峠走の下りでのリスク、注意点とその対処法
(注)画像はイメージであり、本文内容とは一致しておりません。以下の画像も同様です。
タイムを伸ばしたい。自己ベストを出したい。速く走れるようになりたい。という気持ちはほとんどのランナーは持っていると思います。私も常にそんなことを考えています。また現在では様々なメディアに、速くなるための特効薬的な練習法や、アイテムなどが紹介されています。そのような記事をみて試した方もいるでしょう。またなぜそうなのかをじっくり考えている方もいるでしょう。
目標は現時点でできないことを掲げている方が大半でしょうから、目標達成のためには現在の自分をいかにそこに持っていくかを考え実行していくことの重要性は書くまでもありません。仕事でも同じだと思います。目標達成のために、速くなるために新しい練習法を考え取り入れることは大事なことだと思います。
しかし、注意して欲しいことがあります。それらの紹介記事にはメリットや効果は大きく書かれていますが、デメリットやリスク、注意点が詳しく書かれていることは少ないです。
ランニング経験の長い方であれば、その練習方法の効果やリスクを総合的に判断して、練習に取り入れるかどうかを決めることができます。またリスクが分かっていれば、そうならないように気をつけて練習し、効果のみ享受できるようにするでしょう。
また実業団選手など結果を求められるランナーや、市民ランナーであっても自身の目標達成のために、故障するリスクはあってもしなければならない場面はあると思います。その点について何もいうことはありません。
ただし、初心者〜アベレージランナーで、それらのリスクある練習法を雑誌等でみて、この雑誌に書いてあるなら大丈夫、このコーチが話しているなら大丈夫。それさえやれば今より速くなれるのなら試してみたい。とリスクの部分を考えずにやってしまう、もしくは初心者の友人を誘ってそのような練習を行い故障してしまったというのはよくある話です。
今回は、蓄積疲労による故障ではなく、突発的な故障に繋がりやすい峠走の下りについてそのリスクと注意点などを紹介します。
まず断っておきますが、峠走自体は登りも下りも、それらの切り替えも含めて、効果の高い練習です。ただ気になるのはその効果だけが一人歩きしていると感じるからです。
サブ4していないレベルのランナーから、「峠走の下りを一生懸命飛ばして走ったら脚が凄い筋肉痛になったけど、筋肉痛が取れれば脚が強くなるのですよね。」なんて話を聞くとぞっとします。そして痛みはなかなか取れずにしばらく治療しなければならなくなったりします。
そのようなランナーが私の周りにもたくさんいるので、今回注意喚起の意味でこの記事を書きます。
まず私の経験談として、サブ4を達成した頃に峠走の下りで故障したときのことを紹介し、そのリスク、注意点、そして対処法について、私の経験や知識だけではなく、整形外科医であり、びわ湖ランナーの諏訪医師に、医学的見地、解剖学的見地、そしてランナーとしての視点からアドバイスをいただきました。
自己ベストを更新しようと、一生懸命練習しているランナーが故障して走れなくなるのを見るのは辛いです。もちろん故障した本人はもっと悔しいでしょう。
今回の記事が少しでも参考になれば幸いです。
練習コース紹介 〜安全に走るために〜や、ランニング危険予測トレーニングを書いたのは、何が危険なのかを理解していただくためです。
峠走という効果ある練習方法も、何が危険なのかを理解せずに行えば、事故や故障に直結します。
ランナーが安全に快適に走れる環境作りのために、本サイトでは練習時の事故防止や、貧血で苦しむランナーを少しでも減らせるような記事などをこれからも配信しています。
スポンサーリンク
ビギナー時代の経験
私は41才直前にチャレンジした初フルマラソンは練習不足、知識不足から両脚が攣るというトラブルにより4時間56分かけてギリギリ完走。2回目のマラソンは、翌年2008年東京マラソンでしたが足攣りが怖くて慎重に走り余裕を残して3時間46分でサブ4達成しました。実はこの時、その後何十回と一緒に練習した猫ひろしさんに勝っていました。
その後にエントリーしていた、かすみがうらマラソンでは脚攣りは気にならずに走れば3時間30分も切れるかもと思っていました。
その2週間前に、以前から興味があった足柄周辺の峠走をする機会がありました。山北駅周辺からメジャーな万葉公園方面に向かうのではなく、大野山牧場に向かう片道9キロ、累積標高600mほどのコースです。距離は短めですが山頂付近は万葉公園より傾斜がキツイコースです。
当時の私はランニングに関する知識を徐々に蓄えている時期でしたから、リスクとかはほとんど考えませんでした。また記録が伸びていた時期なので身体も強くなっていると思っていました。
山頂で休んでから下りの練習がスタートすると一気にスピードを上げ、前ももの筋肉をいったん破壊するように走りました。そのように走れば超回復で脚が強くなると雑誌等に書かれていたので、そのように急傾斜を一気に走ったのです。凄い衝撃ですが、これで脚はもっと強くなる。と思っていましたが、数キロ下ったところで脚に力が入らなくなってきましたが、ゴールまで下りなので少しペースを落として走りました。
走り終わった時には脚の痛みは増し、練習後に立ち寄ったファミリーレストランに入るときには歩くのも大変な状態になっていました。
しかし、いったん筋肉を壊して超回復するためには、必要なことだと思っていましたが、翌日になっても、翌々日になっても痛みが取れず日常生活にも支障をきたすようになったので、当時通っていたスポーツジム併設の整骨院に見てもらったところ酷い状態でした。
その時痛めたのは腸頚靭帯と足底でした。その後、数年はその症状が疲労がでると再発しました。
かすみがうらマラソンまでに走れるようになりたいと伝えたら、そんな状態ではないと言われました。しかし諦めたくなかったのでその日から毎日通って痛い治療を受けたところ徐々に回復し、絶対に無理しないという条件で走っても良いと言われました。しっかりテーピングをしてもらい、序盤からゆっくり走りましたが、東京マラソンの時とは違って思うように走れないし痛みがでました。グロスでは4時間を少し超えてしまい、3時間30分切りどころかタイムが後退し悔しかったのをいまでも覚えています。
それ以上に悔しかったのは、なぜそんな故障するような練習をしてしまった迂闊な自分にです。
この経験から、他人の言うことや、雑誌等に書かれていることをそのまま鵜呑みにしないで、自分自身で納得した上で行う習慣がつきました。
私が感じるリスクとありがちな例
最近でも、足柄峠の下りを頑張って走ったことから、故障、故障寸前、脚の痛み・張りがなかなか抜けず不調になったというランナーが私の周りにもたくさんいます。
特に気をつけねばならないのはサブ4を目指しているくらいのランナーです。
このレベルのランナーはまだランナーとして必要な筋肉がついていないことが多いです。
またこのレベルのランナーは、平地であれば接地時の衝撃で脚を故障するほどのスピードを出し続ける心肺能力はありません。仮にキロ4分で走ると故障リスクにいたるような衝撃が発生するとしても、まずキロ4分では走れません。苦しくてペースを維持できません。その結果、このレベルのランナーが故障するのは突発的な力がかかって故障するのではなく、筋肉の張りが蓄積した状態が長く続き故障することが多いと思います。
しかし、長い直線の下り坂であれば、心肺能力をさほど必要としないので、このレベルのランナーでも平地では出せないキロ4分を切って長時間走ることも可能です。
普段出せないスピードで走ることは楽しいと思います。風を切って、景色を切り裂いて走り抜ける気持ち良さは下り坂にはあります。
仲間と一緒に走れば、競走になり平地では勝てないランナーを抜くこともできるかもしれません。アドレナリンが出るから痛みを感じることなく走りきることができるかもしれません。しかし止まった瞬間に激しい痛みを感じることになるのです。
また、ありがちな例として、峠走の楽しさ、気持ち良さを知った男性のアベレージランナーが、その楽しさをビギナーの女性ランナーに伝え行きたいと言われ、一緒に走りにいくケースです。平均的に男性は女性より筋肉が発達しているので、下りでもある程度のスピードで走っても故障にいたるダメージではなく、数日の筋肉痛ですんだかもしれませんが、筋肉や関節の弱い女性ビギナーランナーが同じことをしたらかなりの確率で故障します。このケースの場合、ビギナーの女性ランナーから見れば男性のアベレージランナーは経験豊富なランナーです。その先輩ランナーが出来るというのだから信頼し、信用しているのです。
もしビギナーと一緒に行くのであれば、そのランナーの実力や筋力を考え絶対に無理なスピードでは走らないようにしてください。
その他、下りをスピード出して走れば躓いたり、踏ん張れずに転倒するリスクや、カーブで膨らみ自動車やバイクと衝突するリスクもあります。
箱根駅伝の6区山下りを走る選手は、本番以外はコース全体を通して走らずに、車で移動しながら、ところどころ下りて確認する程度だと聞いたことがあります。また箱根駅伝を走ったあとはしばらくまともに走ることができないそうです。6区山下りを走る選手はそもそも駅伝部で厳しい練習を積んだ選手であり、また身体の頑丈な選手が選ばれます。その選手でさえそれほどのダメージを受けるのが峠走の下りです。
スポンサーリンク
ドクターランナーの見解
上記は私の見解ですが、ドクターランナーの諏訪医師から医学的、解剖学的な見地から、峠走の下りでのリスク、注意点を教えてもらいました。
着地時に平地では体重の3倍、下りでは(傾斜やスピードによるが)5倍以上の衝撃がかかる。
足底~足関節・膝関節・股関節・腰椎にかかる負担が特に大きい。
その結果発生すること
その結果、ランナー特有のランニング障害である足底腱膜炎や着地衝撃による足底での溶血による貧血、シンスプリント、腸脛靱帯炎が起こりやすくなる。
さらに他に関節軟骨の損傷や半月板損傷、椎間板障害等も起こりやすくなる。
→まさしく、当時の私の状況と一緒です。
重大な故障に至る危険性が高い
下りでは大腿四頭筋にかかる負担がかなり大きく(遠心性収縮:筋肉自体は伸ばされながら収縮する)、損傷の危険性が高い
ビギナーは要注意
特に筋力が十分についていないランナーの場合には一度に大きな損傷となることがある。
ドクターランナーからのアドバイス
本サイトでは危険性だけを伝えるのではなく、どのように走ったら良いかも紹介していきます。諏訪医師からのアドバイス(『 』内 記載文言)に、私の経験および見解( → 以降)も加えて紹介します。
スピードコントロールが重要
『平地よりもスピードが出てしまうのは当然であり、仕方がない面もあるが、うまくコントロールすることが重要です。』
→私が故障した時は、あえて脚にダメージを与えるように走ったのだから当然の結果でした。今考えると問題外の走りです。峠走の下りを走る際は自身の脚力や筋力を過信せず、ダメージのないスピードで走りましょう。普通に走っても十分筋肉は鍛えられます。
後傾しない
『怖がって後傾(重心が後方)になると着地時にブレーキがかかってしまい、負担がさらに増えます。』
理想的なフォーム
『理想的には地面(傾斜)に対して垂直、重心の軸をからだの前方に置き、やや前傾姿勢で遠くを見るのが良い。』
→重心の軸がからだの後方になると、路面に対してはブレーキがかかった状態になるので、一歩一歩衝撃を受けながら走ることになります。
『歩幅は大きいよりも小さいほうが衝撃が少なくなる。』
→私がウルトラプロジェクトの練習会や、ウルトラセミナーなどでも同様のことをお伝えしています。まず下り坂でペースを上げる意識を捨てましょう。結果的にペースが上がったという感じです。ストライドを伸ばし滞空時間が長くなるような走りをすると、前半で脚は終わってしまいます。
『腕振りを素早くすることでピッチが速くなります。(小股になる)』
→下りを速く走りたいのであれば、ピッチを上げて、一歩の衝撃を小さくするように走ったほうがダメージは小さいです。
最初はゆっくり走る
『トレイルでは木につかまったり、くぼみに着地することでスピードを殺すことができるが、ロードではできないので、いきなりスピードを上げない。』
→仲間と競走してしまうと無意識に速いペースになってしまうので、ビギナーランナーや筋力の弱い女性を連れて行く場合は、ゆっくり走るなど配慮が必要です。
コース選定
『初めは長く急な下りでの練習を避け、短く緩やかな下りで練習する。』
→走っているときは、転倒などしないように緊張感を持って走るので、痛みを感じにくい状況にあります。したがって膝などが悲鳴を上げているので気付かず悪化させる危険性が高いです。もし長い下り坂を走るのであれば一気に長い距離を走り抜けるより、途中で停止しながら身体の状態のチェックをしながら走りましょう。
『下りっぱなしのコースよりもアップダウンのあるコースのほうがコントロールしやすい。』
→同意見で、個人的には、長い下りが続く足柄峠より、アップダウンが続く奥武蔵の方がビギナーでも安全に走れると思います。足柄峠は山北駅周辺から万葉公園まで登りきってしまえば、帰りはほぼ登りのない下り基調ですから、脚のダメージを抑えることなく走れてしまいます。下ってもその先に上りがあると思えば走り方も変わってきます。奥武蔵はその切り替えの練習になります。
峠走全般について
『グリコーゲンを枯渇させたり、筋繊維をかなり破壊するレベルまで追い込んだ激しい練習による超回復を裏付けるような論文はあります。私見ですが、このような高い負荷の練習は、アスリートがトレーナーなどの監視下でするものであり、一般的には市民ランナーにオススメできる練習ではありません。ただ、故障しないギリギリのところで練習ができれば走力(特に上りや下りの力)が効率良く鍛えられるのも事実です。かなり難しいポイントで、答えは無いと思いますが、少なくとも市民ランナーのレベルでは”安全第一”で無理をしないことが大切だと思います。』
→高い負荷の練習は、ランナー自身が効果とリスクを天秤にかけて行うものだと思っています。この練習をすると、どのような結果になるのか想像することが大事です。仮に故障寸前になったとしても、その結果を予測して行えば故障に至る直前で回避できるかもしれません。
アドバイスをいただいたドクターランナーについて
ドクターランナー 諏訪通久選手がアスリチューンサポートランナーへや【サポートランナー報告】ドクターランナー 諏訪通久選手 びわ湖毎日マラソン完走報告で紹介しましたが、諏訪医師は陸上経験がない中で、マラソン練習を開始し、短期間で資格タイム2時間30分以内のびわ湖毎日マラソンへの出場資格を得たドクターランナー(整形外科医)です。
整形外科医として勤務する一方で、その医療法人が運営するフィットネスクラブ『ValeoPro』のメディカルアドバイザーもつとめランニング教室も開催しています。
『ValeoPro』では、今後VRCと、PPCという新たなトレーニングを導入します。
『VRCは静脈のみの血流を制限してトレーニングすることで筋肉・呼吸循環機能・生理活性物質分泌(成長ホルモンなど)を改善します。
PPCは静脈と動脈両方の血流を制限して、1分間隔で加圧と解放を繰り返すことで末梢の毛細血管を開き、疲労回復効果があります。加圧と貯血と運動の組み合わせは無限大ですので、年齢や競技レベル・競技特性に合わせた専門的なパーソナルトレーニングができます。』
と諏訪医師に紹介していただきましたが、私自身非常に興味を持っており、体験してみたいと思います。
本サイトより
目標達成に向けて、どのような練習をしていくか、どのように組み立てていくかは、非常に大事なことであり、またランナーの走力や身体の状態によっても違います。峠走の下りをスピードアップして走ることで効果を上げるランナーももちろんいるでしょう。また、一概にこの練習は良くて、この練習は悪いということもありません。目標達成に向けて自分にはどんな練習が必要か?そしてその練習をどのタイミングで行うか?を考えた上で峠走の下りで得られる効果が必要であれば行えば良いのです。ただしこのケースに限りませんが、練習で身体を酷使するのですから、その練習と合わせてケアをしないと故障に繋がります。例えば峠走をする前に、整体やスポーツマッサージの予約をしておくなどもがオススメです。
全般的な話になりますが、自分が目標としているタイムを出した方のブログなどで、そのレース前の練習メニューが紹介されていると同じような練習をしようとする方がいますが、それは参考程度に留めてください。そもそも体力も筋力も、ランニングに使える時間も、回復にかかる時間も違うランナーと同じ練習をしても、目標タイムが達成できるわけではありません。負荷の高い練習の場合、故障したり、体調不良に陥ることもあります。
繰り返しになりますが、負荷の高い練習には効果とともにリスクが伴います。そのリスクを知り、軽減もしくは防止をする努力は必要です。
故障しないで継続して練習を続けることが目標達成に向けた早道です。