24時間走319.614kmの世界記録の意味

IAU24時間走ヨーロッパ選手権で凄い記録が誕生しました。

なんと、世界記録保持者のAleksandr Sorokin選手が、319.614kmとほぼ200マイルを1日で走ってしまったのです。また2位のAndrzej Piotrowski選手も300kmを超えました。

昨年Aleksandr Sorokin選手は1997年にギリシャのイヤニス・クーロス選手が出した303.506kmを破る309.399kmの世界記録を更新し、ウルトラマラソン関係者を驚かせましたが、その記録を一気に10km伸ばしました。

(こちらは当時書いた記事です。当初308kmと発表されましたが正式記録は309.399kmです。文脈が変わらないようにタイトルなど修正していません。)

*今回の記事においてDUVウルトラマラソン統計の記録を使用しております。

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結果

  1. Aleksandr Sorokin(LTU)319.614 km
  2. Andrzej Piotrowski(POL)301.859 km
  3. Marco Visiniti(ITA)288.438 km

フルマラソン7.57回分

24時間走を走った経験がないと、この記録がどれだけ凄いことかイメージしにくいと思うので、いくつか例を上げて紹介します。

今回、Sorokin選手は12時間で170.8kmを走りました。これはフルマラソンをサブ3(3時間)で4回走った距離の168.78kmより速い平均ペース4’13/kmです。そして後半12時間で148.814km走りましたが、これはフルマラソン3時間24分(ave.4’50/km)で3.5回以上走ると到達する距離です。

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12時間で170kmオーバーの意味

私は神宮外苑で開催されていた神宮外苑24時間チャレンジに2010年から2018年にかけて7回出場しましたが、当時は神宮外苑の優勝記録は260km前後。優勝争いをするには250km以上の距離を必要とし、上位選手はその年の世界ランキング上位に名を連ねていました。

この当時の上位選手の前半12時間の記録は135km前後でしたから、今回の前半12時間の記録が170kmオーバーというのは想像を絶する記録なのです。

Sorokin選手は12時間走の世界記録保持者でもありますが、その記録は今年1月イスラエルで開催された大会で出した177.410kmです。それまでの記録は昨年Sorokin選手が出した170.309kmです。その記録が出るまでは170kmを超えたことはなく世界歴代2位の記録は168.792kmです。

その意味では歴史上、12時間で170kmを超えた選手はSorokin選手しかいません。そして今回はその170kmオーバーをした時点ではレースはまだ半分しか終わってなく、そこから後半戦がスタートしたのです。したがって余裕を残して170kmを超えたのです。

後半12時間で148.814kmの意味

この記録に気づいた方は相当なウルトラマラソンランナーか、ファンでしょう。

前半の170kmオーバーと同じくらい、疲労が溜まっている後半12時間に148kmを超えたことも驚愕すべき記録なのです。

今回の後半12時間の記録は148.814kmですが、これは12時間走(24時間走の通過記録を含む)の世界歴代59位に相当し、日本歴代記録では原良和選手の160.800kmに続く記録を後半に出したのです。

フレッシュなスタート時の状態から12時間で、148.814km走れる選手は世界的にも一流なウルトラマラソンランナーだけです。

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途中経過

こちらは大会公式Facebookページに掲載された記録です。

12時間 170.8km

15時間 210.5km

20時間 276.1km

21時間 283.7km

23時間 306.6km

24時間 319.614km

ちょっと分かりにくいので、整理してみました。

20時間から21時間の1時間で7.6kmしか距離が伸びませんでしたが、疲労による失速なのか?ラスト3時間に向けての補給と休憩なのか?21時間の記録が発表された時には分かりませんでしたが、その後の記録を見ると、後者だったのでしょう。

24時間の平均時速は13.3km(4’30/kmペース)ですから、フル3時間10分のランナーが8人で襷を繋ぎ、8人目が23kmあたりまで走ったまで走ると到達する距離と時間です。

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世界歴代ランキング

順位記録(km)名前開催年
1319.614Sorokin, AleksandrLTU2022
2303.506Kouros, YiannisAUS1997
3301.859Piotrowski, AndrzejPOL2022
4295.363 Tkachuk, AndriiUKR2021
5288.438 Visintini, MarcoITA2022
6285.366Hara, YoshikazuJPN2014
7282.282 Zhalybin, DenisRUS2006
8279.427Ishikawa, YoshihikoJPN2019
9278.432Coury, NickUSA2021
10277.543Morton, MichaelUSA2012

今回のヨーロッパ選手権で歴代1、3 、5位が生まれました。日本人選手では原選手が6位、石川選手が8位にランクされています。

このランキングを見ても、2位のKouros, Yiannis選手以外の上位5位までの記録は2021年以降に生まれました。

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私はAleksandr Sorokin選手と走ったことがある

当時は知らなかったのですが、2018年に中国で開催されたFord Ultra Challenge 100kmで、私はAleksandr Sorokin選手と同じ選手村で過ごし、同じ食堂で食事をして、同じ大会を走ったのです。この大会は200人程度の選手のために、数千人の警察官により公道を交通規制し中国の国営テレビで放送されるような大々的なものでしたが、私はたまたま招待選手として出場する機会を得ました。

その時のことはこちらに掲載しています。

こちらは選手村からスタート地点に向かう送迎バスですが、主催者から許可を得て写真撮影しました。Sorokin選手は右側2人目の青のジャケットを着た選手です。

気温が高く日差しも強く厳しいレースになりましたが、開催国中国の選手が強さを見せて優勝、板垣選手が2位、そしてSorokin選手は3位でした。

順位タイム氏名
16:46:45Si, Guo-SongCHN
26:58:14板垣辰矢JPN
37:11:46Aleksandr,SorokinLTU
47:21:15 小野喜之 JPN
57:24:46 Popov, SerhiiUKR
67:30:55 Calcaterra, GiorgioITA
169:36:53遠藤航 JPN
179:36:55 長塚淳JPN
189:45:32高橋和之JPN
199:51:17新澤英典JPN
3111:38:07 魚地秀治JPN
(完走者は男子33名、女子17名)

Sorokin選手のシーズンベスト推移

なぜ、4年前の100kmレースのことをここで書くのかと言えば理由があるのです。この当時からSorokin選手は100kmも24時間走も強い選手でしたが、コロナ禍以降に急激に伸びてきたのです。そのレースは7時間台で、当時の自己ベストも6時間50分の選手だったのです。

こちらが、Sorokin選手のシーズンベストの推移です。(DUVウルトラマラソン統計掲載データだけなので、その他不掲載の記録はあるかもしれません。)

開催年100km12時間走24時間走
2014年7:20:41
2015年6:50:34242.189km
2016年153.000km260.491km
2017年243.362km
2018年7:11:46260.991km
2019年150.338 km278.972km
2020年6:43:13
2021年170.309km309.399km
2022年6:05:41177.410km319.614km

2019年の24時間走278.972kmはIAU24時間走世界選手権で優勝した時の記録です。その前の世界選手権は2017年に開催されましたが、その時の記録は243.362kmで26位。優勝は石川選手の270.870kmでした。

2019年の世界選手権で優勝しましたが、その年の世界ランキングは石川選手の279.427kmに次ぐ2位でした。そして2020年は世界的にほぼ大会は開催されず、2021年に別次元の選手になったのです。

2022年の100km6時間05分41秒はトラックでの記録のため世界陸連公認記録ではありませんが、風見選手の世界記録を上回っています。そして12時間走、24時間走で驚愕の世界記録を更新しているのです。

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カーボンシューズの影響

今回大会公式Facebookページに掲載されたSorokin選手のシューズを見るとナイキ・ヴェイパーフライネクスト%2と思われます。Sorokin選手に限らず、2019年の世界選手権で女子選手で初めて270kmを超えたHerron, Camille選手(USA)もナイキ・ヴェイパーフライネクスト%を履くなど24時間走でもカーボン厚底シューズを履くトップ選手は増えています。

欧米の選手は男女ともに長身でがっしりとしているので体重も日本人選手と比べると重く、カーボンシューズを活かしやすいと言われています。もちろんシューズだけで記録が伸びる訳ではありませんが、箱根駅伝や、エリートも市民ランナーも、カーボンシューズが発売されてからフルマラソンのタイムが大きく変わってきたのと同じように、24時間走でもシューズによる影響は大きいと考えられます。

フルマラソンと24時間走は別物だけど

今回の記録はウルトラマラソンを走っているランナーからすると途轍もない記録です。個人的には女子マラソンで2時間10分切りする選手が誕生したくらいのインパクトを受けています。

24時間走などの経験のないランナーから、フルマラソンを2時間少々で走るケニアやエチオピアの選手が走れば、もっと距離を伸ばせるのか?といった質問を受けることがあります。もちろん走ってみないと分からないし、現実的に走ることはないと思いますが、私はだいたい以下のように答えています。

フルマラソン2時間少々の選手が100kmを走る準備をして走れば5時間台などの世界記録が生まれると思うが、それらの選手が24時間走で世界記録を出せるかと言えばおそらく出せません。

フルマラソンを2時間少々で走るということは2時間少々の競技であり、24時間走りはその10倍以上の競技なのです。

例えば100m世界記録保持者のウサイン・ボルト選手の全盛期に800mや1500mを走っても世界記録は絶対に出せないでしょう。また800m1分40秒91の世界記録保持者のルディシャ選手が5000mや10000mを走っても世界記録は出せないでしょう。短距離と中距離は違い、中距離と長距離は違う。同じようにマラソンと24時間走は違うのです。そのように考えるとイメージしやすいと思います。

ただ、Sorokin選手のフルマラソンのタイムは、100kmのタイムを考えるとおそらく2時間15分以内だと思います。そのくらいの走力を持った上で、24時間動き続けることができるタフなメンタルと身体が必要なのです。

いずれにしても、2020年以前は24時間走の日本代表になるためには260km前後の記録が必要で、世界選手権で上位を狙うには270km以上の記録が必要でしたが、2018年を最後に神宮外苑24時間チャレンジが開催されなくなっている間に世界のレベルは一気に高くなり、来年開催されるIAU24時間走世界選手権で上位を狙うには今回のヨーロッパ選手権で上位に入った選手と競わねばならないのです。そのためには12時間で160km走れるようなスピードを備えた上で後半も粘れるような強さが求められるのでしょう。

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