ウルトラセミナー参加者 サロマ湖100km完走記 六波羅美幸(後編)

サロマ湖

日本最高峰の100キロマラソンであるサロマ湖100kmウルトラマラソンで、未知の距離である100キロにチャレンジし、完走するためにウルトラセミナーの参加した六波羅美幸さんが、12時間36分48秒で完走しました。その完走記を読んだところ、私のアドバイスだけではなく、レース中にしっかり状況判断したことなどが盛り込まれていて、来年以降、完走を目指すランナーにとって参考になる内容だと思い、コース画像や私のアドバイスを加えて記事にしました。

私はサロマ湖を5回走ってワーストタイムは9時間25分台です。ウルトラセミナーでは完走に必要なことをデータに基づいて説明をしていますが、実際に13時間近くかけてサロマ湖を走ったことはありません。そのペース、時間で走らねば分からないことはたくさんありますので、今後もこのような記事を作っていこうと思います。

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《未知・ 60㎞〜80㎞》

未知の数字に突入するとワクワク

サロマ湖

60㎞を7時間4分で通過。遅れは最小限で食い止めたと前向きに捉える。柴又では6時間24分だったことを思い少しガッカリするが、ここで終了の柴又との最大の差、あと40㎞残っている。残りを思いウンザリするのかと思いきや、いざ辿り着いてみると、これから未知の数字に突入するのだとワクワクさえした。私がレースで楽しみにしているのは、積み上がってゆく距離表示を見ることだ。初フルで40㎞の表示を見たときの感激が忘れられなくて、今でも走り続けている。99㎞の表示見たらきっと泣くだろうな。絶対泣く。

どうしてもココまで来たかったと話してたら泣けてきた

沿道の応援が少しずつ増えてくる。頭に緑のBuffを巻いた女性が、ファイトファイトー!と叫んでいる。…ん?この人さっきもいなかったか?いや、さっきどころではない。恐らく4回目位の遭遇だ。応援の為に大移動しているのだろう。思わず手を合わせたくなる。65㎞を過ぎてソワソワし始めた。サロマには名物私設エイドが存在する。店主の女性が第2回大会から始めた小さなエイドが、年々拡大したという。見えた。斉藤商店の大きな看板。物凄い規模だ。スタッフも20人以上いるだろうか。温かいおしぼりありまーす!と言われ受け取り、初めて自分の手がすっかりかじかんでいたことに気づいた。手袋越しに、おしぼりの温かさがじんわり沁み渡る。テーブルに山積みになった無数のおしぼり。他にも、プチトマトにブルーベリー、ゼリーなどなど、全て私財で用意していると聞いた。おしぼりの戻し場所を探す私に、いいからいいから、そこに捨てて!とスタッフさん。どうしてもココまで来たかったんです、と話していたら泣けてきた。

雨の中を何時間も立ちっぱなし、本当にありがとう。

サロマ湖

70㎞。霧雨はシャワーのように降り続く。距離表示看板のそばに佇む、傘をさしたボランティアの男の子。エイドで冷たい飲み物を差し出す女の子は、手も鼻も真っ赤だ。寒いのにスイカがおいしいなんて可笑しいね、と話しかけたら笑った。北国の子たちだけど、雨の中を何時間も立ちっぱなしは寒いよね。本当にありがとう。エイドではスイカとオレンジジュースばかり摂っていたが、トイレが近くなると思い最小限に。水分摂取コントロールが上手くいっているのか、これまで1回しか行かずに済んでいるし、雨と低温も脱水予防に一役買っている。男性は茂みを見つけては消えて行く。立ったままお勤め終了、羨ましく恨めしい。でも本当はやっちゃダメなんだからね(笑)

戦略的に歩きを加えた

左ももの張りが強くなり、走ったり歩いたりを繰り返す。その方が筋肉への負担が分散することに気づいたからだ。左足裏母趾付近に水ぶくれの気配があり、悪化させたくない思いもあった。走る歩くを繰り返すとペース感覚が掴みにくくなるので、5㎞毎に大まかにラップを捉えることにした。42分以内なら合格。良いペースで淡々と走るチェックのランパンの女性ランナーを見つけ、こっそりとペーサーに任命した。そう言えば、未知の距離でも悩みの膝痛が来ていない。日頃メンテしてくれるK先生、シューズアドバイザーFさんのお陰だ。

ひとりの女性が大きなゴミ袋を握らせてくれた

サロマ湖

70㎞から80㎞は小さな私設エイドが沢山ある区間だ。コールドスプレーやコーラ、凍らせたゼリーなど種類も様々。斉藤商店とは違う魅力の、ほんのりとした灯火のようなエイドたち。リボンナポリンを飲みながら、コレ関東では売ってないです、と言ったらビックリされた。記憶が曖昧だが、警察署の手前あたりだろうか。ひとりの女性が駆け寄ってきた。これ使って!と握らせてくれたのは大きなゴミ袋だ。ポンチョを持たない選択をしたものの、代用のウィンブレは長時間雨に晒されて濡れ、着ると却って体温を奪うため腰に巻いたまま。ただのお荷物と化しているウィンブレ。逆走してまで奪還したのにこの仕打ちは何だ。そんなことを思った矢先だった。身体の冷えは感じなかったが、お礼をして早速被ってみた。頭と腕を通す場所に長めの切れ込み。瞬時に体感温度が変わり、いつの間にこんなに冷え切っていたのだろう、と驚く。このゴミ袋が80㎞以降のレースを左右する出会いの3つ目となった。この女性を探し出し、お礼を言いたいと毎日思っている。

”本サイトより読者へアドバイス”

60〜80キロは100キロマラソンではもっともキツイ区間だと私は感じます。ラスト20キロになればゴールまであと少しと思えますが、60キロ到達時にはまだフルマラソン近い距離が残っているのですから精神的にも耐える時間帯です。その時にネガティブな精神状態になると一気に苦しくなります。

ウルトラセミナーは過去の参加者データを分析した数値をもとに目標タイム設定やペース設定するなど、客観的事実に基づいた内容が中心ですが、”感謝の気持ちを忘れない”とか”苦しくなったら笑ってみる”とか”時間がある限り諦めない”など精神論的な内容もお伝えしています。例えば、感謝の気持ちを忘れない。と言うのはボランティアスタッフにお礼をいうなどマナー的なことだけではなく、走りに大きく関わることだからです。

六波羅さんは、ボランティアスタッフにお礼をいったり、感謝の気持ちを持ち走りました。キツイ時でも自分を支えてくれる人への感謝の気持ちから”ありがとう”と心の底から思えれば、その方々の気持ちに報いるためにも頑張ろうと思えるはずです。

逆に、自分が目標にしているタイムを出すためだけに走るのであれば、そのタイムで走ることが不可能になった時には走る意味がなくなります。厳しい気象条件であれば止めるでしょう。

私は、どんな時でも完走をすることを目標にしています。もちろん価値観は様々です。そんなボロボロになって完走してなんの意味があるのか?と思う方もいるでしょうが、私はどんな時にも完走は諦めたくないのです。その時に大事なことは、心の拠り所を見つけることです。目標タイムが困難になったとしても走り続ける意味を見つけることができればゴールを目指せます。自分のためだけでは頑張れない時も、誰かのために頑張ろうと思えば走れたりします。

また、戦略的に歩きをいれたのも完走に役立ったと思います。何をもって戦略的というかといえば、何も考えずに本能のまま歩くのはではなく、可能な限り速く確実にゴールするために歩くのです。重要なのはダラダラ歩かないことです。心拍計で機械的に歩く心拍数と、走り出す心拍数を決めたり、距離や時間で決めるのも良いと思います。大事なことは自分に負けたから歩いているのではない。自分はファイティングポーズを取っているのだと歩くのです。精神面で大きな違いがあります。

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《感謝・80㎞〜フィニッシュ》

ワッカの写真や映像は見ないように目を逸らし続けてきたが・・・

サロマ湖

大きな通りを左折すると、すれ違いのコースとなった。続々引き返してくるランナーたちは、あと残り何キロなんだろう。向こうに森が見える。手前にエイド。ここからワッカ折り返しまで9.1㎞です!と聞こえてくる。ワッカだ!いよいよ憧れのワッカが現実となる。ワッカこと『ワッカ原生花園』は、コース上最も苦しく、最も美しいと聞いていた。サロマ挑戦に向けて、私はひとつの願かけをしていた。ワッカは自力で辿り着き、自身の目で確かめる。写真や映像は見ないように目を逸らし続けてきた。高い木立の森に入り80㎞通過。14時42分。ここで衝撃の(?)事実に気づく。写真をスルーし続けたサロマ1年生の私は、ワッカがどんな景色か知らないのだ。この森はワッカじゃないよね?もうすぐ15時になっちゃうよ。ワッカが何処だか、わっかんないよー。疲労と焦りで、オヤジギャグにもキレがない。

そしてワッカへ

サロマ湖

右折すると突然視界が大きく開けた。オレンジ色のユリのような花。小刻みで緩やかな丘陵。ココだ!ワッカ原生花園だ。時計を見ると15時まであと10分以上ある。間に合った。これでゴールに行ける。サロマを知り尽くすYさんが言うのだから間違いない。安堵で力が抜けそうになる。後に体力的に追い込まれることになるのだが、ここで精神的な安定を得たのは大きかった。灰色の空に濃い緑を放つ草花。右手に荒波のオホーツク海。一方、左手の湾は比較的穏やかで、対岸に民家が見える。ワッカの風景が日常にある生活ってどうなんだろうとぼんやり考える。波音と風音が入り混じる。風が強くなり顔を伏せ、脚元を確認しながら進む。ふと顔を上げると友人がいた。グッドタイミング。Aさん!と呼ぶと、もうダメだと弱気発言。旭川空港から会場まで運転し、私を運んでくれたのは仲間だ。レース以外の部分で気を遣わせた。体調不良で諦めかけたときも心配をかけた。感謝と申し訳ない気持ちが混じって複雑な気持ちになった。友人に残念な報告などできない。絶対にゴールします!と宣言し、ハイタッチして見送った。

急速に体温を失っていく

細かいアップダウンに脚が追いつかずペースが落ちる。吹きさらされた身体は急速に体温を失っていく。肘から先が痺れ、慌てて腕をゴミ袋の内側に納めた。寒い。コース脇にはエマージェンシーシートに包まり、身体を小刻みに震わせる数人のランナー。私もこのままでは冷え切ってしまう。アミノバイタルゼリーを摂って体温を上げようとした。ところが、腕が言うことを聞かない。ウエストのポケットから取り出せないのだ。立ち止まり、意識を集中させパックを握り締めるが、今度は口が開けられない。力の入らない指先を必死でひねると、ゆるんでいた蓋のお陰で何とか開いた。蓋を開けてくれたレストステーションのボラに心底感謝した。沢山開封したのかな。腱鞘炎にならないでね。気のせいかもしれないが、口にすると身体の中がじんわり熱を帯びてくる。

ゴミ袋がなかったらと想像したら恐ろしくなった

ワッカは基本的に車両進入禁止なので、仮設トイレもエイドも最小限だ。応援は、ただ1ヶ所の対岸から入れる道付近に集中しているので(なんと、緑のバンダナ女性はそこにもいた)、他はランナーの往来のみ。皆、疲労の色が濃く無言だ。あんなに楽しみにしていたワッカの景色をあまり覚えていない。脚を動かすことに集中していないと進めなかったからだ。右、左、と心の中で繰り返す。肉体的に使い果たす『脚が止まる』とはまた違う感覚。脳の信号が脚まで届かない、そんな感覚。ゴミ袋がバサバサと音を立ててなびく。飛ばないように裾を掴むが、握力が弱くスルリと抜けてしまう。仕方なく、袋を掴んだ手をグーにし、裾をグルグルと巻きつけ固定した。寒さと疲労。ゴミ袋がなかったらと想像したら恐ろしくなった。それを着ていてさえ、カラダとココロがちぐはぐになる感覚を、生まれて初めて経験したからだ。

もはや時間と距離の感覚はない

先端に橋が見える。ここがワッカ折り返し。つまり先程のエイドに戻るまで9.1キロ。長いとも短いとも思わない。もはや時間と距離の感覚はない。温かいお茶ありまーす!と呼ぶエイド。大量の氷と温かいお茶が混在する不思議なエイドだ。本来この辺りは、被り水が大繁盛のはずなのだろう。そう言えば、これまでの被り水エイドの子達は、手持ち無沙汰そうで気の毒だった。途中からは無人エイドとなっていたっけ。お茶のコップに茶葉が浮いている。これ茶葉から淹れたの?一体何人分を用意したの?労力を思うと頭が下がる。お湯を運ぶのも大変な筈だ。ワッカでは、ある人物探すことも集中力を保つのに役立っていた。Nさん。長距離が得意でウルトラの経験豊富だ。完走メダルコレクターでもある。いた!会えた!呼びかけると、とても80㎞以上を走って来たとは思えない、まるでお風呂上がりのような(失礼!)おっとりとした返事に力をもらう。さすが『ウルトラの父』、強い。メダルコレクションに新たな1枚が加わることを確信する。

99㎞で号泣計画は敢えなく終了

サロマ湖

90㎞。急激に雨粒が大きくなる。容赦なく入り込む水はシューズを重くし、キャップにたっぷり染み込ませた防水スプレーの効果を、とうの昔に強制終了していた。ふと、帰ったらゴアの手袋買おうかなと考える。またうっかり捨てちゃうかも知れないから、台所用手袋がいいか。ここまで来ると、往路のランナーはもういない。時間切れなのだ。さっき最後尾車両とすれ違った。

95㎞。あと、たったの皇居1周。脳内イメージを竹橋交差点に切り替える。そして、残り4キロの看板。96㎞の表示はない。はたと気がつく。以降はカウントダウン表示なのだ。もしかしてもしかして。えー!99㎞表示、ないの⁈ 崩れ落ちそうになる。1年間、それを見たくて見たくて、そりゃあもう楽しみにしてたのに…当然のことだが、そんなことにこだわるのは私くらいなので、95㎞以降はカウントダウン表示ですよ、などという親切な情報は何処にも載っていない。99㎞で号泣計画は敢えなく終了。こうなったら、まんまるの笑顔でゴールだ。

私を救ったゴミ袋はゴールに連れていく

再び森を抜けると、ボランティアが1列に並び、拍手で出迎えてくれた。おかえりなさい!あと2.3㎞です!泣きそうになるが、泣いちゃダメだ。あと2.3㎞あるのだ。最後のエイドは、ゴミを分別して捨てられるようになっていた。ポケットに溜め込んだものを捨てて行く。手の感覚はすっかり戻っている。アミノバイタルに感謝し、ゴミ箱へ。ありがとう。低体温から私を救ったゴミ袋は、ゴールに連れて行くことにした。2.3㎞と聞いて閃いた。最寄り駅から会社までとほぼ同じ距離。私はトレーニングを兼ねて歩いている。脳内イメージを再び切り替え、立川駅に。距離感と時間感覚が一致し、力がみなぎった。花道は冷たい雨。木立から雫が滴り、ゴミ袋に打ち付ける。

頭の中には感謝しかない

サロマ湖

残り1㎞。看板を撮影するランナーが数人。応援のために何人もがコースを逆走してくる。拍手が増える。おかえりなさい、おかえりなさい、と無数の声。帰って来たんだと、様々な思いがこみ上げる。頭の中には感謝しかない。GPSウォッチは3桁の距離を示している。とうとう我慢できずに嗚咽する。沿道の人が身を乗り出し、もうすぐだよ!笑顔笑顔!と言ってくれる。会場の放送が聞こえる。ゴミ袋を脱ぎ、腰に巻こうとしたが、思い直して左手に握った。このゴミ袋に、1番高くて近い場所でフィニッシュゲートを見せようと思った。右折。50mほど先だろうか、ブルーのフィニッシュゲートが目に飛び込んだ。本当に帰ってきた。

不肖のムスメは、とうとう100㎞走れるようになりました

サロマ湖

ビクトリーロード。一刻も早く駆け抜けたい思いと、終わってしまう寂しさが交じり脚が止まるが、思い直して踏み出した。一歩一歩を噛みしめる。私の名前が放送されているのが聞こえた。

『お帰りろくちゃん、待ってたよ』

ゼッケン受け取り会場で、ゴールする自分自身に向けて書いたメッセージ。いま読み上げられている。涙が溢れる。自分へのメッセージに自分で泣くなんて一生の不覚、愚の骨頂…自虐しそうになった矢先、沿道から私を呼ぶ友人の声がした。聞き覚えのある声に安心し、感情が爆発した。もう止まらない。笑顔でゴールしたいのに笑えない。お父さんお母さんありがとう。不肖のムスメは、とうとう100㎞走れるようになりました。ゴミ袋を握りしめ、両手を高く挙げた。しわくちゃの泣き顔のまま、フィニッシュゲートを通過した。

挑戦は終わった

そのまま一礼。振り返り一礼。関わって下さったあらゆる人とモノに感謝した。挑戦を決意してから、約1年と100㎞の道のり。やっと終わった。とうとう終わってしまった…

完走メダルをしげしげと眺める。一度は諦めたものが、首にかかっているなんて。鼻先にニンジンをぶら下げるかの如く、完走のご褒美をあれこれ考えながら走っていたけれど、このメダル以上のものはたぶん思いつかないので、考えるのをやめることにした。お疲れさん、と仲間が出迎えてくれる。もう走らなくていいんですよね。泣きながらそう言うと、そんな感想になるよなぁ。と、細く笑った。

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《エピローグ・感謝再び》

サロマ湖

とてもとても苦労してシューズを脱ぐ。orz。←まさにこの形でしばらくへたり込んだ。コマ送りをスロー再生するような動きで女子更衣室へ。勝手にペーサーに任命した、チェックのランパンの女性を見つけて嬉しくなる。話しかけると、昨年は98㎞で終わっちゃったので少し速めに走りました、と微笑んだ。

シャトルバス、レンタカーと乗り継ぎ、ホテルに着いたのは22時頃。洗濯のため荷ほどきしていると、レストステーションに置いたチームTシャツが出てきた。これを着ることはなくても、レース中の全ての道のりにおいて、心の支えはいつでも、共に練習を積む仲間だった。横になってもなかなか眠れず、ようやくウトウトした頃には空が白んでしまった。スッキリサッパリと晴れている。晴天をここまで恨めしく思った経験は記憶にない。来年は晴れたサロマ湖を、ワッカを見たいと思った。完走直後、もう走らなくて良いとホッとしたのに、こんなに全身がバキバキなのに、もう来年のことを考えている自分が少し可笑しくなった。

サロマ湖

エントリー代を払い、旅費を投じ、しかも100㎞先に走って行くなんて、そんなの狂気の沙汰だと、母は呆れていたっけ。少し観光した上に飛行機が遅延し、自宅に着く頃には23時を回っていた。いつも22時には寝てしまう母なのに、キッチンの灯りが点いている。お風呂沸かすの忘れて今になっちゃった。早く入って寝なさい。きっと待っていたんだろうなと思いつつ、不肖のムスメは黙って風呂に入って眠りについた。翌朝になっても、母は何も尋ねない。ロボット状態で出勤し、帰宅。

完走メダルをぶら下げて、ただいまー、と言ったら、本当にバカだねぇ、と答えたが、いつもみたいに文句は言わなかったので、少しは認めてくれたのだと思い込むことにした。《おしまい》

振り返って

ウルトラマラソンをライフワークに加えよう

サロマ湖

年齢を明かしてしまうようですが、私は運動経験のないまま、40歳を過ぎてからランニングを始めました。人に誇れることも才能もありません。

こんな私でも45歳までに何か成し遂げたいと思い、辿り着いたのがウルトラマラソンでした。成し遂げたかどうか、今はよくわかりません。完『走』したとはお世辞にも言えません。これが今の精一杯です。

でも、サロマを終えて1週間、ウルトラマラソンをライフワークに加えようかなと思い始めました。

レース中、距離が積み上がるのが楽しくて嬉しくて仕方なかったです!

アスリチューン・ポケットエナジーについて

サロマ湖

それと、ウルトラセミナーで紹介されたアスリチューン・ポケットエナジーは私のレースを支えてくれました。レース中に固形物が食べられない私にとって貴重な食感。ジェルでありながら程よく咀嚼もできて満足感がありました。他にはないグレープ味も気分転換になりました。

薄いので、二つ折りにして収納したり、アームカバーに挟んだりと扱いやすいのも良かったです。

ウルトラセミナーを受けて

サロマ湖

今回、チャレンジするにあたり、新澤さんのウルトラセミナーに参加し、目標タイム設定を学び数値化したことで、決して無謀な挑戦ではないと安心できました。また、さまざまなトラブルを想定し、モノとココロの準備ができたことも本番で生きました。特に、歩くのを躊躇しなかったこと、復活を信じたこと、終始冷静で楽観的だったこと。これらが、制限時間ギリギリでも焦らずに進めた理由と思います。吐き気の時も低体温になりかけた時も、頭の中は常に冷静でした。本当にありがとうございました。

本サイトより

六波羅さんの完走記をFacebookで読んで、情景描写や心の動きの表現が上手で引き込まれました。この内容をこれから100キロにチャレンジする方にお伝えしたいと、私の考え方を盛り込んで記事にしました。

文中にもアドバイスを盛り込んでいますが、六波羅さんが意識して行ったこと、もしかすると無意識に行ったことの中にも100キロを完走するために大事なことが散りばめられています。それらを読み取っていただけたらと思います。

特にこんなところで終わりたくない。絶対にゴールしたい。と終始一貫して強く思っていることです。ウルトラセミナーで学んだことを信じて先に進んだと話していますが、本人がゴールしたいと強く思わなければ、そんなことは浮かんできません。ゴールしたいと強く思ったから、襲ってくるトラブルにどのように対処すればよいか懸命に考え判断できたのです。

素晴らしいデビュー戦でした。完走おめでとうございます。来年は晴れたワッカを見ることができたらいいですね。