UTMB(ウルトラトレイル・デュ・モンブラン)回想記 その3 〜2014年小原将寿〜

トレイルランナー

ウルトラトレイルを中心に活躍する 小原将寿 選手が、今年もフランス シャモニーで開催するUTMB(ウルトラトレイル・デュ・モンブラン)にチャレンジします。初挑戦の2014年は26時間22分29秒で41位と健闘し、2015年は勝負に行きましたが、胃腸トラブルでリタイアと悔しい結果に終わりました。昨年の失敗を糧に様々な対策をたてて8月26日 18:00スタートします。

今回は、2014年のレース後に小原選手が1ヶ月かけてFacebookに書き綴った回想記を紹介します。初めてこの文章を読んだ時、行ったこともないモンブランの山々の情景が目に浮かんできました。またその時の小原選手の気持ちが伝わり自分がその場にいるようにも感じてきました。そして私もUTMBを走ってみたいと思いました。

今年UTMBを走る方や、来年以降走りたいと思っている方に紹介したいと話したところ快諾をいただきました。

私が感じた感動を可能な限り忠実にお伝えしたいので、ほぼ原文のまま紹介します。

また画像に関しましては、UMTB以外の画像も使用しています。

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自問自答

トレイルランナー

コンタミンのエイドを出てしばらく林道を進むと、コースは岩場のトレイルへと変わる。ボンノム峠への登り。3日前、いっちーさんに誘っていただき試走に来たコース。その時は日中だったし、すごく良い天気だったし、完全にハイジだったし、本当にアルプス大満喫な山だった。しかし、今は夜だし、雨だし・・・まぁ、ハイジは変わらないだろうけど。昼と夜で、コースの印象は全く異なる。周りが見える昼間は、空まで抜けるような開放的なトレイルだった。今は、コース上の至る所が小さな川のようになっていて、上から水がドクドクと流れてくる。まさに、昼の顔と夜の顔。

でも、こんな雨降りの夜でも、山の入り口にまで応援の方々がいた。しかも、子供たちまで!!本当に、応援の凄さには感動する。この雨の中で焚き火をやってくれていたりして、その側を通ると一瞬だけど身体が温められる。しかも、この焚き火の感じ・・・DVDで観たわ〜!キリアンが山に入って行く時に、焚き火あったわ〜!!って、思ったりして、1人でちょっとテンション上がったりしながら。楽しく、夜のトレイルを走る。試走に連れて来ていただいたおかげか、約1700mのLa Balme(バルム小屋)のエイドにはあっさりと着いた。

軽くコーラをもらって、すぐにリスタート。バルム小屋から、登りの傾斜がさらに厳しくなる。でも、この辺りはかなり元気だったから、快調に進んだ。ギアを「息が切れない」に設定したまま、平坦な箇所は出来る限り走った。まだ、登りを楽しんでいられるうちに、1つ目の山の山頂、Ref. Croix Bonhommeのチェックポイントを通過した。タイムが、想定より20分くらい速い。

大丈夫。このままでいこう。・・・大丈夫か?

これ以上落としたら、さすがにペースが乱れる気がする。・・・雰囲気に飲まれていないか?

今のペースは決して無理しているわけではない。・・・周りのペースにつられているんじゃないか?

少し右膝が痛むけど・・・大丈夫。大丈夫のはず。・・・本当に?本当に大丈夫なのか?

今のペースのままで進もう。

100マイルレースの最重要事項の1つ

序盤のペース管理。注意深く。疑い深く。自分の身体が発する声に、しっかりと耳を傾けること。

ある意味、レースにおいて僕たちが行う作業は、これだけなのかもしれない。そして、僕たちランナーにとって、これが何よりも難しい作業であること言うまでもないことだけど。そして、この時の判断も・・・。

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一転「自分、ダメかもっす」と、心の中で呟く。

トレイルランナー

ここからコースは、次のエイドまで一気に下る。右膝。遠くの遠くの方に、わずかな痛みの予感のようなものがある。「そうではない」ことを祈りながら、脚を運ぶ。しかし、残念ながら、祈りは届かず。この下りで、予感は現実のものへと変わる。山を下り切った時、右膝にあるものは、間違いなく痛みの感覚。体重のかけ方や脚の曲げ方など、色々と走り方を変えたりしてみたけど、変わらない。

まだ、50kmなのに・・・。ど~っすかな・・・。答えの出ないまま、シャピューのエイドへ。

ここで荷物チェックがあった。ジャケットと携帯。(人によって、ランダムだったようです)ジャケットは着ていたので、バックパックから携帯を取り出す。「パーフェクト」的なことと、「グットラック」的なことを言われ、エイドへと。エイドでは、高校生くらいの子達がボランティアをしてくれていて、コーラをもらいに行くと、「ニーハオ!!」って、笑顔で言われたので、「コンニチハ」って言うと、大爆笑してくれた。僕も一緒になって笑っていたが、あまりに大爆笑が長いので、仕方なく自分でコーラを入れるようとしたら、「あ~!ごめんごめん!!」みたいな感じで、さらに大爆笑に。「アリガトゴザイマス」って手を合わせて言って、みんなで笑いながらハイタッチして、エイドを後にした。定型的な面白いのツボは、万国共通なんだな~って思いながら、ちょっとリラックスできてエイドを出たけど、すぐに右膝のことを思い出す。

コースは2つ目の山、Col de la Seigneへと入る。再び登り基調。さっきまでは下りだけだったのが、ついに登りでも痛みが出てきた。・・・参ったな。ちょっと止まって、屈伸したり、膝を伸ばしてみたり。・・・変わらんか。

ふと前を見えると、大瀬さんがいた。追いついて、ちょっと話をしながら進む。すごく元気だ。ノーダメージといった感じ。「ちょっと膝がね~」っと、自分も状況も話す。日本を出る前に、トレラン仲間で飲み会(カレーの会)をやって、お互いに検討を誓った仲間と書いて、「ライバル」と読む的な大瀬さん。本当は一緒に走りたかったけど、今の状態では一緒に走るのは無理そう。「お互い、マイペースでいきましょね!」と。

少しずつ離れていく背中を見ながら、「自分、ダメかもっす」と、心の中で呟く。・・・いやいや、まだ早いな。あがこう。もう一度立ち止まり、曲げたり伸ばしたり。回したりブルブル振ってみたり。でも、変化はない。むしろ、違う動きをする度に、そこにある痛みが確かなものであることを確認しているみたいに。

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ほんの15分前に「僕の分まで・・・」的なことを思ったのに

トレイルランナー

エイド毎のタイムスケジュールを書いた紙を取り出す。そこに書かれているのは、「元気だった場合」の想定タイム。まさか、こんなに早く・・・。考えていても仕方ないじゃないか。せっかくモンブランまで来たんだし!!行けるとこまで全力で行こう!!右膝に貼ったテーピングを、「おりゃ!」っと剥がして、痛みが最小限になるように、走り出す。

気が付くと、雨は止んでいる。空を覆っていた雲もなくなっているようだ。せっかく・・・ははっ。雨が上がると、寒さも気にならなくなってきた。ジャケットを脱いで、バックパックに仕舞っていると、後ろからすごい大きな話し声聞こえてきた。見ると、去年と今年のUTMFに来ていた頭がモジャモジャのフランスの選手が仲間と談笑しながら登ってきた。このランナーさんは、去年も今年もUTMFの後半で同じくらいのペースで走っていて、頭のインパクトがすごいので、覚えていた。なんだか、やたら愉しげに話をしているので、後ろを付いていくことに。

何を話しているのか、さっぱり分からないけど、何となく2人の関係性が見えてきた。モジャモジャさんのおしゃべりに、後ろを行くランナーさんが付き合っているけど、登りでキツイからあまり話はしたくないのに、モジャモジャさんがすげぇ元気で、めっちゃ話しかけてくるから、ちょっとメンドクサイ的な感じ。声のテンションやら、返しの素っ気なさなどから、2人の関係性を勝手に想像。しかし、後ろのランナーさんも、ペース落として離れたらいいのに~とか思いながら、2人の後を付いて行く。実は先輩後輩の関係で、後ろのランナーさんが「先輩、マジすげぇっす!!」的なことを言って、ヨイショしているのでは・・・とか、あれこれクダラナイことを想像しながら、テンポ良く登って行く。

・・・・・・ん?・・・・・・あれ?膝、痛くない!?あれ?どうした?全然痛くなくなってる??

本当に、こんな感じで、別なこと考えて走っていたら、気が付いたら痛みが消えました。ほんの15分前に、「僕の分まで・・・」的なことを思ったのに・・・。人の身体って、不思議なもんですね~。理由は分からないけど、どうやら走れそうだ。でも、痛みは、「消えた」のか、それとも「隠れた」だけなのか。それを見極めるために、注意深く進む。膝の具合を慎重に見極めるために、しばらく足下だけを見つめて登っていた。どうやら、本当に大丈夫そうだ。ふと、顔を上げると、点々と続くヘッドライトが、山頂が近いことを知らせてくれた。これには、ビックリした。脚のことばっかり気にしていたら、あっと言う間に2つ目の山をクリア出来た。脚を痛めるのも、悪くないかもね〜なんて、ちょっと思ったとか思わなかったとか。

ライトを消して、空を埋めるほどの星に見とれた

トレイルランナー

約2000mもの高さにある湖。アルプスの山々に囲まれた谷間のような場所にある湖。RUN+TRAILという雑誌に、UTMBの記事載っていて、そこにコンバル湖の写真が載っていた。まるで鏡のように澄み切った水面に映るアルプスの山々。写真を上下逆さまにしても気が付かないくらい、その水面は景色を鮮明に映していた。それを見た時に、見たいって思った。これほど美しい湖を、一度自分の目で見てみたいって、思った。

ついに、自分の脚で辿り着いた。コンバル湖のエイド。でも・・・夜じゃん!真っ暗じゃん!!湖なんて、何にも見えないじゃん!!ダマされた〜・・・いや、オレが舞い上がっていただけかぁ〜・・・若干(本当はかなり)、落ち込みつつ、エイドでいつも通りコーラとフルーツをもらう。・・・はぁ、、、行くか。

トボトボと走り出す。しばらく、コンバル湖(があると思われる)の畔の平坦の道を走る。前後にランナーの姿がない。アルプスの山の中を、1人旅。ヘッドライトが照らす約5mの世界を、1人走る。何気なく空を見上げて、そのまま思わず脚を止めてしまった。息を殺すように、ソッとヘッドライトの明かりを消す。

星。

四方を高い山々に囲まれたコンバル湖の畔から見上げる空は、山の稜線に丸く切り取られ、ちょうど球場のマウンドから見上げた空みたいになっている。その限定された空に、無数の星が浮かんでいた。空を埋めるほどの、星。「・・・ぅわぁ」って、思わず漏れてしまうほどの。たぶん時間にして、10秒程。レースのことも忘れて。ただただ、空を見上げていた。[見とれる]って、ああいう状態のことをいうのだと思う。