昨年、蓄積疲労による故障ではなく、突発的な故障に繋がりやすい峠走の下りについて、そのリスクと注意点などを、整形外科医の市民エリートランナーの諏訪医師にアドバイスをいただきまとめ発信しました。
峠走の下りでのリスク、注意点とその対処法
ここでは、アップダウンの大きな起伏走は故障リスクが高いからやめたほうが良いと書いているのではありません。効果のある練習は負荷の高い練習であるケースが大半ですが、レベルアップするには、多少の無理は必要だと考えています。ただ、大事なことは、それぞれの練習効果とリスクを把握し、危ないと思ったら予防や軽減策を考えることです。リスクを知らないから後悔するような事態になるのです。ウルトラプロジェクトでも奥武蔵などを走りますが、場所を選ぶとともに脚の出来上がっていないメンバーが下りでペースアップなどしないような練習会にしています。
また、効果のありそうなことを、本やWebページで見たり、仲間から聞いたら試したくなる気持ちは分かりますが、自分の体力やレベルなども考えて、いきなり高いレベルに飛びつかないでください。
私自身、ランニングを始めた頃は、かなり無茶な走りをして、レース二週間前に日常生活に支障をきたすような故障をした苦い経験があります。下りで筋肉を痛めつけて超回復なんて思ったらその後歩くのも大変なくらいの筋肉破壊になってしまったのです。整骨院で状況を聞かれ伝えたら、そんなことしたら一生走れないようなダメージを負ったかもしれませんよ。と真剣に言われました。当時はこのスタッフは超回復について何も分かってないと思っていましたが、分かってないのは自分自身でした。。
起伏走下りの一番のリスクは、そもそも高いところから、低いところに落下するため、ジョグのようなスピードで走っても大きな衝撃が発生します。さらに平地では呼吸がきつくて出せないようなスピードで走れてしまうことです。
上級者であれば、それを利用して普段より大きな負荷をかける練習ができますが、経験豊富な上級者であっても故障リスクの高い練習になります。したがって故障するしないの判断基準をもったランナー以外にはオススメ出来る練習ではありません。その基準がないランナーはまずは十分にペースを落として走ることをオススメします。それでも落下エネルギーの分だけ高負荷な練習になり、それなりに脚は筋肉痛になります。それを繰り返して行けば、脚の耐性も高まるし、どこまで負荷をかけて大丈夫かの判断基準が身についてきます。
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今回は、奥武蔵ウルトラを自己ベストで走り団体優勝に貢献した翌週に、ゆめのしま12時間走で約100km走って2位入賞したドクターランナーの佐藤恵里さん(内科医)が、レース後に採血した検査結果を元に、起伏走下りの筋肉への負担についてアドバイスしていただきました。
まず佐藤さんは『コースにより筋肉への負担は違う』ことをしっかり理解して欲しいと話しました。
以下佐藤さんのコメントです。
私が今までに走ったウルトラマラソンの中で、レース後の筋肉痛が最も強く回復に時間を要したのがアップダウンの激しい奥武蔵ウルトラマラソン(78km)でした。
フラットな100kmレース後の方が回復が早いと感じるほどでした。
下り坂は普段スピードを出せないランナーでもスピードを出すことができます。着地による衝撃を普段以上の勢いで脚の筋肉が受け止め続けることにより筋肉の破壊が起こります。(詳細は諏訪先生が監修した 峠走の下りでのリスク、注意点とその対処法をご参照ください)
今回、奥武蔵を走った翌週にフラットなゆめのしまを走る機会があり、自分なりのペースで12時間かけて98.9kmを走りました。
それぞれのレースの翌朝に血液検査を行い、筋肉へのダメージの違いを見てみました。
<筋肉へのダメージとCPK>
筋肉にはCPK(クレアチンホスホキナーゼ、CKと略されることも多い)という酵素があります。
血液検査では男性270U/L以下、女性は150U/L以下が基準値です。筋肉に傷がつくとCPKが血液中に漏れて出てくるため、CPK値が上昇します。つまりCPK値は筋肉のダメージの指標となります。
奥武蔵の翌日、私のCPK値は2847と上昇していました。
1週間後のゆめのしま翌日に測定したCPKは781と、奥武蔵に比べて上昇は軽度でした。
距離も時間もゆめのしまの方が長かったのですが、筋肉へのダメージは圧倒的に奥武蔵が強いという事がわかりました。
<CPKの上昇と改善>
普段から運動をしている人とそうでない人では筋肉の壊れやすさが違います。
運動経験のない初心者が初めてフルマラソンを走った翌日にCPKを測定すると数万以上に上昇することがあり、正常化するまでに数週間以上を要することがあります。
初心者の筋肉は”壊れやすく、治りにくい”のです。
走歴が長く、走力のある人が余裕を持ってフルマラソンを走った場合には全くCPKが上昇しないこともあり、上昇しても数日で回復します。
つまり、同じスピード、距離を走っても、その人の走力によって筋肉の壊れる度合いも回復力も全く違うということです。
以前、峠走の効果について書かれた記事を読みましたが、走力の高いサブ3レベルの人にとっては峠走のダメージは1週間で回復するかもしれませんが、サブ4レベルの人にとっては1週間では回復できないダメージが残る可能性が考えられます。
峠走は有用な練習ですが、個々の走力に合わせて気をつけながらやるべきと考えます。
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佐藤さんのコメントの通り、初心者の筋肉は壊れやすく、治りにくいことを、本人だけではなく、一緒に走る先輩ランナーは理解して欲しいのです。筋力の強く頑丈なランナーが自分の感覚で、ビギナーに峠走をすすめたり一緒に練習したら、故障リスクは高まります。
また起伏走と言っても、足柄峠のように、一気に登って、一気に下るコースや、奥武蔵のように、小刻みにアップダウンを繰り返すコースがあります。
強い衝撃に耐える筋肉が出来上がってないレベルのランナーには、奥武蔵のようなコースをオススメします。
なぜなら、足柄峠のように下りっぱなしのコースは痛みや損傷に気付かず走り続けてしまうことや、同じ部位に長い時間負担がかかるという観点から故障リスクが高まります。
奥武蔵のように下り基調でありながらも、途中に登りが入る事で違う筋肉を使えるので、下りで使っていた筋肉を休ませる事が出来るととも、休むことで痛みに気づき故障を未然防止できるケースもあります。
また、足柄峠のような長い下り坂を練習会などで走る場合は、一気に走り降りないで、途中で休憩を入れてメンバーの様子を見てください。また走力の低いランナーが一緒に走る場合は、決して無理してスピードを上げないようにベテランが前を走ってオーバーペースを防ぐことも大事なことです。遅いランナーは、自分が遅いと周りに迷惑がかかるという気持ちを持ちやすく、痛みが出ても我慢して走ってしまうことがあるからです。
くれぐれもビギナーを交えて下りで競走などしないでください。
また、疲労の抜け方は人それぞれです。同じような走力・年齢のランナーが同じような練習をしても、回復までに要する時間は全く違う場合もあります。したがって、友人が薦める練習メニューが自分に当てはまならないケースも多々あります。
いろいろ試すことは良いと思いますが、大事なことはいきなり負荷を高めないことです。そして自分自身を過信しないで、少しづつ負荷を高めてください。
最後に佐藤さんから、以下の注意とお願いがありました。
この記事を読んでご自身のCPKを測定してみたいと思った方がいるかもしれませんが、通常の医療機関はあくまでも”病気や怪我の人”を診療するための場所です。マラソンの後だから測定して欲しいと受診した場合は保険診療にならず、自費診療になる可能性があります。また、医師に走ったことを黙って測定をするのは絶対にやめてください。CPK高値だけを見た場合は重症な病気が疑われてしまいます。
測定を希望する場合はスポーツ専門の医療機関などに受診することをお勧めします。
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