考えていました。

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そのような時期に書いたブログ記事です。当時はこのように短文・改行の多い文体でした。そのまま転載します。

様々なことが重なりあって

書き出すと凄~く長くなり

なかなかアップ出来ないから

少しづつ書くことにしました。

ひとりごとです。

【ゴールまでの道はひとつか??】

もちろんマラソンレースなら

一つしかない。

では都庁から桜田門に走って

行くとしたらどうだろうか?

最短距離はもちろん一つだろう。

でもルートは様々であり

遠回りすれば無限なルートが

あらわれる。

例えば都庁から

渋谷方面に行ってから

桜田門なんてのもあるし、

極端な話

横浜や小田原に行ってから

桜田門を目指すルート

だってある。

一旦逆方向の八王子に向かってから

戻るルートだってあるし、

最短距離で桜田門に向かいつつ

皇居についてから

桜田門には行かずに

皇居を三周してから

桜田門に行くルートだってある。

でも大半の人は

都庁から桜田門までの

ルートを地図アプリで調べて

行くだろう。

なぜなら

一番近いし

推奨ルートだから。

でも大きくルートを

外さなくても少し道を

変えるだけで

今まで足を踏み入れたことのない

場所や、美しい景色を

見ることが出来るかも

しれない。

またルートを外れたことで

同じ価値観をもつ人に

出会えるかもしれない。

少し話を広げると

人生だって同じだと思う。

自分のゴールに向けて

脇目もふらず一生懸命

頑張っていることは

素晴らしいことだと思う。

例えば大学を卒業して

たくさんの同期の中で

出世したいと一生懸命頑張る。

でも最短距離を目指すことで

いろいろな素晴らしいことに

出会うチャンスを失って

いるかもしれない。

それ以前に自分がゴールと

思って頑張っていたところが

実はゴールではなく

ゴールは反対側にあった

なんてこともあると思う。

自分のゴールがどこか

分からない時は

とにかくゴールと思う方向を

目指したら良いと思う。

でもその過程で

自分の価値観が変わったり

元々持っていた【生きざま】

と違うと感じたら

少し方向を修正したり

遠回りしたほうが

良い人生になるかもしれない。

こればかりは何が正解かは

分からないけど、

私は自分の生きざまは

自分で決めていきたい。

なぜなら一度しかない

人生だから

やりたいことを

我慢しちゃうのは

勿体ない。

それは理想かもしれないけど、

理想に近づける努力は

誰しもできる。

ってマラソンには

あまり関係ない話でした。。。

 

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それから4年経ちます。

あの時会社に残っていたらどうなっていたか分かりません。当時に比べると収入面は大きく減少していますが、日々やり甲斐を持って生きていると思います。そして自分が求めていた『生き様』に近づいているとも感じています。

自分のゴールはどこなのか?は今でも分かりません。実際のところ決まったゴールなんてないのかもしれません。でも自分が正しいと思う方向に向かっていくだけです。途中に険しい山があるなら、そこを踏破できるスキルを身につければ良い。もしくはサポートしてくれる人を見つけたら良い。なんだったら一旦下山してその険しい山の先に回り込んだって良いと思います。

なんで当時会社をやめたのか?

一言で言うなら『自分を変えたかった』だと思います。

こちらは最近書き始めたシリーズです。私の事例だけではなく、ウルプロメンバーのケースも紹介していきます。

50代でも自己ベストを出すために①〜幾つになっても記録が更新できると走るのが楽しくなる〜

大事なことを書いていませんでした。

私が25年間という長い時間、損保ジャパンで働きましたが、そこで身につけたことは、現在でも非常に役立っています。それはリスクマネジメントや法律の解釈的な話だけではなく、得意先に提案が採用してもらうにはどのような観点で進めるかとか、目標達成に向けた手法などのビジネススキル・・・。その土台があってこそ、この4年間で身につけたスキルや経験が生きてくるのだと思っています。

そう言った意味ですごく大事な25年間だったと思います。