歩く時間が長くなった時にしたこと〜2019みちのく津軽ジャーニーラン〜④

装備品を吟味すること〜2019みちのく津軽ジャーニーラン〜③

装備品を吟味すること〜2019みちのく津軽ジャーニーラン〜③ から続く

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ジャーニーラン開催中、首都圏は雨が降り、気温も低かったようですが、深夜の一部時間帯を除き、昨年と変わらない強い日差しと蒸し暑さに苦しめられました。

スタートしてから特に気をつけたのは、水分を摂りすぎないことと、適切な塩分摂取をしていくことです。

第1CPから第2CPの区間距離は27.1kmあり、コンビニは第2CP直前までありません。自販機もほぼありません。いくつかはありますが、前夜スタートした263kmのランナーが通過した後なので、売り切れになっている可能性が極めて高く自販機では買えないと考えてスタートしました。

そのため第1CPで空のソフトフラスクにスポーツドリンクや水を入れてスタートしたので、水分が足りなくなる不安はありませんでした。しかしドリンクは温くなるとマズく、ようやく辿り着いたコンビニは楽園に感じました。

ここで冷たいドリンクを飲み、第2CPがまだ開設してない時間だったので、次のコンビニまで必要なドリンクを購入してから、第2CPに向かうと、主催者の配慮で予定より早い時間に開設していました。そこで通過チェックだけ受けて先に進めばよかったのだけど、そこでも水分補給をしてしまいました。

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その後、わさおに会いに行ったり、慌てて早く進もうとしないで、じっくりCP3を目指すつもりでしたが、CP2を出てから5kmくらいの場所で急に吐き気がして、たくさんの水分を吐いてしまいました。やはりCP2での水分補給は取り過ぎでした。ただ特段体調は悪化せず、そのまま走れる感じでしたが、しばらく歩いて体調を確認しました。原因は低ナトリウム血症気味で軽度な熱中症だったのでしょう。ただこれだけ暑い中を長時間走っているのだから、このような症状が出るのは仕方がなく、大事なことは悪化させないことです。

『喉が乾く前に水を飲め』は危ない 〜運動関連低ナトリウム血症にご注意を〜

十三湖に向かう手前にあるローソンの店舗横の日陰で少し休憩して、そこから第3CPまでは走るつもりでしたが、すっかり歩き癖がついてしまい歩く時間が増えてきました。向かい風が強く走りにくさはありましたが、逆に暑さを和らげてくれるので走れない状況ではありません。

昨年はこの辺りで股擦れが酷くなり、そこから負の連鎖が始まったのを思い出しながら進みました。

昨年はこの区間で足首に痛みが出てしまい無理して走ると故障する可能性が高く、またゴールできないと思ったので、ゴールするために走らず歩き続けることを決め、そこから100km全て歩き続けましたが、今年はそんな悪い状況ではありません。

全行程の半分も来てないのに走れないのは弱すぎるし、歩きばかりだと身体に負担がかかり、本当に走れなくなってしまうので、なんとか走れるようにしようと模索しました。

その時に、まずやったことは、SUUNTO9の区間平均ペースがキロ◯分を超えないように走ったり、歩いたりしました。その上で、ペースは遅くても良いからとにかく1km連続して走ることにしました。

しばらく走って半分くらいきたかと思ってSUUNTO9の距離表示を見ると、まだ300mも走ってないことを知りガッカリしたことも何度もあります。

ただ自分で決めたことだから、とにかく1km走りきりました。そこで200mほど早歩きをしてから、また1km走る。それを繰り返しているうちにCP3に到着しました。

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ここで走り続けることはできなくても、走る時間を増やせたことで、次のチェックポイントまでの27.9kmは気持ちよく走れました。

トラブルで気持ちを切らしてしまうと、ネガティブな思考になり、さらに走れなくなってしまうので、1kmは走り続けると決めて走り切るという小さな成功体験を重ねることで、その悪い流れを断ち切ることができました。

昨年は歩き続けた鰊御殿に向かう道を、今年は夕日を眺めながら走ることができた時、少し進歩した自分を感じることができました。

2019みちのく津軽ジャーニーラン⑤ に続く



装備品を吟味すること〜2019みちのく津軽ジャーニーラン〜③

区間タイムからレースを振り返る〜2019みちのく津軽ジャーニーラン〜②

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区間タイムからレースを振り返る〜2019みちのく津軽ジャーニーラン〜② から続く

前話でチェックポイントごとのタイムなど書きましたが、長々とレース中に起こったことを書き始めると最後まで行き着か図に尻切れトンボになるので、印象に残っていることをいくつか書きます。

昨年のレースは非常に苦しみました。そして昨年よりサロマ湖を走ってからのリカバリー期間が1週間短く、はっきりいって不安だらけのスタートでした。

天気予報は刻々と変わりましたが、昨年のような暑いレースにはならないと前日まで思っていました。また数日前の予報は雨だったので、レインウェアもしっかりしてるけど重たいのと、多少の雨ならしのげる程度だけど軽いのをそれぞれ上下持ち込みましたし、暑くなっても寒くなっても対応できるようにしました。たぶん使うことはないと思いつつグローブも現地に持ち込みました。

また、後半走れなくなった時のためにトレッキングポールをドロップバッグにいれましたし、シューズも自宅を出るときに決めきれずに、現地に履いていったHOKA oneone カーボンX以外に、ズームフライSPと、アディゼロジャパンブースト3をザッグに詰めました。またライトもトレランと違い不整地ではないので、さほど明るいのは必要ないと思ったけど、600ルーメンのヘッドライトと、1000ルーメンのハンドライトを持ちました。

レース中に使うバックパックも、どれだけ荷物を持つかでサイズを変えることが出来るよう2つ持参しました。

今回は、現地に持参する荷物自体を減らしたいと考えていましたが、出発前日にパッキングを始めたので迷ったモノは持って行くことにしました。結果、キャスター1個には収まらず、ザッグにもある程度の量を入れざるを得ませんでした。

阿蘇には大きなキャスターで行きましたが、荷物預けで主催者の負担にならないよう、小さなキャスターにしてザッグはキャスターにしまうことにしました。

装備・アイテムについては、持てば持つだけ安心か?と言えば、そんなことはなくて、重さがストレスになりトラブルをうみますし、走りを阻害します。

必要な物を持たないのは問題外ですが、このバランスにはいつも悩みます。

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大会前の天気予報を見て、雨はほぼ降らないし、降っても身体が冷え切ってしまうような気温にはならないと予想して、アールエルの超軽量撥水ジャケットと、モンベルの超軽量レインパンツ、そしてファイントラックのインナーシャツをバックパックの背中に当たるハイドレーションをしまう箇所に薄く畳んで収めました。サロモンのしっかりしたレインウェア上下は念のためドロップバッグに入れました。

背中に硬いものが当たると、その箇所が擦れたり、張りが強くなったりすることでトラブルをうむので、背負った時に違和感を感じたら、例えそれが小さな違和感でも、アイテムを入れ直すなどしてください。少し入れ替えるだけで違和感が消えることもあります。少しの手間と時間を惜しむことでずっとストレスを感じるよりも直した方が良いです。

これは昨年のうつくしま、ふくしま。ジャーニーラン122km(総合4位)のレース中に感じたことです。

うつくしま、ふくしま。ジャーニーラン122KM完走②〜レース展開前半〜

その他、ライトやその予備バッテリー、点滅ライト、反射タスキ、スマホの充電器、アスリチューンなど補給食、経口補水パウダー、擦れ防止クリーム、マッサージクリーム、包帯、消毒液、ポイズンリムーバー、虫刺されの塗り薬、バンドエイド、テーピング、エマンジェンシート、飲み薬、冷却用霧吹きノズル、ウェットティッシュ、下着、ソックス、地図、メガネ、コンタクト、ネックウォーマー2枚、ソフトフラスク3個(うち空2個)、ビニールテープ、凍らせたゼリー飲料2個、凍らせたカルピスペットボトル、スポーツドリンク、それ以外もスタート時に入っていました。

収納スペースをとるしっかりしたレインウェアを超軽量のレインウエアにしたことから、小さい方のバックパックでも、上手にパッキングすればこれだけのアイテムを収容することができました。

*画像はバックパック購入時のもので今回の使い方とは異なります。

パーゴワークス ラッシュ5R (PaaGO WORKS RUSH5R)衝動買いしました。

大会ルールにおける必携品はライトと点滅ライトなどで、ウルトラトレイルに比べたら非常に少なく、私が持った大半のアイテムは自分自身必要と思ったからです。

ただ次回はもう少し重量的に減らそうと思います。結果的に使わなかったアイテムの中にも絶対に持たねばならないものはあるので、それを減らすつもりはありませんが、その前提を崩さなくても軽量化することはできます。

まず、走り出す前から、ちょっと重い。失敗した。と感じた、スタート直前にコンビニで買ったドリンク2本は持たなければ、これだけで▲1kg

また、凍らせたゼリー飲料2個もスタート時からなくても困らないモノでした。これを持たなければ▲0.5kg

ライトもこれほどのスペックは要らず、必要十分な明るさを担保しつつ軽量なライトにすれば2個で▲0.5kg

補給食も結局運んだだけのモノがあり、もう少し吟味して必要量を計算すれば良かったです。これを吟味すれば▲0.3kg

また、股擦れなどに良いと思って買ったウェットティッシュはスッキリして良いとは思いましたが、20枚入りは結構な重さでした。

その他、1点1点は気にならない重さでも、積み重なると、気になる重さになっていきます。

ドリンクに関しては、第1CPまではコンビニは一定間隔であるのだから、そこで冷えた飲みたいドリンクを買うことが出来ます。重い思いをして、飲む段階になったら温く不味くなったドリンクを飲むより熱中症予防の観点でどちらが良いかは明らかです。

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バックパックが重たいと感じる重量は人それぞれですが、その重たいと感じる境目の閾値(しきいち)では、僅かな重量増により明らかに重たくなります。

大半のランナーが5’00/kmだと苦しくないけど、それが4’50/kmになった途端に心拍数が上がり始めるなど、感じたことがあると思いますが、これと同じようなことが重さでもあります。

スタート時に2kg、いや1kgでも軽ければ、もっと快適にストレスなく走れたでしょう。

特に脚の筋力を使うより、上体の動きで進む走りを模索している私にとっては、重さだけではなく、荷物が増えればバックパックの容量・厚みが増し背中への圧迫が強くなり、肩甲骨の動きが阻害されるので、自分の感覚よりペースが上がらないのを感じました。

今回、スタートから第1CPまでの22.2kmを2時間31分で走ったのは、エイドの開設時間9時30分に合わせたので予定通りでしたが、もっと余裕を持って走っても9時30分に着くと考えていたのに違い余裕のない到着になりました。

予想より気温が高くなったのも原因の一つでしたが、荷物を吟味できなかったことで余裕をなくしたことが最大の原因です。

そもそも自分の走りが阻害される重量は◯kgだと数値で把握するべきでした。それが分かれば計量して、その重量を超えていれば、どうするか考えるでしょう。量を減らすか、アイテムを軽いものに入れ替えるか、そもそも不要なパッケージを捨てたり、使う量だけを小分けして入れたり、バックパックではなく、ウエストに巻いたnakedランニングバンドに入れるなんて選択肢も生まれます。

また、途中で入手できるもの、できないものを明確にしたり、そのアイテムが必要な場面で代用できる物を考えて、取捨選択することも含めてレース準備を楽しむことは大事ですが、今回はそこが不十分でした。

もちろん、昨年発生したいくつかのトラブルを回避するために、多少荷物になっても持参したアイテムはあるし、実際に大きなトラブルなく健康な状態でゴールできたことは自らの成長だと考えています。ただ、まだまだ改善点はあります。

レース中、レース後に、次回はこうしようと思ったことも、具体的に振り返ることで記憶に定着します。それをしないと多分忘れてしまいます。

経験の少ない方は、そのレースに出たことのあるランナーに、バックパックに入れたものを見てもらい、これはどんなことを想定して入れたの?これは必要なの?XXは入っていないけど、こんなことが起こった時大丈夫なの?と言ったアドバイスを受けることでかなりの部分整理できると思います。そしてその時の重量が自分にとって重くない重量にできれば良いレースになると思います。

途中でも書きましたが、安心感をバックパックに詰め込むこと自体が不安要素となります。

歩く時間が長くなった時にしたこと〜2019みちのく津軽ジャーニーラン〜④ に続く

歩く時間が長くなった時にしたこと〜2019みちのく津軽ジャーニーラン〜④



石川佳彦バッドウオーターウルトラマラソンで優勝〜Badwater Ultramarathon史上最速タイム〜

2017年開催のIAU24時間走世界選手権、そして2018年開催のスパルタスロン優勝者の石川佳彦(アスリチューン・アグレッシブデザインサポートランナー)が今週アメリカ(カリフォルニア州)で開催されたバッドウオーターウルトラマラソンに初出場し大会記録で優勝しました。

(画像提供:松島美紀さん)

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バッドウオーターウルトラマラソンについては検索すればいろいろ出てくるので調べて欲しいのですが、距離:135マイル(217km)、累積標高約4,000m、制限時間48時間のレースが気温40℃を超える中で開催されるという石川選手が今まで走ってきたウルトラマラソンとは異質のレースです。

この大会のスペシャリストというべき、何度も優勝している選手がいますが、そのようなレースでいきなりコースレコードを出し優勝したことに世界のウルトラマラソンランナーは驚愕しているでしょう。

日本人では、2011年・2012年に女子2連覇した稲垣寿美恵選手、2017年に優勝した いいのわたる選手、そして石川選手は男子では日本人2人目の優勝者になりました。

DUVウルトラマラソン統計によると、このレースは1987年に第1回大会が開催され、今年は第33回大会となります。当初は146マイルだったようです。

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DUVウルトラマラソン統計には今年の結果はまだ反映していないので、歴代ランキングを調べて作成して見ました。複数回上位に入っている選手は最上位記録のみ残しました。

歴代TOP30

  1. 21:33:01 2019 石川佳彦 JPN
  2. 21:56:32 2016 Kostelnick, Pete USA
  3. 22:51:29 2007 Nunes, Valmir BRA
  4. 22:52:55 2012 Morton, Michael USA
  5. 23:20:16 2008 Pacheco, Jorge MEX
  6. 23:32:28 2012 Lopez, Oswaldo MEX
  7. 23:39:18 2009 Martins Farinazzo, Marco Aurelio BRA
  8. 23:40:52 2016 Lewis, Harvey USA
  9. 23:47:47 2007 Konya, Akos HUN
  10. 23:52:43 2016 Lawson, Daniel Alan GBR
  11. 23:52:43 2016 Thwaites, Michael AUS
  12. 24:13:24 2019 Bereznowska Patrycia POL
  13. 24:36:08 2005 Jurek, Scott USA
  14. 24:38:16 2013 Gomes de Sa, Carlos Alberto POR
  15. 24:43:08 2014 Maughan, Grant AUS
  16. 24:44:48 2010 Gingerich, Zach USA
  17. 24:49:37 2011 関家良一 JPN
  18. 24:51:47 2018 Graglia, Michele ITA
  19. 24:56:19 2017 いいのわたる JPN
  20. 25:09:05 2000 Kruglikov, Anatolii RUS
  21. 25:21:20 2000 Mravlje, Dusan SLO
  22. 25:33:42 2018 Fetterolf, Jared Ryan USA
  23. 25:44:18 2017 Bonfiglio, Marco ITA
  24. 25:45:11 2009 Engle, Charles USA
  25. 25:49:40 2007 Goggins, David USA
  26. 25:53:07 2016 Venti, Alyson USA
  27. 26:16:12 2010 Donaldson, Jamie USA
  28. 26:18:00 1992 Ulrich, Marshall USA
  29. 26:19:03 2014 Sa, Carlos POR
  30. 26:22:01 2011 Wardian, Michael USA

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今回、従来の歴代記録を23分を更新しましたが、そもそも24時間以内で走った選手が歴代で10人しかいなかった大会において、21時間33分というタイムがどれだけ凄いかわかると思います。

また、歴代17位の関家選手、24時間走やスパルタスロンで優勝するなど長らく世界のウルトラマラソンを牽引してきた伝説のウルトラランナーです。

(画像提供:松島美紀さん)

日本出国前に石川選手は過去に24時間走世界選手権、スパルタスロン、そしてバッドウオーターの全てで優勝した選手はいないので、自分がそれを達成したい。と話していましたが、それをコースレコードで達成してしまったのです。

今回、木曽哲男選手が2017年初出場で7位(29時間53分40秒)に入った時を順位・タイムとも上回る4位(28時間02分04秒)でゴールしました。



今が素晴らしければ過去の価値は高まる

錦糸町駅が最寄りのケッズスポーツ併設のハイアルチリカバリーで低酸素トレーニングをする前に、SPO2や血圧など自分で測定し、安全確認書に記載していきますが、毎回カズ選手の言葉にはっとすることがあります。

ウルトラマラソンにおいても同様だと思います。

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ウルトラマラソンには様々な距離や種目がありますが、現在一番メジャーな100kmマラソンの中で、もっとも参加者数が多く、人気のあるサロマ湖100kmウルトラマラソン(以下 サロマ)は3,550名の定員が瞬く間にうまってしまいます。

私が初めて走った2012年大会の頃はそんなことはなく、エントリーするのに緊張感などありませんでした。それがここ数年はエントリー開始時間が近づくと心拍数がグングン高まるほどの緊張感に包まれ、無事エントリーできたときの安堵感は、大会当日のそれよりも大きいと言っても大袈裟ではなくなっています。

そのサロマの第1回大会は1986年9月にプレ大会が開催され100kmに参加した選手は41人で丹代選手が7時間49分17秒で優勝したと、公式ページに掲載されています。

今年は34回目の開催でしたが、第1回大会からずっと完走を続けている選手もいます。素晴らしいことです。

その後、1998年に砂田選手が世界最高記録を樹立し、その記録は長らく破られることはありませんでしたが、2018年に風見選手が6時間9分14秒という驚異的なタイムで世界記録保持者となりました。

ついに時代は動き始めた〜サロマ湖100kmウルトラマラソンで風見選手が世界記録〜 その1

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カズ選手の言葉を聞いて感じたのは、現在よりマイナー競技であった時代にウルトラマラソンにチャレンジした選手、そしてそれを支える主催者・運営者など先駆者がいたからこそ、エントリーすることが完走するより難しいと言われるような時代になったのです。

また先駆者だけではなく、その後の、長い年月にチャレンジしたたくさんの選手や発信するメディアがあったこそ大きく広がってきたのです。

今が素晴らしいからこそ、過去の素晴らしい記録が注目を浴びることもあります。

築いてきた過去を大切にし新しいものに挑戦する

素晴らしい言葉です。

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こちらの記事は現在までに100kmを6時間40分以内で走った日本人ランナー24人を掲載しています。

最新の結果を紹介することももちろん大事だと思いますが、過去ウルトラマラソンの礎を築いてきたレジェンドランナーのことを知っていただくことも同じくらい大事だと100kmに限らず、いくつかの種目で作成しています。

キロ4より速く100km走るランナー 〜6時間40分以内の日本のウルトラランナー一覧〜2019年6月30日現在

ほとんどのランナーには無関係な記録ですが、もしウルトラマラソンに夢中になっているなら、そのような歴史を知ろうとすることで、いろいろ見えてくると思います。



自己ベスト出た!嬉しい!!で終わらない〜ウルプロ®️メンバー サロマ湖で自己ベスト続出〜⑥

自己ベスト出た!嬉しい!!で終わらない〜ウルプロ®️メンバー サロマ湖で自己ベスト続出〜⑤

今年のサロマ湖100kmウルトラマラソンにチャレンジした10人のウルプロ®️メンバーのうち、9人は初100km含めて自己ベスト更新。もう1人は60代後半のメンバーが故障を乗り越えてPBにあと僅かなタイムで完走と素晴らしい走りをしました。

ウルプロ®️メンバーには練習後にも振り返りをする習慣をつけるようアドバイスしてますが、今回いくつか質問して答えてもらいました。

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前回紹介した井上さんに続き、今回は平野さんの気づきを紹介します。

平野さんは昨年6月のセミナー参加後、sub4目指してウルプロに入会し、sub4を達成した50代のランナーです。

平野さん

タイム 12時間30分16秒(従来 12時間47分15秒)

ラップタイム(ロスタイム 3:02 – 58:00 – 57:00 – 62:39 – 68:33 – 75:39 – 94:08 – 90:25 – 78:58 – 85:41 – 76:11)

【自己ベストでゴールした時の気持ち】

PBを更新してホッとしましたが、目標タイムから30分以上遅れていたことと、ウルプロメンバーをお待たせてしまったと情けなく思いました。一方で、完走メダル授与エリアにチームメンバーが駆け寄って、お祝いをいただき、胸と瞼が熱くなりました。自分はこのサロマを秋に控えるチャレ富士118Kmの試金石として、12時間切りを目指したのですが、その目標を達成できなかったことがいまひとつ喜べない理由です。

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【自分を褒めたいと思うこと】

50Km以降で、脚が売り切れ苦しい場面で、練習会で実践した脚を使わないフォームに戻すことができ、ペース回復につなげられました。また中盤にレース前に捻挫した足首が痛み始めて、身体的・精神的に苦しくなった際にも、レストエイドで筋膜リリースを行うなど以前より冷静に対処できて、この「谷間」が続かず、いつかは回復に繋がると考えられるようになった意識の変革ができたような気がします。

【こうしたら良かったと思うこと】

いくつかありますが、大きくこの2つを次回は改善したいと考えています。序盤は準備したペース表通りに走ることに気を取られ過ぎていて、脚を使わないフォームへの意識が疎かになって、40Km過ぎに大幅にペースダウンした原因にとなったと感じています。 また、汗かきの自分は、今回は水分摂取量のコントロールを心がけましたが、中盤に気温が上昇したため、水分を取り過ぎてしまい、トイレに頻繁に立ち寄ることになってしまいました。水分摂取のコントロールは大きな課題です。

【ウルトラセミナーや練習会で掴んだこと】

□ウルトラセミナー

・自分の目標タイムから逆算したラップ表を作成することができ、上記の通り減速した際にも、踏みとどまることできました。

・サロマは日差し対策が重要とアドバイスに従い、アグレッシブデザインの日焼け止めで体力消耗を抑制できた。一方で、塗り漏れ箇所が、酷い日焼けとなりました。

・レース中の気温の変化に対応できるよう、ノースリーブをウルトラレースでは初めて着用、気温が低い時間はアームスリーブを伸ばすことで柔軟な対応を心がけました。万一の寒さ対策として、ライトシェルジャケットをウエストベルトに持っていましたので、気温の低下への不安はありませんでした。もしセミナーでの学習がなければ、気温上昇によって、更に大きなダメージを受けていたと思います。

□練習会

腕を下げて走ると肩の力が抜け、前傾姿勢を維持し易くなることを認識したので、走ることができなくなった際に、何度も活用しました。

またウルプロウエアを着用することで、普段一緒に練習しているメンバー同志でエールを交わすことができて、何度もパワーをいただけました。

【その他】

今まで出走したウルトラマラソンでは、完走することが目的となっていましたが、完走することは通過点で、目標タイムを設定するなど、ウルトラマラソンへ臨む次元が変わったと感じます。

レース中に発生したことに対峙して、自分なりに対応策を講じることで、ワッカの景色、自然の素晴らしさをより強く楽しめたと思います。ウルトラマラソンのならではの醍醐味を味わえたと感じています。

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私からのアドバイス

平野さんのラップタイムを見ると、終盤は目標タイムには届かないが、自己ベストは絶対に出したいという強い思いが伝わってきます。もちろん悔しさはあると思いますが、過去の自分を超えることができたのだから喜んで欲しいです。今回できなかったことは次回できるようにしたら良いのです。

平野さんは板橋シティマラソンで暑くなることが分かっているのに、体温調整できないロングスリーブシャツの上にウルプロウエアを着用したことで脱水気味になり激しい足攣りに陥りました。また、暑くて体温をいかに下げるかが重要になるような気象条件でも保温性のあるインナーウエアを着用する方も少なくありませんが、なぜ着用するのか?と質問するといつも着ているからと、着用する理由が明確でないケースも多々あります。平野さん自身、暑さに弱いと認識しているのだから、どうすれば暑さを緩和できるか?の観点をもっと大事にしたら良いと思います。

またラップ表を作るのはレースのイメージを膨らませるためには良いと思いますが、今回のようにそればかりで頭が一杯になって良いことはありません。また気象コンディションや体調によっても走れるペースは変わってくるのだから柔軟に調整するために目安程度に考えた方が良いと思います。

ウルプロ®︎練習会日程はこちらです。

参加ご希望の方はFacebookページのメッセージにてお問い合わせください。



区間タイムからレースを振り返る〜2019みちのく津軽ジャーニーラン〜②

目標達成!〜2019みちのく津軽ジャーニーラン〜①

目標達成!〜2019みちのく津軽ジャーニーラン〜① から続く

前話ではタイム的なことは、ほとんど書いてませんが、レース前に目標タイムは決めてないけど、タイムを全く考えないで走ったわけではありません。

目標は健康な状態でゴールすることですが、その前提の上で、どう走れば最も速くゴールできるか模索したジャーニーランになりました。

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開会式の競技説明会でコース説明を聞きながら、昨年走った記憶を思い出しながら、この区間はどのくらいで走れるか?をざっくりコースマップに書き込みました。

263kmのスタートを見送ってから、ホテルに戻る途中にあった100均で、シールなど買って、コースマップに書き込んだ数字を写してスマホケースに貼りました。

自分が分かれば良いのだから、名称もかなり雑に略してます。

左からチェックポイント(CP)番号、エイド名称、距離、24時間でゴールする場合のエイド到達時間、区間平均ペース、エイド開設開始時間

第1CPから第4CPまでは、天候が曇りか雨で涼しく調子よく走ったらエイド開設前に到着してしまうと感じたので開設開始時間を書いておきました。

無理にペースを上げて走るつもりはありませんが、第1CPはともかく、第2CPはスタートから50km弱でエイド開設予定時間が6時間半なので、よほどのトラブルがなければ、確実にその時間前に到着してしまう。エイドでの補給は必要ないとして、どう通過したことをチェックしたら良いかをスタッフに確認しておきました。

一応、シールにはエイド開設後に到着するように書き込みました。

朝起きて、263kmの部の第2CPを確認すると、上位20位くらいまで4時間台で通過していた。もちろん夜間涼しい時間に走るのだから同様に比較は出来ないが、第2CP前のコンビニをエイド代わりにすることにしました。

第2CPから第3CPは、昼間の一番暑い時間帯を走るのでこんなペースでは走りませんが、第1CPから第2CPまで速く通過した時間を使うことにしていました。

実際の区間タイムはこんな感じでした。CPでの滞在時間が書いてないのは、CP到着時に押し忘れですから、前の区間にタイムが加算されています。またコンビニ休憩などは計測していません。

(*実際のエイド開設時間はわかりませんが、第2CPにはエイド開設予定時間の30分以上前に着きましたが開設していましたし、上位選手は私より1時間以上速いタイムで通過したタイムが計測されていたので、選手が到着する前に選手を迎い入れることができるよう準備を早めていただいたようです。)

S〜第1CP

22.6km(22.2km) 2:31(6’45/km)

(休憩 4分22秒)

第1CP〜第2CP

27.9km(27.1km) 3:24(7’31/km)

第2CP〜第3CP

18.9km(18.1km) 2:40(8’50/km)

第3CP〜第4CP

29.0km(27.9km) 3:53(8’21/km)

(休憩 31分53秒)

第4CP〜第5CP

24.0km(23.2km) 3:33(9’10/km)

(休憩 48分09秒)

第5CP〜第6CP

8.1km(7.8km) 1:18(10’00/km)

(休憩 10分09秒)

第6CP〜AS

19.7km(19.3km) 3:28(10’46/km)

AS〜第7CP

11.1km(10.8km) 1:28(8’08/km)

第7CP〜第8CP

10.1km(9.5km) 1:49(11’28/km)

第8CP〜第9CP

6.6km(5.5km) 1:09(12’32/km)

第9CP〜F

6.5km(5.9km) 1:08(11’31/km)

距離はSUUNTO9 BAROの計測値で( )内は主催者発表距離ですが、かなり正確だったと感じています。

コースは基本右側通行ですが、歩道が左側にあれば移動するし、歩道がなくなれば、右側に移動します。またコンビニやトイレに立ち寄るためにコースを外れることもあるし、コンビニ休憩中も結構動いています。

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明らかにズレてる区間には理由があります。

第8CPから第9CPは古い町並みを通って欲しいという主催者の思いから第8CPから遠回りをしてから第9CPに向かいますが、ここでロストしてしまいました。大会ルールとして、CPさえ通過すればコースをトレースしなくても良いのですが、設定コース通り走ろうと日差しの強い中、戻ったり、コースを探していました。

第9CPからフィニッシュにかけてのズレは、田んぼアート見学に要した時間です。これも主催者が余裕があれば見てほしいというおススメスポットであり、1分1秒を削る状況ではなかったので行ってきました。

ただ、第4CPでの休憩では、ドロップバッグを受け取り、着替えや食事をする前に、SUUNTO9を外して、スマホとともに充電器に繋げました。それなのに0.95km移動したことになっているのは室内で電波が届かずおかしな数値になったのでしょう。

これ以外は計測がおかしいと感じることはありませんでした。

もちろん、さっき時計を見てから、まだ200mしか進んでないのか!とガッカリしたことは一度や二度ではありません。。

SUUNTO9 BAROは光学心拍計稼働の設定で25時間使用できます。今まで使ってきた中で、このスペックはかなり正確だと感じています。このレースでは光学式心拍計は不要と思い、OFFにしようと思っていましたが、スタート前にその時間はなかったのでそのまま使用しました。また画面を切り替えたりバックライトを使うとバッテリー消費は激しくなります。

今回ルートナビ機能を使うために、頻繁に画面切り替えを行いましたが、第4CPで20分程度追加充電したためバッテリー切れの不安なく使用できました。

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時計は、ゴール後すぐ止めなかったので、タイムは3分半ほど過ぎてますが、距離に関してはロストがなくても、エイドやコンビニに普通に寄っていれば180kmは余裕で超えていると思います。

区間ペースに関しては主催者発表の区間距離と実際の区間タイムで計算しているので、信号待ち、エイド・コンビニ休憩やロストなどは勘案してないので、実際に走っている時のペースはもっと速いです。

並べるとこんな感じです。

6’45-7’31-8’50-8’21-9’10-10’00-10’46-8’08-11’28-12’32-11’31

それぞれのペースを見ると、その時、どのような状況だったかがよく分かります。

4番目と、8番目に上がっているのはそれぞれ別の理由です。内容は別途書きます。

また、9番目以降、遅くなっているのは、ロストや田んぼアート見学以外に、非常に暑くなり熱中症リスクを感じたのと、歩道がなく交通量の多い幹線道路の区間なので身の安全を確保するために基本歩きました。

大半の車は私との間隔をあけて通過してくれますが、たまたま反対車線を通過する車と私が重なるタイミングだと膨らむことが出来ずにかなり近くを通るので結構怖いです。大型ダンプが通過するときは凄い風圧を感じます。もし車がよそ見をするなどして私に気づかないこともありうるので、最悪横を流れる用水路や土手下に飛び込むくらいの覚悟をして車の動きを注視していました。

また、足元が画像のように平らなとこばかりではなく、凸凹していたりもっと狭い箇所もあります。

昨年より今年は怖くなかったので慣れの問題もあるのかもしれませんが、初めて走られる方は特に注意深く進んでください。

 

装備品を吟味すること〜2019みちのく津軽ジャーニーラン〜③ に続く

装備品を吟味すること〜2019みちのく津軽ジャーニーラン〜③



目標達成!〜2019みちのく津軽ジャーニーラン〜①

昨年に続き、2回目となるみちのく津軽ジャーニーランですが、最大の目標は、故障・ケガをしないで、病院のお世話になるような体調不良にならないで無事ゴールすることでした。

 

当たり前のことのように思われるかもしれませんが、真夏のこの時期に容赦ない日差しを浴び続けるこの大会は、気をつけないとホント危ないです。昨年も気をつけてはいましたが、備えが不十分だったことから酷いことになりました。

第3回 みちのく津軽ジャーニーラン 記事一覧

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結果はゴール後に風呂に入ってサッパリして、荷物整理ができるくらいの余裕があり、フィニッシュ会場近くのラーメン屋さんでつけ麺を食べたいと思えるような体調で大会を終えました。

また、大会翌日の今日予定があったので、可能なら昨日のうちに自宅に帰りたかったので、昨年見ることが出来なかったゴールまで5.9kmにある田んぼアートに立ち寄ることも出来ました。

建物の屋上から見ないと分からないのですが素晴らしいです。入場料300円と多少のロスタイムにはなりましたが見に行って良かったです。昨年は全く余裕がなく1mmも余計な動きはしたくなかったので、大きな違いです。

ゴール時間の目安は考えていましたが、何が起こるか分からないので、帰りの新幹線の切符は買ってないし、宿の予約もしてません。制限時間は37時間で2日目の20時ですが、昨年同様35時間台でゴールすると電車に間に合わないので泊まるしかありません。

連休最終日のため切符が買えるか不安はありましたが、新青森駅で3時間くらい時間を潰して自宅に帰ることが出来ました。

様々な気象条件・体調に対応しようとすると荷物は多くなり、この2個のバッグにパンパンになりました。次回以降無駄な荷物を減らすために、朝起きてから汚れたウエアなど含めて全部出して画像におさめました。後日、使った・使わなかった。必要・必要ない。現地で手に入る・入らない。などの項目でリスト化しようと思います。

この重い荷物を持って駅の階段を苦労しないで降りることが出来た時に、今回のレース前に考えていた大きな目標を達成できたと実感できました。

タイム的にはもう少し短縮できる余地はありましたが、サロマからの連戦だったことから、心身ともに把握してない疲労は残っています。そのため苦しい状況にならないよう早め早めに対処していきました。

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予報では今年は走りやすい天気になると思ってましたが、初日のスタート直後から既に暑く、このように日差しを遮ってくれる日陰がほぼない中を延々と走ります。

日本海沿いも暑く、熱中症リスクを感じながら走りました。

今年は秋田犬のわさおを撮影するくらい余裕を持って進みました。

昨年股擦れや足首の痛みに苦しんだこの辺りは、西日が強く肌がジリジリするのを感じました。今年はこの北上する区間は強い向かい風になりましたが、走りにくいけど多少なりとも体感温度を下げる効果はありました。

日が落ちると走りやすくなり、深夜は台風のような強い風と霧雨の中を走る時間帯がありました。それでもレインジャケットは出さずに走ったのだから、気温はさほど低くはなかったのでしょう。

早朝、日が昇り始めると一気に気温は高くなってきました。

鱗のような雲が岩木山を覆っていて、太陽の光を遮ってくれました。朝8時、9時にゴールすれば暑くなる前に終われると考えていましたが甘かったです。

雲の動きは早く、短時間で、この雲が消えていくと、朝5時の時点でサングラスをかけないと眩しいくらいの強い日差しになりました。

黒石駅に向かう道は、暑さと日差しが、さらに厳しくなり、自販機で水を買って、頭やウエアにかけて濡らしてもすぐに乾いてしまいます。詳細は別に書きますが、この辺りは無理に走ろうとしないで、無事にフィニッシュすることだけ考えて進みました。

日曜日の朝7時にスタートし、月曜日の11時前にゴールしましたが、深夜の時間帯にもっと走っておけば、もっと楽なジャーニーランになったと思います。

タイムや順位はこちらです。

チェックポイント通過の目安となる時間は事前に考えていましたが、特にタイム的な目標はなく、さほど暑くはならない気象条件の中、上手に走れたら24時間以内と思っていました。

今回のタイムは27時間台でしたが、仮に1時間、2時間速くフィニッシュできたとしても、体調を崩したならば、自分としてはダメなジャーニーランになったと思ってます。

今回も念のために痛み止め、胃薬、下痢止め、攣り防止などの薬は持参しました。(痛み止めはリタイアしてフィニッシュ地点に戻るとき用)途中、内臓の調子が悪くなり、何度も吐きましたが、気持ち悪くて食べられない、飲めないという状況にはならなかったので、コンビニで買ったソルマックも、持参した薬も全く使いませんでした。

痛み止めを使うかどうかは本人がその時の状況で決めたら良いことですが、私は基本使わず、スタート前から痛み止めを使わねば走れないようなら出ませんし、途中痛みが出てきたなら、痛みが大きくなる前に歩くとか、マッサージするとか、痛み止め効果のあるカフェインを飲むなど対応しながら進みます。

特に気温が高く脱水症の恐れがあるような気象条件での使用は身体へのダメージが大きく、また副作用の大きな薬剤であることから、安易に痛いからとか、痛みが出る前に予防的に飲むとかはやめるべきだとドクターランナーの友人は話しています。

また痛みは身体からのサインであり、痛みを麻痺させてしまうことは、そのサインをブロックしてしまうことです。

完走など目標達成への想いは人それぞれで、身体を壊しても目標達成したい。と思う方もいるかもしれません。それはその人の生き様にも繋がることですから自分で決めたらよいことです。たた、どのようなリスクがあるのかを知ってから判断することが大事だと思います。

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レース中の気付きなど、少しづつ書いていきますが、 楽なレースではありませんでした。振り返って、あそこで踏ん張れなかったらゴールまで辿り着けなかったかもしれない。なんて場面もあります。

もう少し走れたんじゃないか?なんて後になって思うことはありますが、その時だって、その時の精一杯の力を振り絞っていたのです。

だから私は次に繋がると思える気付きなどを記憶から記録に残すため、振り返りをしますが、単に頑張れなかった。とか根性がなかった。という言葉は使いたくありません。

苦しい場面で頑張れる人(ここでは痛みを我慢したり、苦しくてもペースを落とさないなど目標達成を諦めない人を言います。)もいれば、頑張れない人もいます。その違いはなんだろう?と考えると頑張れる人は、頑張れる方向に自分を誘導する方法を知っているのだと思います。

私自身は、客観的にはどう見えるか分かりませんが、主観的には頑張れないと思ってます。だからこそ、頑張らねばならないような状況にならないように準備をしたり、対処したりするようにしてます。そのために振り返っているのです。

レースにタラレバはない。と言いますが、そんなの当たり前です。

でも実際に走って記憶が鮮明な時に、あの時、このようにしていたらどうなっていたか?シュミレーションするといろいろ見えてきます。

それは出来なかったことを出来たとしたらという、いわゆるタラレバなことだけではなく、もしあの時、この行動をしていなかったらどうなったのか?を考えることも大事だし、自分ではどうしようもない気象条件に関しても、もっと暑かったらどうなっていたか?涼しければどうなっていたか?そのような天候だったら、どんなアイテムが必要か?それは持っていたか?なければ途中で入手できたか?代替品はあるか?など次から次へと浮かんできます。それを次回以降のレースに生かしたらよいのです。

もちろんアイテムにしても増えれば増えただけ重量増によるデメリットが出てくるので取捨選択するチカラが必要になりますが、取捨選択するには、経験が必要になります。経験はレース参加数の回数より、1回1回の経験を自分のものにしてるかどうかが大事だと思います。

今回、地元ランナーと交流し、その地のランニング環境を学ぶことも大きな目標にしてましたが、そちらもいろいろお話しすることができました。

レース途中で、氷の入った紙コップを渡してくれた地元の方や、応援してくれる方など、大会に興味を持ってくれる方が昨年より多かったように感じます。すれ違う時は挨拶をするように心がけましたが、ほぼ全ての方がしっかり返してくれました。

まだまだ進化していく大会だと思うので、来年以降も楽しみにしています。

区間タイムからレースを振り返る〜2019みちのく津軽ジャーニーラン〜② に続く

区間タイムからレースを振り返る〜2019みちのく津軽ジャーニーラン〜②



「競走」ではなくて「共走」、それを強く感じた3回目のサロマ。(後編)

「競走」ではなくて「共走」、それを強く感じた3回目のサロマ。(前編)

「競走」ではなくて「共走」、それを強く感じた3回目のサロマ。 前編 より続く

前編はこのように終わりました。

(画像提供 ミカティ)

ゴール直前で、今回現地に来てDNSを決めた友達が待っていてくれたので、彼女と手をつないでゴール。笑ってゴールしたかったのに、いろいろな思いがこみ上げてきて、やっぱり号泣してしまいました。

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苦しい場面では何を思い何をしたか?

スタートから、音楽をずっと聴いていました。事前に作った12時間のプレイリスト、その数161曲!もちろん、沿道の声援や仲間とのエール、車の音が聞こえるように、常に片耳にして、音は最小にして、好きな音楽からパワーをもらいながら走っていました。苦しい時こそ、その歌の歌詞に助けられていたなあと思います。

あとは、サロマに向けて一緒に練習してくれた友達の顔が浮かびました。4月に111km、5月に216km、そして6月に155km走りましたが一人で走った距離はないんです。いつも周りの友達に助けられて走ってきたので、皆のことを思いながら感謝の気持ちだけで走れました。

最初に出たときは「絶対に走れないといっていた彼らを見返したい!」という悔しい気持ちをパワーにしていたのですが、なぜか今回はハッピーな気持ちだけで走り切れました。大人になったんでしょうか?

心を落ち着かせても、痛いもんは痛い、何が痛いって脚が痛い。そこで、ちょうどよい高さの手すりがあると、腿をあげ、股関節を伸ばし、ストレッチをするということを後半は度々行いました。

それと、苦しい時は、前向きな言葉を発しました。「いくよー」「うごくよー」と、声に出して言いました。自分に言ったのに、前のおじさんに「はい!」と返事をされてしまい噴出しそうになりながらも「がんばりましょう」と笑顔になりました。苦しいのはみんな一緒。皆同志。皆でゴールに行きたいね、と強く思いました。

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完走した時の気持ち

数日前には出走できないと思っていたので、本当に嬉しかったです。そして、ああ、もう走らないんでいいんだ、と安堵しました。声に出して「もう走りたくない」と泣きながら言っていました。。そしてすぐに仲間の状況確認をしました。

自分を褒めたいこと

60-80km地点では怠けてしまい、「このタイムなら完走できるから歩いても良いよ!」という悪魔の声に囁きに負けていたのですが、ワッカ前に計算してペースアップすれば当初の目標だった12時間をきれるということに気が付き、がんばって走ろう!と思い直してペースアップができたことです。思えば昨年も、「前回の記録を抜くにはワッカで頑張るしかない」と思ってペースアップしていました。最後の「火事場の馬鹿力」が発揮できたことは褒めたいと思います。また、早起きの練習を1週間前から行い、いつもより1時間早く起きていきました。

課題

準備がバタバタしてしまったこと。前日にブースのお手伝いがあるのを分かっていたのだから、もっと東京で荷造りをしている時から、準備をしておけばよかったと思いました。スペシャルドリンクを会場に向かう車で作ったり、シューズにつけるチップを整列しながらつけたり、いつもながらのバタバタでした。

あと、いつも思うけれどもう少し前から走行距離をふむ練習をしておけばよかった。3月に目標レースがあったのに、1月90km、2月134km、3月75km、4月111km、5月216km、6月155kmというのは、100kmを走る人からみたら少ない練習だと思います。これでも、今年は周りがびっくりするくらい走っているのですけど。来年は3月ぐらいから走りこむ予定です。

チャレンジする理由

進化した自分に会えること。でしょうか。
できないことができるようになる、自分で掲げた目標に向かって前進する、新しい自分に会えるような気がするんです。なので、これからも色々なことにチャレンジしていきたいと思います。

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最後に

ウルトラって、心が広くなるスポーツな気がするんです。
マラソンって、前にゆっくり走ってる人がいると、自分の設定ペースを維持したいために「わーんどいて~」と思う時もあるんですが、ウルトラだと「ここは飛ばすなっていってくれてるのね」と前向きに捉えられるところとか・・・。

まあ100kmが長いので、「ちっさいことは気にするな」といった感じなのでしょうか。今回、私が所属しているJaybirdからは、所属選手、社員、チャレンジャー、仲間、合わせて17人が出走し、4人のサポーターを合わせると21人のファミリーがいました。数か月前に知り合い、練習会やSNS等で彼らの頑張りをみて、私もものすごくパワーをもらいました。一緒に頑張りたい、と強く思い、彼らとスライドで会えた時は鳥肌が立つほど嬉しく、エールを送りました。

また、チャレンジャーと所属選手を除いたメンバーは、ほぼ初100kmの方が多く、事前に情報を共有しあったり、一緒に練習をしたりしていくうちに、絆がさらに深まっていったと思います。前半のスライドで、彼らの名前を叫ぶ度に自分がパワーをもらい、勇気づけられました。そして彼らの力走を心から祈り続けました。

また、サポートメンバーも、飲まず食わずで応援してくれて、涙が出るほど嬉しかったです。心強くなりますよね、沿道に身内がいるというのは。マラソンは自分の足で走るけれど、決して1人で走っているわけではなくて。支えてくれる仲間や家族、共に走っている仲間たちと、一緒に走っているんだなと。

「競走」ではなくて「共走」、それを強く感じた、3回目のサロマでした。



「競走」ではなくて「共走」、それを強く感じた3回目のサロマ。(前編)

以前からの知り合いの通称ミカティと、大会前日にエキスポ会場で会いましたが、脚の状態が悪いと話していました。でも完走しちゃうんだろうな。と思ったらなんと38分もPB更新しました。

(画像提供 ミカティ)

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以前、サロマ湖の目標タイム別にペース設定の記事を書きましたが、それを初出場の時から参考にし、今回も同様に区間タイムを計算し、イメージして走ったところ自己ベストが出た。とメッセージが届きました。

今回、記事で紹介するのは、自己ベストを出したからではなく、自分の状態を把握し、その中でどう走ったら最も合理的かを考え実践できていると思ったからです。

いくつか質問に答えてもらいました。

レース前の状態とスタート前の気持ち

水曜日の朝、起きたら謎の痛みが右足のふくらはぎを襲っていました。リカバリーのために先週から走っておらず、前日もカーボローディングのためにビュッフェでたくさん食べただけだったので、原因が全く分からず、(足を攣ったことがないが)攣ったのかな?肉離れかな?シンスプリントかな?こむら返りかな?と、訳の分からない不安な1日を過ごしました。

木曜日の夜、神保町のあしラボを訪ね、右足を中心にほぐしてもらい、膝裏のシコリなどとってもらい、大丈夫かと思ったが帰宅してからも違和感がとれない。

金曜日に現地に移動し、会場でブース設営をし、土曜日はブースで接客をしているうちに、徐々に痛みが違和感へと軽くなってきたので、夕方に「明日走ってみよう」と決意しました。

大会当日の朝起きてテーピングを張り、ゲーターをつけると戦闘モードに入りました。

会場では Jaybird Familyと円陣を組み士気を高めてから、陸連登録のところに並び、レース中に自分を助けてくれるJaybird Tarah Pro(タラプロ 14時間バッテリー稼働するイヤフォン)、音源、garminなどギアの最終確認をしました。

スタートラインにたてたのだから、完走したい!仲間が待っているゴールへ帰りたい、という強い思いでスタートラインに立ちました。

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ペース設定について

計画は、以前教えていただいた数値をそのまま目標タイムの11時間59分に合わせてレースペースを定めイメージしました。とにかく前半は6分30秒を超えないペースでいけば良いとだけ記憶し、後半50kmは「次の10km」はこの1kmごとのペースを超えないように走ろう!と決めました。

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レース展開

前半は、やはりテンションがあがってしまい、ペースが速くなりました。出場3回目にして、やっと最初の5kmはぐるっと回ってまたスタート会場に戻っているんだ、ということに気が付きました。前回も、わー多くの人が応援してくれているんだなあとは思っていましたが・・・

仲間がトップ集団で折り返してくるので、だいぶ手前から名前を大声で叫んでいたら、前の人が数人振り返っていましたが、ここからがこのレースの一番楽しいところのはじまりです。多くの仲間を見つけ、名前を叫びあい、お互いを鼓舞しあう、この前半のスライドが本当に嬉しいのです。興奮して、やはりペースは上がってしまいました。

折り返してからも仲間とのハイタッチが続き、また皆でワッカで会いたい、と強く思いました。

そこからフルマラソンまでは、淡々と走りました。特に困ったこともなく、時計もあまりみていなかったような気がします。

42.195km通過タイムが4時間30分を切っていて、あれ?速いのかも?調子良いのかな、と思ったのもつかの間で、50kmを超えるとやっぱり脚が重くなってきました。

55km手前のレストステーションでは、手早く、おにぎりやフルーツを食べ、ジェル等をポケットに詰め替えて4分以内には出発したと思います。

エイドを出たところにある大きな坂は歩くことを決めていたので、もたもたしていられないという気持ちがありました。私は歩幅が広いのか、歩くスピードが割と速く、これも武器だと思い、坂はひたすら腕を振ってぐいぐい進み、坂の頂上が見えてきたら走り出す、を繰り返していました。

私にとって一番辛いところは60-80km地点。毎回ここで、歩く時間が長くなってしまいます。魔女の森は、今回は久しぶりに暑いサロマになったことから、涼しい中で「稼ごう」と皆走っていたように感じます。多くの私設エイドに助けられ、凍ったゼリーをいただいたり、ブルーベリーをがっさり取って手がすごい色になったり、お汁粉とそうめんで癒されたり、きついところでの応援のありがたみをしみじみと感じました。

昨年はこのあたりで睡魔に襲われ、眠りながら歩いてしまったことを考えると、ここで歩きつつも走れたことが良かったのだと思います。この20kmは昨年より15分速く走れました。

ワッカは、昨年よりも早く入れたからか、多くの仲間に会うことができました。そうすると、彼らから応援のパワーをもらうことができて、やっぱり「走らなきゃ」となりペースはそれまでより上がりました。途中で計算しだして、あれ、去年より30分ぐらい早くゴールできるのでは?と狙いながら、一歩一歩、脚を進めました。

折り返しの坂は、やっぱり巨大。昨年はウィンドブレーカーがムササビのようになるくらいの強風でしたが、今年は晴天。ただ無理はしたくなかったので、歩きで上り下りを繰り返しました。苦手な下りや急な坂などは無理せず、走れるところを走る。というのをただひたすら繰り返しました。

往復だから距離は同じはずなのに、帰りのワッカのほうがやっぱり長く感じました。

ワッカを出てから残り2kmの98k地点には応援団が待っていてくれて、もうそこがゴールかと思うほどで涙がでてしまいましたが、あと15分、と思って走り出しました。しかし、ここから向かい風が強くて、へこたれて歩いてしまいました。

ゴール直前で、今回現地に来てDNSを決めた友達が待っていてくれたので、彼女と手をつないでゴール。笑ってゴールしたかったのに、いろいろな思いがこみ上げてきて、やっぱり号泣してしまいました。

 

「競走」ではなくて「共走」、それを強く感じた3回目のサロマ。(後編) に続く

「競走」ではなくて「共走」、それを強く感じた3回目のサロマ。



昨日までの自分を超えるために。