サブ4.5ランナーが酷暑の野辺山ウルトラ71KM完走するための準備とレース展開

初ウルトラの野辺山ウルトラ100KM完走者の準備とレース展開で紹介したSさんは、フルマラソン3時間45分ながら、過酷なレースコンディションの中を100km12時間31分で完走しました。

 

100km同様、完走率が50%程度であった71kmの部を走った本田さんのフルマラソンのタイムは4時間24分22秒(ウルトラセミナー受講時は4時間32分26秒)ですが、しっかり準備をしたことで完走しました。

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レース後に本田さんよりメッセージをいただきました。

野辺山対策セミナーでお世話になり、昨日最後にご挨拶させていただきました本田です。フルマラソンのタイムから推定した71キロのタイムが制限時間をオーバーしてしまうギリギリランナーの私が、昨日の厳しい条件の中で何とか完走できたのは、ウルトラセミナーのおかげです。特に、セミナーでのお話に基づいたペース設定と、セミナーとブログの内容を参考に暑さ対策をおこなったのが決め手だったと思います。本当にありがとうございました。制限時間ギリギリでゴールできるよう、セミナーで教わった積算法と区間比率法で設定したペースと実際のペースを比較してみました。実際のタイムは、ランナーズアップデートに基づくものですので、場所によっては少しずれていると思います。終盤に頑張れたのは、この設定ペースを死守すべく、表を片手に持って走ったからだと思います。このデータを元に、反省すべきところは反省し、改善すべきところは改善して次に繋げたいと思います。まずは心からの御礼まで。

 

今回、本田さんが行った準備やレース展開は、野辺山ウルトラマラソンにチャレンジするランナーの参考になると思い、インタビューしました。

なぜ野辺山に出ようと思ったか?

私は、自分と同年代男性に最もありがちな動機ですが、5年前にメタボ対策とダイエットのために走り始めたところ卒業後30年間親交のなかった高校時代の同級生とFacebookで急速に繋がり、年に一度は名古屋で開催されるリレーマラソンに全国から40人以上の同級生が集まるようになりました。
 
5年も経つと、フルのタイムにこだわる者もいれば、トレイルに嵌まる者など様々ですが、私はコースごとに異なる表情をもった旅ラン、特にウルトラに魅力を感じるようになりました。これまでフラットなサロマや宮古島は走ったことがあるのですが、やはりウルトラの醍醐味は、アップダウンを含んだ山や海の変化に富んだ表情だと思うので、これからより本格的に100キロに挑戦していくため、最も厳しいコースの一つと言われる野辺山の片鱗を体験しようと71キロにエントリーしました。

レース前にどのような準備をしましたか?

ウルトラセミナーで教わった内容にできるだけ忠実に準備をしました。

具体的には、まずペース設定です。フルマラソンのタイムから推定すると制限時間を超えてしまうので、15分はアクシデント用のバッファーとして残し、10時間で走れるようにペース設定を組みました。

まず、セミナーで教わったこれまでの完走ランナーの区間比率で10キロごとのペース設定をしました。しかし大会発表の高低図よりもかなり小刻みにアップダウンが切り替わるとのことだったので、新澤さんのFBに掲載されていたGARMINの勾配を見ながら、区間比率から計算した10キロのペースを参考にしつつ、自分で走ることが可能と思われる範囲で5キロごとのペースを設定し、積算法で10時間でゴールできるように設定しました。

ちなみに、私は脳科学の研究職ということもあり、新澤さんのデータに基づく精密な客観的ペース計算に非常にシンパシーというか感動を覚えています。

おすすめアイテムについても、セミナーで紹介されたものの多くを入手して使いました。

naked running belt:ギリギリ在庫がありました。

アスリチューン:宮古島から使っていて最後90キロでの復活に繋がったと感じていました。

アグレッシブデザイン:強力でした!

RxLメリノウールソックス:以前から使っていましたが、水かぶりで足に水がかかっても多少なら直ぐに乾き湿り気さえ感じませんでした。

RxLアームカバーとゲイター:好みもあると思いますが、私にはRxLのものが肌触りがよくストレスが最も少ないように感じました。

練習面では、当初、峠走を含むトレーニングをしっかりやって挑もうと考えていました。3月に足柄峠と伊豆大島ウルトラ58キロを走ったのですが、その後シンスプリントの症状が出てしまい、4月と5月は走るのはかなりセーブしました。そのかわりに、ロードバイクでクロストレーニングを行ったり、ウルトラアカデミーで教わったファンクショナルトレーニングなどを始めたりしました。

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どのくらいで走れると思いましたか?

掛け値無しの制限時間ギリギリ10時間15分です。

気温上昇に対する対策をしましたか?

暑いと聞いていたので、紫外線対策として汗に強いアグレッシブデザインは予め購入していました
 
直前の予報でかなりの高温になると聞いてからは、できるだけ皮膚の露出を減らそうと考え、バフ、アームカバー、ゲイターなどを着用し、ランニングパンツも長いものにしました。それらはすべて有効だったと思います。レース途中で暑くなりアームカバーとバフは一度外したのですが、50キロを過ぎてからバフは頭にかぶって首のほうに垂らし(日除けも兼ねる)、アームカバーも着用、それらに水をかけて濡らし気化熱で冷やすことを試みました。これは特に有効性が高かったと思います。

レース展開はどのような感じでしたか?

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《スタート〜42km》

スタート直後、標高1300メートルの酸素の薄さを考慮せず、いつものペースで走り始めたら、やたら心臓が苦しくなり、いつまでたってもセカンドウィンドが来ない感じでした。そのため、緩やかな上りが始まる8キロ地点で早くも歩きました。その頃、周りに歩いている人は誰もいなかったので、かなり勇気の要る行動でした。スタート地点で28位だったのが、10キロで67位まで落ちました。20キロまでの上り坂は、設定したペースより速かったですが、そもそも設定ペースが遅すぎたようで、70人以上に抜かれ139位となりました。35キロ以降の下り坂は、先輩からはもっと速いペースが必要と言われていたのですが、キロ7分という緩く設定ペースすら守れず、前半の貯金を使い果たしマイナスになりました。上り下りとも坂道走が課題なのがよくわかりました。

《42km〜71km》

50キロ以降は猛暑の中、設定通過時刻を死守すべく、ペース表を片手に走りました。60キロから65キロの下り基調の北相木村折り返し復路でなんとか持ち直しました。50キロ以降はエイドの数が少なく(ほぼ5キロごと)、もし地元の方々の私設エイド(特に水かぶりエイド)がなければ完走できなかったかもしれません。50キロ地点で134位だったのが、ゴールは88位だったので、50キロ以降で50近く順位を上げていることになりますが、走っていて誰かを抜いた記憶がほとんどありません。おそらく暑さで潰れてエイドでリタイアした人が多かったのだと思います。

レース中に意識したこと

一つはフォーム。過去3回の疲労骨折の原因と考えられるニーインにならないことと、ピッチをできるだけ維持することを意識しました。もう一つは、塩分補給できる固形物をできるだけ食べるようにしました。幸い私は走りながら食べても平気なようで、オニギリ5個、ぜんざい、蕎麦、味噌汁とほとんどのものを頂きました。野沢菜がよかったです。

やめたいと思ったことはありましたか?あればどんな時にどんなキッカケで、どんなことを考えましたか。

お恥ずかしいことに、10キロ地点まで心臓が本当に苦しく、早々にリタイアする言い訳を考えていました。また、42キロ地点の荷物エイドでも、暑さの中、再度走り出すのには勇気が要りました。ウルトラマラソンでは特に、身体が発する囁き声には慎重に耳を傾ける必要があると思うのですが、脳は往々にして大声で意識にいろんな言い訳を喋りかけてくるので、それをできるだけ無視するように努めました。

どこで完走出来ると思いましたか?その時の気持ちは?

63キロ地点のエイドに13:40に到着した時です。これであとキロ10分で8キロひたすら歩けばゴールできると確信しました。嬉しいと言うより安堵しました。

フィニッシュゲートが見えた瞬間の気持ちは?

旅が終わる安堵感と寂寥感というのが正直な想いでした。途中、あんなに走るのは嫌だと思っていたはずなのに、もう走り終えないといけないことを寂しく感じる自分を可笑しく思いました。死にそうな表情で馬越峠に向かう100キロランナーを気の毒だと思うと同時に、羨ましくも思いました。

その他野辺山完走に必要なことがあれば

71キロをギリギリ走った私が言えることなどありませんが、準備と自己管理が重要だと言うことは間違いないと思います。あと、適切なトレーニングも。

サプリメントなど

アスリチューンを10キロごと、アミノバイタルをスタート直前と42キロエイド、アミノピュア(グルタミン)を42キロエイドとゴール直後に摂りました。また後半はスポーツドリンクより水のほうが冷えているエイドがあったので、そういうところでは冷えた水と塩熱サプリを摂るようにしました。

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最後に

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私は颯爽と走るトップランナーに憧れると同時に、実はそれにも増して格好いいと思うのは、サロマンブルーやデカフォレストのゼッケンを付けて、ただひたむきに黙々と走る、僕と大してスピードの変わらない、高齢ランナーの姿です。今回、デカフォレストのゼッケンを付けた年配の視覚障害のランナーとたまたま相前後することがあり、本当に心を打たれました。走る背中に人生を感じたのです。

私のように、高校を卒業してから運動らしい運動もせず、人間ドックの異常値と不健康自慢を肴に酒を飲んでいたような人間にとっては、記録を目指すなどというのは非現実的な夢です。ただ、私のような人間を含め、才能の有無にかかわらず、誰でも目指すことのできる記録があって、それは最高齢完走記録の更新ではないかと思います。80歳でのサロマ湖完走を目指して、これからもコツコツ走っていこうと思いました。

最後になりますが、ウルトラセミナー、ウルトラアカデミーの講義が今回の完走を支えてくれたことは間違いありません。心から御礼申し上げます。

 

(ご参考)ウルトラアカデミーは、IAU24時間走元世界チャンピオンの井上真悟さんが代表をつとめるコアランニングスクールが主催し、2017年24時間走 日本代表選手の小谷修平さん、100km元世界チャンピオンの中台慎二さん、サロマ湖ウルトラ3回優者の能城秀雄さん、市民ランナーの聖地化プロジェクトの川内鴻輝さん、シューズコンサルタントの北川司さんと、私の7人がそれぞれセミナーパートを受け持ち、ウルトラマラソン攻略指導の集中講座としてゴールデンウイークに開催しました。





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