40数年前の記憶に残るトラック

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7月にこのような投稿をしました。

その中でこんなことを書いている。

その後、ジョグしながら最終コーナーにくると、不意に40数年前のある場面が脳裏に浮かんできた。

私が初めて400mトラックを走ったのは5年生か6年生の時。生まれ育った沼田市に陸上競技場ができて、その記念大会かなんかだと思うけど市内だけではなく、前橋市など違う市内の小学校も参加する大会だったと思う。同じ小学校からは私含めて1000mに3人くらいの参加だったと思うが、その辺りの記憶はあやふや。

当時の小学校校庭は200mトラックだったので、400mトラックはデカイ!って思った。当時の私は1000mを走るときは200m40秒ペースで走っていたので3’20くらいだと思う。(時計は持っていないので先生が読み上げてくれたのかな?それも記憶なし)

レースは他地域の背の高い小学生何人かがスタートから速いペースで飛び出し、負けず嫌いだった私はそんなペースで走ったこともないのに付いていき、半分くらいで失速し、ヘロヘロで最終コーナーに入った時には既に先頭はゴールしていくのが見えた。そして、負けたことがない同じ小学校の友達に最後の直線で抜かれた時の悔しさも蘇った。記憶はあやふやだが先頭は3分そこそこのタイムで、私はいつものタイムも出せず、なんであんなペースについて行ったのだ!?って悔しくて仕方なかった。なんてことも脳裏に浮かんだ。

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久々にトラックを走ったわけでもないのに、なぜ急に40数年前の光景を思いましたかは分からないが、その陸上競技場のことが気になった。

そして8月上旬に実家に立ち寄った時に行ってみた。何回かこのトラックに行った記憶はあるが中学時代には多分行ってないから40数年ぶりに訪れたことになる。

到着するとタータンではなく、土のグランドだった。

記憶では観客席があったが、ただの広場みたいなグランドだった。この最終コーナーを曲がる頃にはトップはゴールしていたのだ。優勝タイムが3分数秒だったのはおそらく放送で聞いたのだろうが、それもあやふやだ。

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週末に開催されたパワーブリーズカップの1000mキッズの部には完成された素晴らしいフォームの小学生がトップで3分03秒台だったが、奇しくも私の記憶奥底に残っている大会でトップ争いしていた背の高い何人かと同じようなタイムだったのだ。

そして、今回私のタイムは3分03秒台だったのも何かの巡り合わせな気がする。

1000mを走ろうと思ったのは、今年はマラソンが開催されずサブ3ができないから、1000mでサブ3を狙おうと思ったからだけど、走ってよかったと思う。

今回のタイム(3:03.6)には満足してるし力は出し切った。ただ今回走ったことで2分台を出すイメージはできるようになった。

発表されたラップタイムは37.4-74.2-72.0だったが、400mと800mで植村さんがタイム読みしてくれたのと合わせると200mごとのラップはこんな感じだったと思う。

37″4 - 36″8 - 37″4 - 35″6 - 36″4

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緊急事態宣言の時には、自宅から3キロほどの河川敷まで走ったり歩いたりして向かって、GPSウオッチで300mを計測して目星をつけてから、何本か流しをした。ホントは1000m走ろうと思ったが1本で嫌になってしまった。400mもキツくて嫌になるので、その時ギリギリできた300mを走ることにしたのだ。

その頃の落ちきった走力も、何本かの300mダッシュを続けていくうちに徐々に戻ってきた。

今は色々したいことができないが、できることの中に楽しいことを見つけたらきっと楽しくなるし、次に繋がると思う。

その当時の投稿を読むとタイムなど書いてあるが、新型コロナの新規陽性者数などの推移なども掲載している。当時、可能な限り客観的数値から状況を把握しようとしていたのを思い出す。

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